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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

スペースクラフト・セメタリー(試し読み)

作者: 天津石

この先品は、2022年冬、コミックマーケット101にて頒布予定の小説『スペースクラフト・セメタリー』の試し読みバージョンです。楽しんでくれたら嬉しいです。

良かったらC101で私のスペースに遊びに来てください。めちゃくちゃ喜びます。スペース情報など詳しくはツイッターで。


お話序盤の一部分を読み切りサイズに編集してありますので、本編と少しだけ異なる部分もありますがご了承下さい。

 この世で一番高く売れるモノを知ってるか?

 宝石?そうだな、たしかに金持ちが暮らす上級地区やスペースコロニーなら、いい値段で売れるだろうな。だが、そんなに高い金を払ったところで腹が満たされなけりゃ、このスラムじゃ、いや、居住区ですら買うやつが居ない、つまり売れないんだ。

 この街で高く売れるものは、食べ物、燃料、そして金属だ。金属は本当によく売れる。利用価値が高いからな。食器にもなるし、工具にも車にもなる。だから今じゃ鉱山労働は花形だ。働けば働いた分、掘れば掘った分給料が弾む。働き口は限られているから、鉱山労働で死者が出ると皆喜ぶんだ。新しい求人が出るってな。おかしいだろ?

 そもそも、この街で金属の適正価格を知ってる奴がいると思うか?金属屋は、鉱夫が掘り出した鉄の山を、相場の2割程度の安値で買い叩いている。そんな事も知らずに毎日汗だくで働くなんて、少なくとも俺はやってらんねえ。

 だから俺は、割の良い仕事をしている。鉱石ではなく、金属の回収業者だ。仕事が入るのは不定期だが、良いものを仕入れられたなら半年は問題なく暮らせる。いつかは金をたんまり貯めて、上級地区にでかい門を構えてやるさ。

 この辺で流通している金もそれなりには持っているはずだ。居住区の貸家住まいのやつよりはな。だがあまりにも羽振りの良い暮らしをしてみろ。暴徒に身ぐるみ剥がされておしまいだ。

 じゃあどうするかって言うと、普段は漁師、ということにしている。スラム住まいのな。漁師の仕事は良い。食い物は獲れるし、数が多いから目立たない。ある時ふらりと居なくなっても、船に乗っていても怪しまれないからな。

 そもそも、世界がこんな腐っちまったのには原因がある。

 十二の頃だ。

 世界中を巻き込む、大きな戦争があった。あの日のあの瞬間は、今でも夢に現れる。突然中断された学校の授業、地下の講堂に集められたと思えば、凄まじい衝撃・轟音とともに天井が吹き飛んで灰色の空が覗いた。破壊され尽くした街に警報音が鳴り響き、轟音と衝撃波が絶え間なく突き抜け、空はずっと、赤い炎が弾けていた。

 戦争の話は、テレビから流れてくるニュースで知っていた。学校でも「地球の反対側の国で戦争が起きて大変なことになっている」と習った。

 まさかその翌日に自分の国が戦場になるなんて、思いもしなかっただろ?

 白転する視界、吹き飛ぶ瓦礫、赤熱する地面。鼓膜が破れたか、何も聞こえなくなった。1発のでかい爆弾が落ちたらしい。

 その日、俺はすべての友人と家族を失った。


 一瞬前まで都市だったところには、何も残らなかった。誰一人として言葉を発する気力がなかったもんだから、とにかく静かだったよ。

 家に帰れば飯を食えると思っていたが、破壊され尽くした家だった場所に戻ったところで当然そんなこともなかった。生き延びた大人たちは身を寄せ合って飢えをしのいでいたらしいが、親の居ない子供を保護する余裕など奴らにはなかった。だから大人を恨んだりはしていない。悪いのは爆弾を落とした戦勝国どもだ。

 水はなんとか調達できたが、食料はだめだった。3日間何も食えず、ついには我慢できずに盗みを働いた。さまよう孤児も、盗みをするようになれば駆逐の対象だ。各地を転々とし、密輸船に忍び込んではいくつもの国を渡った。そしてたどり着いたスラムである噂を耳にした。命をかけるほど危険な仕事、「回収業者」。

 少し前に聞いた話だが、頭上の空のさらに上の宇宙空間。軌道上での運用を終えた人工衛星や宇宙機は、陸地への被害をなくすために陸地から最も離れた海上の「到達不能海域」へ投棄される。

