序章・灰の世界への入口
「レフトブライト、ポイントに到着。コーラル全機を切り離す」
「コーラル・ワンよりレフトブライト。しっかり頼むぜ」
海抜高度130km。重力に大型シャトルが引かれ、他の企業の衛星に存在をキャッチされるより前に、7つのコンテナが連続して切り離されていく。
「レフトブライト、コーラル全機を投下」
切り離されたコンテナはそれぞれ大気圏によって赤く染まりあがっていく。カーマン・ラインを越えたコンテナはシステムによってプログラムされた通り、冷却機能を作動させる。
Gが身体にかかっている。だがこの重さ、この感覚こそが引き金を引き金たらしめていくと男は笑みを浮かべる。
「コーラル・ワンからコーラル隊各機、着地の準備をしておけ。仕事の時間だ」
長いようにも、短いようにも感じていた大気圏を抜ける。着水などもってのほか。男に言わしてみれば野暮な事だった。
7つのコンテナは地上に落ちるよりも先にその金属の箱から、異物を解き放つ。
二本の足で立つその機械仕掛けの騎士を、内側から操作する。
「久方ぶりの稼業だ。ワクワクするなァ……開発事業はつまんなくてしょうがねェ」
「コーラル・スリー、目標捕捉。距離40」
「コーラル・ワン、了解…………出撃だァッ!!」
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人類が永久機関を発明しかけたその時、預言者が予告していたであろう終末が訪れた。
人は、たった一つの技術欲しさに戦争に明け暮れ、この地球を汚し、文明を衰退させ、己の首を絞めた。
結果として、掴みかけた夢は塵に消えた。
だがその副産物は今もなお人類の手足となっている。
パラディン。
人間を用いて動かす、四肢ある巨大な機械。
人を助けることも焼くことも出来る、希望と恐怖の象徴。
この瞬間もどこで、破壊の限りを尽くしているのだろうか。
でもそんなことは、今の彼には関係なかった。
「リアム!」
振り向いた目線の先には既に親友の腕があった。タイミングよく目の前にやって来てリアムはのけぞる。
「えっ、うわ!」
「あっ! ご、ごめん!」
顔に腕が当たった感触は無い。回避に成功してジェスチャーで無事を伝えるリアム。わざとじゃないの分かっているから、と謝罪する男をたしなめる。
「大丈夫、大丈夫、当たってないし。で、どうしたの? コルト」
「次の授業、同じだろ? 一緒に行こうぜ」
「いいよ」
コルトと呼ばれた男は、改めて肩を組んでリアムに提案をする。断る理由もないリアムは快諾し中庭からそのまま別棟へと向かう。
トロス工科大学。
数多くの技術者を排出したこの学校に彼らが通い始めてから1年が経った。
リアム・リングドレーンとコルト・ピアースはここで友情を築いた。
「何見てたんだ?」
「え?」
「いや、随分遠く見てただろ?」
観察眼のあるコルトは誰に対しても目敏く気付く。リアムはコルトの人を見る強さに負けて自分の感じたことを素直に話す。それが日常だった。
「……今日、晴れてるからさ。月、よく見えるなって」
青空に小さく小さく浮かぶ、くすんだ灰色の天体。
リアムは自分でも何のために見ていたのか分からない。ただぼーっと空を見つめるとき、その視線の先にあるのはいつもそれだ。
「やめとけよ。相手だって見てるかもしんないし」
「フッ、ウソだろそれ。そんな技術あったら今頃俺もアイコンタクトとってるよ」
「ははっ……確か、親父さんがいるんだっけか?」
確認のように尋ねるコルトにリアムは誤魔化すことなく答える。
「そう。ずっと会ってない」
「何の仕事してんだ?」
「俺もよく分かってないんだ。ただ、月に行けて俺をこの学校に通わせてくれるぐらいだし、もしかしたら凄い人なのかもって思う時もある。けど、期待しないぐらいが丁度いいかな」
母親を早くに亡くしたというのもあり、親からの愛情はついぞ受け取ったことはないが自分のやりたいことを金銭という形で後押ししてくれるのはリアムにとって嬉しかった。
そんな意図は全く無くただ金をやって知らない所で好き勝手させておくほど、興味が無いのかもしれないが。
「会いたくなったりはしないのか?」
「んー。でも月だからなあ」
