1:呪われた私を見つけて
○月✕日
『クー!待ってください、魔王様のところへなぜ行くのですか?
冒険者である私ならまだしも、治癒者であるクーでは到底勝ち目がありません。もし行くと言うならせめて私も行かせてください、それさえも駄目なのですか?』
『シェリー。君は冒険者としては確かに強い。才能のある君がそれに加えて努力も続けてきたんだ。どれだけ足掻いても君には敵わないと分かっている。』
『それならっ…!!』
『だけど彼女は、魔王メリアは僕の癒しの力を必要としているんだ。例え人間と敵対する魔王だとしても、こんなに嬉しいことはないじゃないか。』
『クーの力を…で、ですが、相手は魔王様でっ…』
『ふふ、そう心配しないでよ!僕はただ分かって欲しいんだ。君は僕の自慢の幼馴染。だからこそ、シェリーにとっての僕も自慢できるような存在になりたい、君の横で肩を並べていたいっていう男のつまらないプライドがあるんだよ。
大丈夫さ!彼女は僕を必要としているから命までは狙わないよ。すぐにとはいかないけれど必ず帰ってくるから。
だからシェリー、分かってくれるね?』
ルークはそう伝えると、阻む私の言葉に振り返ることもなく魔王メリアの元へと旅たった。
◇◇◇
魔物は死の狭間で思い出していた。
あの時手を伸ばしたのに届かなかった人。その人が今は私のすぐ隣にいるというのに、その身体はやけに冷たい。
そうだ、私がこの人間を殺した。
憎かったんだ。人間が嫌いだ。でもこいつは特に嫌いだった。私ばかりが変に気を遣って、この人間の言葉に一喜一憂させられた。頑固で、いつも最後には分かってくれって言ってくる。私の言うことは分かってくれないのに、本当にひどいやつなのだ。
だから、これで良かったんだ。これでやっと清清するなんて…
嘘。
人間嫌いの面倒くさい私と仲良くなってくれた。名前を呼ばれる度に密かに鼓動が跳ねた。剣の練習ではいつも私に負けるのに諦めなかったからそろそろ負けてやろうと思っていた。素直になれない私を大事だと言ってくれたから、私も守ると誓った。それなのにっ…!!
『ルークが好きなのです。お願い、行かないで!!』
あの時、魔王様の元へ行くと言って聞かない人間に初めて素直な気持ちを告げた。それなのに、手を伸ばした先にいる人間はやけに優しく微笑むばかりで。切なる願いはあっけなく空を切り、視界にいたはずのあなたは消えてしまったーー。
◇◇◇
魔物はゆっくりと目を開く。人間と過ごした記憶はこんなにも鮮やかに思い出せるというのに、愛した人間を守ることさえもできず歯痒い絶望に襲われていた。
今だけはと、追憶の人間に想いを馳せる魔物の近くで物音がした。魔物は音がした方に目線を向けると、そこには確かに死んだはずの人間が魔王様の玉座に座っているではないか。
…ど、どうして、あなたが生きているの…?
人間が生きていることがただ嬉しくて、こちらに近寄ってくる姿を目に焼き付けたくて必死に開こうとするのに、目には涙が溢れてよく見えない。それどころか嬉しい気持ちに反して、いやに冷静な頭が望まない答えを出してしまう。
………彼は、違う。彼はとっくに魔王様に洗脳され死んでいたのだから。
魔物は人間から発せられるわずかな魔力から、人間の身体には、先ほど自分が殺めたはずの魔王様の側近である第一従者が乗り移っていると気付いた。
殺めたと思ったが、詰めが甘かったらしい。
あぁそうだ、私はいつも最後までやりきれない。だから魔王様からも気を付けろと散々言われていたじゃないか。
魔物は思い出していた。
魔王様に会った時を、魔王様の一番になりたくてあの第一従者と競ったことを、魔王様に認められるために人間と仲良くなったことを、人間から笑顔で名前を呼ばれるたびに鼓動が早まったことを、そして今まさに守りたかった人間を守れなかったことを。
魔物は自分の不甲斐なさから涙が止まらなかった。
もし、もし第一従者が私に代わり人間と仲良くなっていれば?そしたらもっと上手くやったのだろうか?魔王様も人間も死なかったのだろうか?そんな夢に見た、皆が笑い合えるような未来が訪れていたのだろうか…?
後悔しても遅いことは分かっている。だけども後悔せずにいられない魔物は、こちらへと近寄る第一従者に思考を傾けた。魔王様を助けなかったということは、この戦況に乗じて新魔王に成り代わるのが目的だったに違いない。
第一従者とはあまり話したことはないが、こんなに野心があるやつだとは思わなかった。それに、魔王様のように凛とした王の風格を持っていないのも気に食わないというのに、なぜだろう?私が愛した人間の身体に入っているからだろうか、第一従者が息の根を止めようと身体を寄せるその温もりがずっと昔から知っているかのように懐かしく、幾ばくもの記憶を脳裏が駆け抜けた。
これが世に聞く走馬灯なのだとしたら、私は幸せ者だ。殺される寸前だというのに、愛した人間の身体に触れているだけで嬉しさを感じてしまう。魔物は都合良く、もしかしたらこの瞬間だけはあの人間の意識が戻ってきて、自分を心配しているのかもしれないとさえ思った。
…ほらやっぱりそうよ、だってこんなに悲しい顔をしているんだもの。誰かを思って泣くのはいつも貴方。でも泣いては駄目だと言ったでしょう?そんな姿を見せたら周りに舐めた態度を取られてしまうから。貴方の優しさに漬け込む奴らがいるから。だからそんな貴方のそばには私がいると、そう約束したでしょう?
ずっと望んでいたこの感触を、心からの幸せを、例えこの眼に映る姿が幻想だと分かっていても、今だけは見たいものを見ていたかった。
魔物はとうに限界を迎えていた。手足は動かず、先ほどまで溢れていた涙が、もう流れているのかさえ分からない。先程までは寒さで震えていたのに、急に身体が熱くなったと思えば、今度は吐き気を催していた。そういえば、以前にもこれに近い症状になったことがあった。あの時は魔界の友達が心配して毎日看病しに来てくれたのだ。そんな日常で、でも確かに幸せな時間が幾つもあったというのに、それを私が壊した。
心配性な友達とは、口論になった際に私が酷い言葉を投げ捨てて仲違いしてしまった。
忠誠を誓った魔王様は、私が裏切ったせいで戦況を追われ悲願叶うことなく最期を迎えた。
そして愛した人間は、命を狙われると分かっていたのに私が選んでしまったから、魔物に取り憑かれ洗脳にもがき苦しみ、この世を恨みながら死んでいった。
全てを失い空っぽになった魔物は、一人この世界に取り残されてようやくこの世の仕組みを理解した。
あぁ…なんだ。そんな簡単なことだったんだ。こんな分かりきったことにさえ気付けないなんて、私はなんて不孝者なのだろう。そうよ、私は別にこの結末を最初からやり直したいなんて思わない。まだ、恐れも喜びも悲しみも愛が何かさえも知らなかったあの頃に戻りたいとも願わない。だから…
「どうか…どうかこの世界を、優しい貴方の力で守って。そしてその優しい世界に、悲劇の元凶である私が生まれないように…………
殺して。」
この世界の仕組みに私は、部外者でしかなかった。
***
拝読ありがとうございます。
試しに恋愛物語を書き始めてみました。
それでは、また次の投稿で。