宇宙機の大半は断熱圧縮によってバラバラになり、やがて燃え尽きるが、宇宙事業が盛んになるとともに耐久性が向上し、加えて肥大化傾向にある宇宙機は、中には形を保ったまま落下してくることも少なくない。その残骸は、たとえいびつであろうとも価値が高く、小舟ほどの大きさのものでも2、3ヶ月は働かずに済むような金に替えられるらしい。

 これしかないと思った。危険な仕事だろうが、他に生きるアテもない。俺は港に張り込み、回収業者への接触を図った。

 相手にされないかと思ったが、奴らは案外すんなりと受け入れてくれた。先日出た死人のぶん、人手が足りていないらしい。

 初めての獲物は運用終了となった気象観測衛星だった。ひどく焼け焦げていたが、これでもまだ価値があるというのだから驚きだ。周りに島影一つ見えず、荒波と暴風に何度も船をひっくり返されそうになる中、てこと滑車でそれを引き上げた。それで帰れると思うだろ?今度は他の「回収業者」が横取りに来るんだ。銃を持ってな。人間のやることじゃねえ、と思ったよ。でも、そうでもしないと食っていけないんだ。だからその日、初めて人を撃った。

 俺の初めての「仕事」では仲間2人が死んだ。死ぬ人数としては少ない方らしく、良くても3、4人は死ぬそうだ。無論、最悪の場合は全滅だ。初めての仕事で「手柄」を立てた俺は回収した金属の塊の取り分を仲間より多くもらった。この世界では力こそが、結果がすべてだ。初めてできた仲間と5年ぶりに肉を食い、はじめて酒を飲んだ。普通に暮らしていれば肉なんて食えない。こんないい思いが出来るなら、危険だろうがこの仕事を続けてやる。無論、簡単に死ぬつもりはないが。

 いくら戦闘技術を磨こうが、天候まで操れるわけじゃない。世話になった回収業者の仲間も仕事をするうちに死んでいって、ついには俺にもそんな日が訪れた。



 脳が揺れる。右の鼓膜がおそらく破れた。海水によって冷えた全身の感覚は薄れ、思考もぼんやりとしていることが自覚できる。弾を食らった痛みすら遠のいてきた。

 だが、まだ俺は死んでいない。死ぬことは簡単だ。今まで何度も死を覚悟してきたが、一度たりとも諦めなかった。これは持論だが、考えるのをやめれば死ぬ。裏を返せば、考えるのをやめなければ死なないということだ。

「ちくしょう、こんなところで死んでたまるか」

 口に出し、自分に言い聞かせる。辺り一面は荒れた海。岸や船は見当たらず、ついさっきまで乗っていた小型艇は黒焦げになって海の藻屑と消えた。航路から遠く離れたこの海域を民間船舶が通ることはないし、新たな宇宙船が落ちてこない限り回収業者が現れることもない。

 孤独だ。

 何にせよ、この状況を打開するには己のみが頼りということだ。

「クソッ、何か、何か使えるもの!」

 消耗する体力に抗うように苛立ちが湧き上がってくる。灰色に濁った空と黒く塗りつぶされた海面、辛うじて海面上に出た顔には突風が吹き付け、確実に体力を奪ってゆく。

 もはや望みも尽きかけたと思ったその時、それは視界に映った。

 荒波に揉まれながらも浮き続ける、白く塗装された宇宙船。先ほどの交戦前に俺たちがが曳航していた、今回の「獲物」だ。表面の塗装は剥がれかけ、至る所に焼け焦げた形跡があるものの、水に浮かんでいるということは内部に気密が保たれている区画が残っている証拠だ。

 言葉を発する前に、体が動いていた。全身の筋肉が躍動する。生きる力すべてを振り絞り、ひたすらに泳いだ。呼吸がうまく出来ず、少し水を飲んだが、苦しくとも足を止めずに水を掻いた。

「がはっ――ハア、ハア、ゴホッ」

 手の先に新たに掴んだ、金属の確かな感触。浮かぶ宇宙船の上によじ登り、飲み込んでいた海水を思わず吐き出す。荒く肩で呼吸をするが、息が整わない。体が冷えているのか、被弾による痛覚は幸い少ない。しかしひどく疲れているのを実感する。

