『かくれんぼ屋』店主夢村 ~義母の指輪~
思い出の品 かくれんぼ
もういいかい? まーだだよ
思い出探して 鬼の役
もういいかい? もういいよ
品物見つけた 思い出は
鬼から隠れる 役になる
「……それでは、探してほしい物と、それにまつわる思い出をお話していただきましょうか?」
殺風景なビルの一室に、そのお店、『かくれんぼ屋』はひっそりと開かれていました。看板もなく、一見ただのオフィスのように見えます。そこには簡素なテーブルとソファー、そしてなぜか姿見が置かれています。それ以外には、なにも家具は置かれていません。
「どうぞ、外は暑かったでしょう?」
少し白髪交じりの、きちんと整えられた髪に、やはりそろえられた口ひげのすらっとした男性が、おぼんにティーカップを二つ乗せて女性に声をかけました。かくれんぼ屋の店主、夢村です。夢村は依頼人の若い女性の前に、ティーカップを注意深く置きます。夏らしくさわやかなにおいのするハーブティーが注がれていました。
「その前に、もう一度おたずねしたいのですが、その……本当にお代は、『思い出』だけでよろしいのですか? お金とかは……?」
ブランド品らしいバッグを指でいじりながら、依頼人である若い女性は小首をかしげます。しっかりとメイクされたその表情は、警戒心がありありと見てとれます。夢村は軽くお辞儀をしてから同じくソファーに座りました。
「失礼ですが奥様は、当店をどのような経緯でお知りになられたのですかな?」
「それは……」
口をつぐむ女性に、夢村は気にした様子もなく続けました。
「あぁ、いえ、答えなくてもけっこうです。ただ、きっとお調べになる際に、当店に関する様々なうわさもご覧になられたことでしょう。……つまりはそういうことです」
女性は気おくれしたような様子で、視線をバッグに落としました。夢村はハハハと楽しげに笑い声をあげます。
「まぁまぁ、そうお固くならずに。ご安心ください。お探しの品は必ず見つけますし、お代はその品に関する『思い出』だけで構いませんよ。……まぁ、わたしがいうのもなんですが、信用ならないというお気持ちは当然だと思います」
夢村はティーカップを優雅なしぐさで持って、ハーブティーに口をつけます。女性はまだバッグに視線を落としたままでしたが、そろそろと顔をあげて夢村の目を盗み見ます。
「……本当に、あとで請求してきたりは……」
「もちろんそのようなことは致しません。ご心配なら一筆書いてもかまいませんよ」
「他の人に知られたりも」
「それもご心配なさらずに。秘密は守ります」
「それじゃあ、思い出さえお話すれば、指輪は、義母の指輪も見つけてくださると」
「ええ。ですが、思い出をお話するだけではお支払いいただいたことにはなりません」
夢村の言葉に、女性の目に警戒の色が浮かびます。夢村はくったくのない笑顔で首をふりました。
「あぁ、ご心配なさらずに。お支払いしていただくのは、あくまで思い出だけです。ただ、思い出をお話するだけでは、思い出をお支払いいただいたことには、ならないということです。思い出をお話しいただき、さらにある儀式を行っていただきます」
今度は困惑の色が女性の目に浮かびました。夢村は笑顔のまま続けます。
「多分ネットかなにかでお調べになられたと思いますが、ご想像の通り、わたしはいわゆるまじない師のような者なのです。わたしどものような職業のものにとっては、『思い出』というものはそれだけで価値のあるものなのですよ。……あぁ、ご心配召されずに。別に思い出を悪用したりはしません。呪いなどに使ったりはしませんよ。むしろ思い出は、呪い返しの呪術に使われるのです。……やりかたは企業秘密ですがね」
夢村のおしゃべりに、だんだんと警戒心が解けてきたのでしょう、女性はようやく依頼について口を開いたのです。
「……探してほしい品物は、指輪なんです。母が、あ、いえ、義理の母なんですが、とにかく義母が大切にしていた指輪を探してほしいのです」
「ほう、指輪ですか」
「はい、大きなダイヤモンドのついた」
「おっと、指輪の特徴はおっしゃらないでください。探しもののイメージが損なわれてしまいますから」
夢村に制されて、女性は口をつぐみました。夢村は軽くひげをなでながら、かすかに首をかしげました。
「……それでは、その指輪の持ち主である、お義母さまについての思い出を語っていただけますでしょうか? なるべく詳しくお願いいたします」
「わかりました。母は……」
その女性は義母についての思い出を、涙ながらに語っていきました。夫と結婚してからすぐに打ち解けたこと、同居しながらもいつも自分のことを気にかけてくれたこと、けんかなどもせず、仲良く旅行などにも行き、死ぬ間際も夫と自分のことをずっと案じてくれていたことなどです。夢村はその話を、薄笑いを浮かべたまま、退屈そうに聞いていました。