「まあ言いたいことは分かる。企業のお偉い様とかその関係者とか、とんでもないお金持ちが住む星。聞いてるだけで息苦しそうだ」
教室に向かいながらも、廊下の窓越しに見える月を二人して見ていた。
リアムがコルトの質問に難色を示す理由が父親に会いたくないからではなく、月に住むかもしれないという点であることはコルトも同じ気持ちだからかすぐに理解した。
暮らしていけるのであれば地球で暮らしたい。だが世界は1個人の思いどおりにはいかない事ばかりだ。
「お待たせ」
教室に入ってすぐコルトが向かった場所は待ち人の席の隣だった。教壇からは最も遠く窓際の席に居たのは彼のガールフレンドとも言うべき存在だった。
「はーい。あれ、リアムも同じ授業なんだ?」
「うん。エレナも同じとはビックリだよ」
「コルト、話してなかったの?」
「あーそういや言ってなかったな」
エレナ・コペルニクス。
コルトとは昔からの付き合いであり、彼の扱いもよく知っている。コルトの紹介でリアムとも遠慮のない友人関係が出来上がっている。
「エレナはなんでこの授業とったの?」
「そりゃあ私、『パラディン』、大好きだもん。授業の一環で作業マシン動かせるって聞いたから楽しみで仕方ないよ!」
「ああ……そういえば好きって言ってたね」
「作業マシンの操縦部と、パラディンの内部が似てるんだっけ?」
「そうそう。さっすがコルト、私が延々と語ってるだけある」
「いえいえそれほどでも」
仲睦まじい掛け合いを繰り広げる二人を眺めながら、その奥にある窓から見える景色に意識が行っていた。
どこまでも続いているように見えて、限られた街。
半径50キロの狭いようで広い世界。
三銃士の次を狙う大企業、イリス・グループが管理している大型計画都市、『サンダルフォン』。輪を作るような大きな壁によってリアムたち住民は、外界と隔てられていた。
「…………ん?」
「どうした?」
「あれって……スペースデブリかな」
リアムが指さしたものをエレナとコルトも見ようとするがどれの事を言っているのか分からなかった。
「相変わらず眼良いな、リアムは」
「ね、私たちじゃ見えないよ」
視力の良いリアムでしか捉えられない距離に降り注ぐデブリらしきもの。サンダルフォンの外側に落ちていく様を見続けていたリアムだが、二人はそれを拝むことは出来なかった。
「あれ、でも……」
コルトやエレナも決して視力が悪い訳では無いが、三人の中でもリアムは図抜けて眼が良かった。
だから、あらゆる物事に目がいく。
「違う、あれは……パラディンだ」
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「コーラル・スリー、コーラル・フォー、目標ポイントに到着。防衛隊の反応は予想通り遅れている」
「コーラル・ワン、了解……ヘッ、聞いてた通り木偶の坊の集まりか」
7機のパラディンがそれぞれ指定座標に到着する。コーラル・ワンと呼ばれる男はサンダルフォンの防衛隊が実戦経験の浅い集団だと見抜いていた。
「ロージットからコーラル・ワン、聞こえるか」
「ああ聞こえてるぜ」
地上に設置されている本部のロージットからの連絡に素っ気ない対応をとる。これからの楽しみを邪魔されるような真似は、男にとって苛立ちでしかない。
「お前の乗っているそのパラディン、ドレッドメセタはズイールから買い付けたワンオフだ。今日は試験も兼ねた作戦だがくれぐれもその機体に穴は開けるなよ。我々も━━━━━━━━」
「あー、ゴチャゴチャうるせえ。要は完全制圧すりゃいいんだろ。安心しておけ」
ロージットからの注意を一蹴しながら、男の乗るドレッドメセタの脚部、ふくらはぎ部分に取り付けられた両足計8基のブースターを吹かす。
一気にサンダルフォンの壁と同じ高さまで浮き上がると、壁の上にいた防衛隊のパラディンに向けて、右手に持ったマシンガンの銃口を向ける。
相手が反応しきる前に、全長11メートル、紅蓮に染まる身体のドレッドメセタは敵を自らの機体の影へ落とし込む。
「無傷で全員ボコしてやるからよッ!!!」
マガジンから残弾が尽きるまで、マシンガンを撃つ。反撃の隙すら与えず、サンダルフォンのパラディンは右腕部と左脚部に重大な損傷が入ると、膝をついて黒煙がたちのぼる。