 麻痺していた感覚が、徐々に戻ってくる。海水の冷たさから逃れたかと思えば、今度は吹き付ける強風が体を冷やした。

「はあ、はあっ、クソッ」

 唇を震わせながら、両手を使って気密弁を回し、扉を開く。圧力差によって感触は固く、開くとともに密封空間に僅かな空気が流れ込んだ。

 この宇宙船はおそらく乗員の長期滞在を想定していないタイプだ。救助要請を発信してから救援部隊到着までの生命維持はできるかもしれないが、問題は通信系がやられていることだ。

 宇宙船が大気圏に突入する際、暫くの間通信が不能になる。正常に突入できていれば通信系は再び使えるようになるが、この宇宙船はおそらく廃棄躯体。大気圏で燃え尽きさせようと投入されたはずで、通信アンテナはじめ、船殻以外は損傷が激しかった。

「ちくしょう、寒いな」

 雨風をしのげても、冷え切った体は温まらない。船内を見回す。――あった、緊急用の生命維持装置。これがどんな代物かは知らないが、起動すれば今よりマシになるだろう。きっと宇宙の技術で体が温まって、傷も治療され、腹は――満たされないか。ガイドの表記に従って、装置の起動を行う。設置されたボタンを押すのではなく、ぶら下がった紐を引っ張って起動するようだ。なんとも宇宙らしくないと思ったが、電子系がやられたときでも起動できるようアナログな仕掛けなのだろう。ぶら下がった紐の硬い感触を気にせず、思い切り引っ張った。

 体が温まって疲れが取れる――などと期待した俺が馬鹿だった。引っ張った紐の先についていた金属製の袋から溢れ出したのは白く煙るガスだ。突き刺さるような凍気が足元を覆い尽くし、ひんやりとした気流が頬をなでた。

「おいおいおい生命維持ってそういうことかよ!」

 凍りついて動かなくなる足元を見ながら苛立ちを隠せずに叫んだ。このガスは体を急速冷凍して長期休眠状態にする仕掛けだ。こんな誰もいないところで一人で凍りついているのでは死ぬのも時間の問題だ。そしてこのアナログ装置、起動したが最後、止める手段はなさそうだ。

