第3話 37℃が氷を溶かす
『準備』しちまった……。
頭では『ない』と思っていても、万が一の可能性を捨てきれなかった俺は、集会前の申し送りをすっぽかして、いざとゆうときのための『準備』に時間を割いた。
尚、警備隊長殿には『糞が漏れそうだった』と言って誤り倒した。
コッテリと絞られたが、減給は免れそうだ。まぁ、給料とか現状意味ないんだけど。
ともあれ、波乱の予感がする集会の幕開けだ。
能力をオンにして会場中を見渡す。数値は……あ、同じ警備班の女が76%で、不安そうな顔をしている。
よかったな。お前は助かるかもしれないぞ? イングリッド様のおかげで。
舞台の上に、首領と幹部達が現れた。
舞台と言っても、俺達のいる場所より一段高いくらいだ。
簡単に行き来できるし、姿も良く見える。
俺は何の気なしに、もう1人の女幹部、『黒鎖』のアシュレイに視線を移す。
紫色の髪の妖艶な女性だが、Sっ気が強く、部下もあまり大事にしないタイプなので、『様』は付けてやらない。
尿意は……12%。余裕だな。
さて、ではイングリッド様に視線を移そう。
傍目ではいつもの氷のイングリッド様だが、よぉぉぉく見ると、その表情はかなり硬い。
問題の尿意は……113%。
やはり、結局トイレに行かずに集会に突入してしまったらしい。
イングリッド様は、何とか無表情を保とうと努力しているが、額にはびっしりと汗をかいており、目がキョロキョロと泳いでいる。
内心では、小便が漏れそうで大慌てになっているはずだ。
よしよし、それでいい。
そのまま順調に尿意が高まり、もしも『その時』が来てしまうようなら、イングリッド様には、俺の目の前で『して』いただくつもりだ。
……そうゆう性癖に目覚めつつあるのは認めるが、1番の目的はそれじゃない。
実は本部勤めのスタッフは、かなり信用を得るまでは本部の外には出られないのだ。
出れたとしても、ランダムに決められた複数人のグループで、互いを監視しながらの外出になる。
まぁ、当然だな。そんな簡単に外に出られたら、この本部の場所は簡単に知られてしまう。
例えば、俺のような奴が原因でな。
だがこの徹底した管理のせいで、俺は潜入後、一度も本当の仲間と連絡が取れていない。
せっかく抑えた本部の場所も、こいつらの目的も、何一つ伝えられていないのだ。
そこで、イングリッド様だ。
イングリッド様にはこのまま、俺『だけ』の前でお漏らしをしてもらう。
そしてそれをネタに脅迫して、俺の外出を許可させるのだ。
イングリッド様相手にそんなことをするのは気が引けるが、ここは任務優先だ。
それにイングリッド様だって、このままいけば、本部の全スタッフ及び幹部と首領に見られながらの公開失禁だ。
観客を俺1人にしてやるんだから、むしろ感謝してもらってもいいくらいだろう。
さて、イングリッド様の尿意が116%に突入した。
表情にはかなり力が入っており、目尻がピクピクと動いている。
手をギュッと握られ、足も全力で閉じ合わせている。
膀胱の中身が見える俺からすれば、あからさまな態度だが、他の連中ではまだ、至近距離にいても気付かないだろう。
俺だけ、他人の尿意が見える俺だけが、あの『氷華』のイングリッド様が、決起集会の真っ只中で漏らしそうになっていることを知っているのだ。
そろそろ、次の能力もオンにしてみよう。
『 』
俺の耳に、イングリッド様の呻き声が聞こえてきた。
当然、肉声ではない。
俺のもう一つの能力で、尿意が100%を超えたターゲットの声を、遠距離からでも拾えるようになるのだ。
現在尿意は117%。この程度の声量に抑えるとは、さすがはイングリッド様。
凄まじい精神力だ。
俺は慎重に、拾う声の音量を上げていく。
『あぁ……っ……んっ……くぁぁ……っ』
まるで喘ぎ声のような呻きに聞き入りそうになるが、気を抜いてはいられない。
この能力は、音量調節が自前なのだ。
例えばこの状態で、イングリッド様がとち狂って大絶叫などしようものなら、俺の鼓膜はあっさりと吹っ飛ぶだろう。
そういった兆候を見逃すわけにはいかない。
それに――
『んぁっ!』
イングリッド様が、とても小さく、だがビクッと震え、腰を僅かに後ろに引いた。
これは!
118%、651/552ml(3ml)
やはり。この『3ml』の表記は、体外に放出された量……つまり、ちびったのだ。
波があったのか、何かで気を抜いてしまったのか、はたまた括約筋が根を上げたか……。
理由はわからないが、イングリッド様は、とうとう我慢しきれずに、僅かだが小便を漏らしてしまった。
『んんっ……ふぅ、ふぅ……うっ……あ、あぁぁぁ……っ!』
一度浸水を許した尿道は、言わば『呼び水』が入った状態だ。
ここからは、イングリッド様は波が来る度に、下着の染みを広げていくだろう。
直立では我慢が効かなくなり、イングリッド様の脚が僅かに動き出す。
氷の眼差しは辛そうに歪み、口はキュッと結ばれている。
その様はまるで、人肌に温められた液体が、氷の壁を溶かしていくよう。
最後の時は近い。
ここでやるか? いや、まだだ。だが、しかし……!
俺もここが正念場だ。
ちびり出したということは、イングリッド様はもう我慢の限界。
もたもたしていたら、壇上で漏らしてしまう。
イングリッド様は全構成員の前で生き恥を晒し、俺の外出作戦も台無しだ。
だが、焦ってすぐに計画を実行するのも危険だ。
俺とイングリッド様の戦闘力には、天と地ほどの開きがある。
会話だけで足止めできればいいが、押し合い、掴み合いになった時、イングリッド様に少しでも余力があれば、俺では突破されてしまうだろう。
本当に、少しでも力を入れたら漏れるぐらいの、失禁寸前の状態まで追い詰めないといけないのだ。
『あ゛っ!?』
イングリッド様が、また少し大きな悲鳴を上げる。
121%、668/748ml(9ml)
またちびったな。しかも、さっきより量が多い。
女性は体の構造的に、一度出始めると止められないと聞く。
それを2回も、しかも大分疲弊しているであろう括約筋で止めたのはさすがだが、それももう、何度もできることではない。
集会が終わるまで、あと1時間と10分。
イングリッド様はもう、自分が壇上で漏らす未来しか見えていない筈だ。
目尻に涙が浮かび、脚も僅かに震えだした。
目ざとい奴なら、そろそろイングリッドさまのピンチに気付く頃だ。
いいぜ、救い出してやりますよ。
全スタッフに醜態を見られる最悪の未来から、ちょっとだけマシな結末に。
「だから……先ずは耐えてくれよ……!」
そうして俺は、尻のポケットに忍ばせたスイッチを押した。
――天井8か所から、爆炎が膨れ上がった。