「なんだ、こいつは!?」
「お疲れェ!」
ドレッドメセタの左腕部に装備されている折り畳み式ブレードが展開され、相手パラディンの胴体、搭乗部に一突き。
そこから更に、3段階までブレードが伸びるとパラディンを貫き、完全に動かなくなる。飛び散った装甲や部品には血液が付着しているものもあり、男は相手の実力不足を嗤った。
「つまらねえ……こんなに近づかれてまだアイギスを起動させてねえときた。これじゃゼノフィリアが可哀想だぜ」
サンダルフォン防衛隊のパラディン、ゼノフィリアの胴体からブレードが抜かれると、ドレッドメセタはその場を早々に離れる。敵が弱い事は彼の請け負う仕事にとってはメリットだが、彼からしてみればつまらなかった。
ゼノフィリアから起こされた爆発を背に、ドレッドメセタは市街へと侵入していく。
「作戦続行ォッ!!」
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「早く! こっちだこっち!」
街中の至る所からアラート音が鳴り響き、大量の人間がなだれ込むように、避難用のシェルターに向かって走る。悲鳴も怒号もあらゆる方向から聞こえてきていた。
リアム、コルト、エレナの3人も大多数と同じ行動をとっていた。市街地にパラディンが侵入したと通告されるよりも前に、リアムは気付いていた。しかし、まさか敵のパラディンだとは思ってもいなかった。
「もう少しだ!」
コルトがエレナの手を引きながらリアムを励ます。彼はいかなる状況においても頼りになるが、決して抵抗の手段にはなりえなかった。
「っ、危ない!!」
数十人が同じ通りを走っている途中、突き当たりのT字路をパラディンが走り抜けて言った。
強いビル風が起き、コルトはエレナを支えるのに精一杯で、リアムは転倒してしまう。
「うっ!」
「リアム!」
2人は即座にリアムに駆け寄り、無事を確認する。
平気、と一言放って心配無用とアピールするリアムにほっと一息つく暇も今はなかった。
「今のパラディン……ダクトだ。ゴルドビスタの」
「一体、誰がこんなこと……」
人並み以上にパラディンの知識を有しているエレナが立ち尽くしながら呟いた。しかし、三銃士の一角、ゴルドビスタのパラディンという情報だけで敵が誰なのかを特定するのは難しかった。
「ん……?」
リアムがコルトの手を借りて立ち上がろうとしたその時、ちょうど視線の先に居た、路地裏で膝をついている男にリアムは目移りした。
「おい、どこ行くんだリアム!」
コルトの手を離れ、路地裏に拙いフォームでダッシュする。動けないようならコルトのように手を貸さなければ。心のどこかでそう思いながら、手を伸ばすコルトから遠ざかっていった。
「先にシェルターに行っててくれ! 後で絶対追いつく!」
「待て、リアムっ!」
「リアム!」
コルトとエレナも追いかけようと走り出す寸前、瓦礫が彼らの間に飛んでくる。
「うわあ!」
エレナに覆いかぶさったコルト。間一髪、ずれており五体満足だがリアムの姿は見えなくなってしまった。
「くっ……」
決して見捨てることは出来ないと考えながらも怯えるエレナの顔を見て、コルトは苦渋の決断を下した。
「……行こう! アイツだって、必ず来るって言ってたから、大丈夫だ!」
「う、うん……!」
再び走り出すコルトとエレナの声がほんの少しだけ聞こえる路地裏、煙たい空気が充満する中でリアムは男性に肩を貸す。
「大丈夫ですか?」
「なんだ、お前……」
語気の強い男の言葉を聞く余裕もなく、無理矢理にでもそこから動き出そうとするリアム。だがよく見ると男は太ももに怪我を負っていた。
「歩けそうですか?」
「離せ、俺は行くとこがある」
「な、何を……今すぐシェルターに……」
「俺はパラディンを見つけなきゃなんねえんだっ!」
男の言っていることが分からなかった。サンダルフォンの防衛隊の人間であればここにいるはずがない。だが、そうでなければパラディンを見つけるという行為に意味が無くなる。
「貴方は……」
「俺の言う通りに進め……」
このままこの人を放っておく訳にも行かない。目の前で人が死ぬなんて寝覚めの悪い出来事は起こって欲しくない。リアムは彼に従う他なかった。