「ちくしょおおおおお!こんなところで死んでたまるかよおおお!」

 手を伸ばしたのは、もう一つの緊急装備。強制脱出装置だ。もう腰のあたりまで凍っているが、どうせ死ぬなら一か八かだ。

 スイッチを覆うガラスを拳で叩き割り、レバーを掴んで回し引く。

 直後、衝撃とともに強烈な重力負荷が全身を襲った。爆裂ボルトによって宇宙船から切り離された居住区画が、脱出用ロケットで空高く舞い上がったのだ。

 居住区画にある唯一の窓から最後に見えたのは、みるみるうちに遠のいてゆく海面だった。

「絶対死なねえ、絶対死なねえ、生き延びてやる!生きて――」

 暗転した視界、遠のく意識の中、ざぶんという着水音のみが脳裏に響いていた。


――――――


 長い夢を見ていたような気がする。打ち付けるさざ波の音が、遠くに聞こえていた。

 朧げな意識の中、まぶたの向こう側から照りつける光で目が覚めた。

 身体中が痛い。全身を鈍器で殴りつけられたような鈍い痛みがあった。

 身体、凍らされた身体は。首を持ち上げ、足の方に視線をやる。凍った肉体が、衝撃でバラバラになっていたらたまらない。

 ――大丈夫だ。身体のどこも欠けたり、千切れたりはないようだ。 

「ちくしょう、ひどい目にあった」

 むくりと、両手を使いながら起き上がる。宇宙船のこの傾き具合、どうやらどこかに流れ着いて乗り上げているような状態か。 

「――!」

 直後、ひどい激痛が喉を襲った。思わず首を絞めるように片手で喉を押さえる。生存本能が、その原因を語るまでもなく探していた。

 非常用生命維持パックに入っていた銀色のチューブ。握りつぶすほどの力で掴みながら、キャップに噛みつき、蓋をこじ開けた。

 開いた蓋を吐き出し、チューブへ勢いよく吸い付いた。呼吸も忘れ、喉奥を潤わせる確かな液体の存在を知覚すると、涙が一筋、無意識に流れた。

 飲料水を補給し、いくらかの安堵が訪れると、今度は胃が締め付けられるような空腹感に襲われた。

 飲料水と同じチューブに入っていた流動食タイプのレーションを喉奥に流し込む。腹が満たされた感覚は全くないが、心なしか幾許かの安心感を覚えた。

 あとひとつ、固形のレーションも入っていたが、これはポケットにしまった。衰弱した今これを口に入れれば、まともに噛むことも出来ず吐き出してしまうだろう。

 小銃の弾倉を外し、装填されていた弾薬を排莢する。そして弾倉を再び小銃に差し、弾を薬室に送り込んだ。

 気密弁を回し、扉を開ける。扉は少しだけ開いたが、到底出入りできるほどの幅には開かなかった。

「クソッ!」

 乱暴に扉を蹴り飛ばし、二度の蹴りを入れてこじ開けた隙間からようやく外に出た。風はほとんどなく、太陽が眩しい。

「おいおい、何だよ、この場所は……」 

 思わず言葉を失う。眼前に広がっていたのは。

 宇宙船の残骸が積み重なって出来た島状の陸地だったのだ。



「何なんだ、ここは。こんな島があるなんて聞いたこと無いぞ」

 見渡す限り、宇宙船の残骸が積み上がっている、さながら「機械島」といったところだろうか。ひしゃげたアンテナの残骸、鋭く引き裂かれたような金属の板。少しでも触ったり、手をついたりしたら怪我をしそうなほど、手付かずのままだ。満身創痍でなければこんな宝の山を目の前にして興奮を隠しきれなかっただろうが、今は到底それどころではなかった。

 きしむ金属の地面を確かめながら歩く。人の気配は全く無く、金属の軋む音がどこからともなく聞こえてきて、晴れているというのに異様に不気味だ。今にも地面が崩れてしまうのではないかという感覚すら覚える。

 どれほど歩いただろうか。途中で拾った金属の棒を杖代わりにしているが、やはり身体の疲労が取れていないのか、いつもの体力が嘘のように疲れやすくなっている。直後、眼前に現れたのは、疲労を吹き飛ばすほどの衝撃だった。

「なんだこれ……でっけえ」

 思わず見上げたそれは、今まで見てきたものに比べて遥かに巨大な宇宙船の船首だった。それも破損は少なく、殆ど原型をとどめている。船体から伸びた翼は大気圏内での安定性を高めるための補助翼だろうか。船体上部からはアンテナのような構造物が伸びており、それらは焼け焦げたり、歪んだりはしていないのが不思議だった。

 ちゃり、という微かな物音が、真後ろより迫った。

「誰だ!」

 背後に突如感じた気配。なれた手付きで小銃を構え、勢いよく振り向く。その視線の先にあったものは、また想定外の存在だった。

 純白になびく髪、透き通るような肌、そして幼く無垢な顔立ちの小柄な少女が、こちらを見つめていた。

 そのあまりの異質さに一瞬怯んだが、悟られぬよう銃を構え直す。一見無垢そうに見えたその少女の反応は、おおよそ可愛らしいものではなかった。

「答える必要はない。侵入者であるあなたがまず名乗るべき」

 ガシャンという金属音とともに、その少女はその背丈に見合わない巨大な銃を背に担いだ。見たことのない大きさの銃だ。闇市で仕入れた最新式の機銃、254AAG(サウロペルタ)より遥かに大きい。この少女は、こんな巨大な銃を扱えるというのか。

「あー、ニール。俺の名前は()()()だ。ここには偶然迷い込んだ。君に危害を加えたり、略奪の意思はない」

 銃を捨て、少女の目を見ながら上ずった声で呟いた。少女は、こちらをじっと見つめ、

「私は()()。この島の住人」

 まっすぐな目でそう言った。

 ネモと名乗ったその少女は、こちらに興味も示さない様子でスタスタと横を通りすぎ、巨大宇宙船の中へと入ってゆく。

「な、なあ!」

「何?」

 無垢な声で、少女が振り向いた。

「あー、えっと、その」

 言葉に詰まっているところに、少女のほうからまた切り出した。

「あなたは保護対象ではないけど、危険がないのであれば排除はしない」

「それはありがたいんだが」

「じゃあ、何?」

 問いかけに対し、腹を抑えながら聞いてみる。

「く、食い物持ってない?」

「持っていない」

 少女は即答した。直後訪れる沈黙。少女から向けられる視線。言葉に詰まる俺。

 軋む金属と波の音だけが響いていた。




お読みいただきありがとうございます。


フルバージョンの投稿は来年以降を予定しておりますので、少々お待ち下さい。


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