「……以上です」
語り終えた女性は、夢村の顔を見て、わずかにまゆをひそめました。しかし、夢村は少しも気にせず、やはり薄笑いのままうなずいたのです。
「ふぅむ、なるほど。ありがとうございます。それだけ強い思い出があれば、すぐに見つかりますよ。……ただ、先ほども申し上げましたが、思い出を語っていただくだけではお支払いいただいたことにはなりません。そこで、儀式をしていただきます。ですが、一つだけご了承いただきたい点がございます」
改まった口調でいう夢村に、女性はけげんそうに聞き返しました。
「ご了承いただきたい点とは?」
「今語っていただいた思い出ですが、これをお代としてお支払いいただくということは、当然その思い出は失われるということです。あなたの記憶から完全に失われます。思い出そうとしても、それは見つかることはありません。……この店の名前が『かくれんぼ屋』だということは、あなたもご存じでしょう? 隠れている品物を見つけた鬼は、今度は隠れる側に回るのです。……つまり、もう見つかることはない……」
わずかに夢村の目が光り、女性はひるんだように顔をそむけました。ブランド品のバッグをぎゅっとにぎりしめて、それから再び夢村に視線を戻しました。
「……思い出を失うのはつらいですが、それをお代として支払わなくてはならないのなら、しかたないですね。わかりました。お支払いしましょう」
「ありがとうございます。……それでは思い出をお支払いいただくための、儀式をしていただきます。どうぞこの姿見の前にお立ちください」
夢村にうながされて、女性は立ち上がり、姿見の前にスッと立ちました。ちらりと鏡のはしになにか映ったように見えましたが、光のいたずらだったのでしょうか、それはすぐに消えてしまいました。しかし、夢村は満足そうにうなずいて、それから女性に目を移したのです。
「では、姿見に向かい合って、先ほどお話しくださった、お義母さまとの楽しい思い出を念じてください。あぁ、声には出さなくて構いませんよ。念じるだけで結構です」
とまどった様子の女性に、夢村はやはり薄笑いを浮かべたまま続けました。
「あなたがこの鏡に念じてくださるだけで、鏡に思い出が焼き写しになるのです。わたしはその思い出を回収して、呪い返しの材料にするのですよ。……では、どうぞ、目をつぶって念じてください」
まだ信じられないといった表情の女性でしたが、夢村がじっと姿見に映った女性を見つめているので、ブランド品のバッグをしっかり握りしめたまま、静かに目を閉じました。鏡に映った人物を見ながら、夢村はにぃっと不気味に顔をゆがめました。
「……結構です。ありがとうございました。確かにあなたの思い出をちょうだいいたしました。……あぁ、ですが、実をいうとまだ仮受けといった状態でして。どうです、ほら、思い出も思い出せるでしょう?」
夢村に聞かれて、女性はぽかんとした表情を浮かべました。しかし、夢村は別段気にした様子も見せずに、説明を続けます。
「このままお義母さまのお宅に参りましょう。そこでお探しの品を見つけ出したときに、初めて思い出は支払われることとなります。……逆にいえば、それまではいつでもご依頼をキャンセルすることもできますので、ご安心ください。ただ、お支払いいただいたあとは、いかなる理由であってもキャンセルすることはできませんので、悪しからず」
夢村の言葉に、女性は軽くまたたきながらもうなずきました。
「では、お義母さまのお宅に参りましょうか。ご案内いただけますか?」
「お探しの品は、こちらでお間違いないでしょうか?」
義理の母が住んでいたという、古びた別宅に着くと、夢村はものの数分で探しものの指輪を見つけ出したのでした。化粧ダンスの棚を引き抜き、その底をバールで無理やりこじ開けると、底が二重になっていたのです。大粒のダイヤモンドの指輪を見て、女性は思わず歓声をあげていました。
「あぁっ、やったわ!」
夢村からひったくるようにしてダイヤモンドの指輪を奪うと、その輝きにうっとりと顔をとろけさせます。
「お喜びいただけてなによりです」
もはや皮肉にしか聞こえない口調の夢村でしたが、女性は少しも気にせず、ダイヤモンドに見とれています。夢村はコホンッと軽くせきばらいしました。
「……さて、わたしはこれで依頼を完了いたしました。それでは約束通りお代をお支払いいただきましょうか」
とろけた顔をしていた女性が、わずかに警戒したように夢村をにらみつけます。
「……お代は先ほどお支払いしたはずですが? それともやっぱりお金かしら?」
「とんでもございません。先ほども申し上げました通り、わたしはお金などには興味がない。お代はあくまで思い出でいただいております」
「じゃあ、支払ったはずでしょ? さっき儀式をしたじゃない!」
