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片思い同士の初恋  作者: 釧路太郎
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第二十一話

 今頃信寛君は美春ちゃんに怒られたりしてるのかな。そんな事を考えていられるのは私の心に余裕が出来たからなのかもしれない。昨日までだったらこうしてお風呂に入っている時でも衣装のどこを直せばいいだろうって思っていた。自分では全く意識していなかったけれど、信寛君に言われて初めて思い詰めていたんだなって知ることが出来たんだよね。今のままでもいいのかって多少は思うわけだし、これで本当に良いのかなって思っていたのだけれど、写真を撮って恭也さんに見せてみたところ、テレビで細かいところまで映すわけでもないのに拘り過ぎだと思う。って言われちゃった。確かにそうかもしれないなって思ったよね。

 信寛君は私の事を見ていてくれた。恭也さんは私が手直しした衣装を褒めてくれた。それでも、二人は私のためを思って拘り過ぎるのはダメだってはっきりと言ってくれた。あまりにもハッキリ言ってもらえたので少しは反論しようとも思っていたのだけれど、恭也さんの言っていることは間違っていないし、信寛君が私に向けて言ってくれた言葉は私の事を本当に心配してくれているというのが伝わってきた。そんな二人の言葉だからこそ私は自分のしていることを見つめ直して、これ以上拘るのは良くないんじゃないかと思うことが出来たんだと思う。

 今までずっと気を張っていた分、私は力が抜けてリラックスすることが出来ていた。いつもよりもお風呂の温度を下げていたのでゆっくり浸かることが出来ているのだけれど、こうしてゆっくりと考える時間が出来ているのは久しぶりな感じがしていた。

 夕日を見ている時に信寛君の手を握っていたら私はどうなっていたんだろう?

 もしかしたら、そのままキスをしていたんじゃないか。

そう思うこともあったのだけれど、他にも人が何組かいた状況でキスなんて出来るわけもない。

 もしも、他に誰もいなかったらキスをしていたんだろうか?

 いや、私はあの状況でもキスはしなかったと思う。なぜなら、あの場所は出入りも自由でいつでも人が入ってこれる状況なのだ。そんな場所で私はキスをすることなんて出来ないだろう。

 では、いつどの場所でなら私は信寛君とキスをすることが出来るのだろうか?

 私にはその答えがわからない。キスをしたくないわけではないし、信寛君に触れたくないわけでもない。ただ、触れてしまうと自分の気持ちが抑えきれなさそうで怖いだけなのだ。

 私は何か一つの事に執着してしまうのだと衣装作りでも感じてしまったのだが、もしかしたら今までも知らない間に私はそんな風に視野が狭くなっていたことがあったのではないだろうか。

 そう言えば、愛莉ちゃんにも言われたことだが、私が信寛君の事を好きなのがみんなにはバレていたというし、信寛君が私の事を好きだというのも私以外の人は知っていたと言っていた。それって、私が信寛君の事を考えすぎて周りが見えなくなっていたという事なのかな。今にして思えば、私は自分でも信寛君の事を好きだとアピールしていたのかもしれない。自分では気が付かなかったけれど、私はきっと好きなモノを隠すのが下手なんだと思う。

 隠す必要なんてないとは思っているけれど、私はそれを恥ずかしいものだと思っているのかな。もしかしたら、私が人見知りをしてしまう原因の一つなんじゃないかな。そう思える節はあったりするのだ。それがわかったところで私の人見知りは治らないだろうし、恥ずかしいと思う気持ちも消えはしないだろう。

 信寛君は私の事を可愛いとたくさん言ってくれる。それはとても嬉しいし、幸せな気持ちになることが出来ている。でも、私は信寛君に対して何か返すことが出来ているだろうか。信寛君にそれを聞いたとしても、優しい信寛君はそれに対しても大丈夫だよと言ってくれるに違いない。それでも、私は信寛君に対してちゃんと気持ちを伝えておきたいと心から思っている。思ってはいるのだけれど、信寛君を目の前にするとどうしても言葉が出てこない。

 演劇部の一員なんだからセリフとして用意しておけばちゃんと気持ちを伝えることも出来るんじゃないかと思っては見たものの、私は約三年間の活動期間においてセリフを一言も発していないのだ。そう考えてみると、私が信寛君に思いを伝えることが出来ないというのは当然のことかもしれない。

 そんな過去があるからこそ、想いをちゃんと伝えておきたいと思ってはいるのだけれど、私はちゃんと信寛君に想いを届ける言葉を持ち合わせてはいない。誰かに頼って教えてもらった言葉ではなく、自分で考えた言葉で気持ちを伝えたい。自分で考えて信寛君に想いを伝えたい。

 お風呂の中でそんな事を考えていると、いつの間にか凄い時間が経っていたみたいだ。若干のぼせているような感覚はありつつも、私は自分の部屋に戻って扇風機の風にあたりながら頭の中に浮かんでくる言葉を無造作に並べていた。文章としては何のまとまりもなく意味が全く分からない言葉ではあったけれど、私の想いだけは込められている。ただ、本当に頭の中に浮かんでいる言葉は繋げてしまうと全く意味が分からないものではあった。

 そんな言葉を適当に繋げながら衣装を見てみると、私が施した刺繍はどれも素敵ではあるのに、全体を俯瞰で見てみるとまとまりが無いように見えた。一つ一つは良く出来てはいるのだけれど、全体的に見てみるとごちゃごちゃした印象を受けてしまった。

 確かに、近くで見ると違和感はあるのだけれど、壁にかけてみてみるとまとまりがあるようには見えていた。なんだか不思議な印象を受けてしまったけれど、一つ一つが良いモノだとしてもそれらが一つになると完璧とは言えないんだなと感じていた。

 もしかしたら、頭の中に浮かんでいる想いはそんな感じなのかもしれないな。無理につなげて完璧な言葉にして伝えるのではなく、信寛君みたいに日ごろからちゃんと一言一言嬉しい言葉を繋いでくれることの方が、私にはあっているのかもしれない。


 私は体の芯からポカポカしていい気持ちになっていた。のぼせているのとは違う心地良い感覚だった。

 扇風機の風は優しく私の体を包んでくれている。

 私は無意識のうちにスマホと手に取って、信寛君にメッセージを送っていた。


 いくつもの言葉ではなく、私は今思っている言葉だけを簡潔に送っていた。

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