第2話 イングリッド様は本当に忙しい
朝に見かけたイングリッド様だが、今日は本当に忙しいらしい。
さっきから、何度も廊下ですれ違っている。本部内の各所を歩き回っているのだろう。
何より――
「76%……まだトイレ行ってないのか……」
イングリッド様の尿意が、朝から一向に解消された気配がない。
76%なら、かなり尿意が気になっているはずだが、後回しにするほど忙しいのだろう。
そして、そんなイングリッド様は直立で無表情だ。
頭の天辺から指の先まで、どこかが強張っている様子もない。
さすがは『氷の女幹部』。
「お、そうだそうだ」
俺はふと、能力を更に深く発動させた。
普段は割合しか見えないが、1人に絞って集中すると、中身がml単位で見えるようになるのだ。
「420/552……おおっ、やっぱ溜まってるな」
まぁ、ちょっと可哀想ではあるが、このイングリッド様の献身があってこそ、俺は日々安穏と――その分スパイとしては勤勉に――働けてるんだろう。
俺は、今度は心の中で、割と真剣に頭を下げた。
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だが、その後もイングリッド様の尿意が解消されることはなかった。
さっき見た時は85%。
そして今、事務スタッフと話しているイングリッド様の膀胱は、92%まで満たされている。
量にして、508ml。
膀胱の平均的な容量は300ml~400mlだという。
つまり、普通の奴なら一回漏らしてるくらいの尿を、イングリッド様は抱えていることになる。
なるのだが……。
「すげぇ……一切、表に出ねえ」
俺の能力で見える数値だと、100%に達しても、膀胱が広がる内は数値が上がり続ける。
92%とは言え、イングリッド様の膀胱容量からすれば、まだ余裕はあるだろうが、本人はもう漏らしそうな程の尿意を感じている筈だ。
今までこの状態まで達した女性スタッフは、みんな小刻みに体を揺らしたり、表情や指先が不自然に強張っていたり、明らかな『おしっこ我慢』を表に出していた。
だが、傍から見たイングリッド様は、そんなことは一切感じさせない。
本当に今すぐにでもトイレに駆け込みたいだろうに、何事もないかのように会話をしている。
やばい、あの鉄面皮の奥で、実はメチャクチャ我慢してると思うと、かなり興奮してきた。
しかし、今日は一体どうしたんだ? なんでそんなに忙しそうに……あっ!
「今日、決起集会か……!」
危ねえ。結構な重要行事なのに、完全に忘れていた。
決起集会は2時間の長丁場。俺達警備員も、会場に目を配りつつ首領の演説やら博士の説明やらを聞くことになっている。
正直、メチャクチャ面倒くさい。
イングリッド様がここまで多忙なのも、決起集会の準備に追われているからか。
こりゃ、直前までトイレにゃ行けないぞ。
この能力に目覚めてから見た最大の数値は、98%。
もし、集会前にもう一度イングリッド様を見かけたら、その数値を超えてくる可能性がある。
もしかすると、早足でトイレに駆け込むところに遭遇してしまうかもしれない。
俺は、胸の内で興奮が高まっていくことを感じた。
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結局、あれからイングリッド様を見かけることはなかった。
集会まであと10分。
幹部連中は首領と共に壇上に上がるため、一般スタッフより先に集合することになっている。
さすがに、トイレも済ませてしまっただろう。
軽く気落ちしていると、前からそのイングリッド様が歩いていた。
なんだろう、顔色が悪い。よく見ると、こめかみに一筋汗が流れている。
集会直前で体調でも崩した……いや、まさか!
俺は弾かれるように能力をオン、ターゲットをイングリッド様に絞った。
結果――
106%、585/552ml。
「マジかよ……!」
イングリッド様の膀胱は一度パンパンに満たされ、今は壁を薄く伸ばしながら、なんとか新しい尿を受け入れている状態だった。
幹部はもう集合だ。真面目なイングリッド様が、トイレに行って遅刻をするとは思えない。
集会は2時間の長丁場。幹部であるイングリッド様は、逃げ場のない壇上で全構成員の視線に晒されることになる。
イングリッド様はもう18歳だ。普通に考えて、そんな状況で……なんてことは想像もつかない。
だが、膀胱はすでにロスタイム状態。拘束時間2時間。
数字だけ見れば、万が一が起こらない可能性の方が低い。
俺はこの集会、何かとんでもないことが起こる予感がしていた。