甲高い声をあげる女性に、夢村はにぃっとくちびるのはしをゆがめました。
「さっき……? あぁ、あれのことですか。ふふふ、あれは単なる準備ですよ。儀式ではない」
「じゃあなによ、まだ儀式はやってないっていうの? いったいなんの準備だったのよ? 儀式の準備なの?」
「いえいえ、先ほどのは儀式とは関係がございません。ただ単に、準備をしただけですよ。……あなたが、お義母さまの霊に憑かれやすくするためのね」
思わず「ヒッ!」と悲鳴を上げる女性を、夢村はひげをなでつけながら見つめました。
「……ずいぶんとお義母さまをいじめていらっしゃったんですね。もともとご自分の家だったのに、お義母さまを追い出しこんな狭い別宅に閉じこめて、さらには介護と称して、虐待まがいのことまでされていて……」
「なっ……なんでそれを?」
ハッと口を押さえる女性に、夢村はハハハとおかしそうに笑い声をあげて答えました。
「最初にわたしはお伝えしたと思いますがね。わたしはまじない師だと。当然霊も見ることができますし、まぁわたしより力のない者でも、少しでも霊感があれば見ることは可能でしょう。それほどまでに、お義母さまの無念は強く残っているのです。……家宝であるその指輪を渡さなかった理由は、あなたにもよくわかるでしょう?」
くちびるをかんで顔をそむける女性に、夢村はふぅっと息をはきました。
「どうやらあなたは、指輪を見つけて、そのままお祓いでもしてもらおうと考えていたみたいですが、並大抵の者では、お義母さまの霊を祓うことなどできないと思いますよ。わたしもあなたがたずねてきたときには、どうしようかと思案したものですからね」
女性の顔がみるみるうちに青くなっていきます。夢村は軽く肩をすくめました。
「きっと今までも、少なからず霊障はあったのでしょう? けれども夫や他の者たちの前では、良き義娘を演じてきたあなたは、お祓いなんて口が裂けてもいえなかった。だからお義母さまが執着していた指輪を見つけてお祓いすれば、もしかしたら秘密裏に義母の霊を祓えるかもしれないと考えた。ついでに高価な指輪を売りさばくこともできると」
パリンッと甲高い音がして、背後の壺が砕けて粉々になってしまいました。女性が「ヒィッ!」と悲鳴をあげます。
「さて、それじゃあわたしはこれで失礼いたします」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ねぇ、待ってよ! あんた、あの女の霊を祓えるんでしょう? 祓ってよ!」
夢村の腕をぎゅうっとつかんで、女性が青ざめた顔で泣きついてきます。夢村はにべもなく首を横にふりました。
「残念ながら、わたしはただのまじない師ですからね。お祓いなどはやっていないのですよ」
「ひどいわそんなの! だいたいあんたがインチキするから、わたしにあの女がとり憑いたんじゃないの! 責任取りなさいよ!」
夢村は女性の手を乱暴に振り払うと、侮蔑のこもったまなざしでにらみつけました。うっとあとずさりする女性に、夢村は低い声でいい放ちました。
「あなたの提示した思い出は、すべてうその思い出ばかりでしたよね? いわばニセ札のようなものだ。そのようなもので支払いをすまそうとする者に、どうしてわたしがそこまでサービスしなけりゃいけないんですか? ……まぁ、あなたがちゃんと思い出を支払ってくださるのなら、サービスで霊を祓ってあげてもいいですがね」
ピシピシッと、屋根がきしむ音が聞こえました。ガチガチと歯を鳴らしながら、女性は何度もうなずいて夢村にしがみつきました。
「わ……わかったわ、支払う、支払うから! あの女との、いやな思い出を支払うから、だから……」
夢村はまゆをひそめました。再び女性の手を振りほどいて、ふぅっと小さくため息をつきます。
「いえいえ、わたしが支払ってもらいたいのは、いやな思い出ではありませんよ。お義母さまとの、楽しい思い出でございます」
夢村にいわれて、女性はその場にぺたんっとすわりこんでしまいました。青ざめた顔のまま、声を震わせます。
「そんな……そんなの、ないに決まってるじゃないの! だって、あの女は、わたし……」
「それではお支払いいただいたことにはなりませんね。まぁ、別に取り立てたりはしませんが、当然お支払いを踏み倒すような輩にサービスするほど、わたしは人間ができていませんので。まぁ、期限は設けませんので、いつでもお支払いに来てください。……それじゃあそちらにいらっしゃる、お義母さまとの楽しい思い出を作れるように、がんばってくださいね」
女性の手をひらりとかわして、夢村はすたすたと玄関のドアを開けました。外に出てドアを閉じると同時に、女性の絶叫が聞こえてきました。
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