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三人は、書斎へと戻って来て、開いたままのネクロノミコンのレプリカを見下ろした。

ここに、何を見つけたのか分からない。

湊は、ため息を付きながら、充電器をリュックから出すと、理久のスマホに繋いで電源を入れた。

立ち上げを待っている間、弥生はレプリカを見ながら、言った。

「美里は、そっちのさっき見つけた民俗学がどうのっていう本をよく読んでみて。もっとヒントが欲しいわ。もちろん、邪神がほんとに居るとか思ってないけど、でも念のためよ。ね、謎解きだと思って。」

さっき、カウンセリングの話を聞いたので、弥生も遠慮しているようだ。

美里は、うんざりしたように言った。

「そんなに気を遣わなくていいのよ。こうなったからには、腹をくくるわ。多分違うと今でも思ってるわよ?でも、真剣に考えるわ。ゲームを思い出して。」

美里はそう言って、さっき見ていた古い本を手に取った。

湊は立ち上がった理久のスマホを、まずはアプリを開いて見てみたが、一週間前からこちらから何かを打ち込んだ様子はない。

美里が山のように送っている、連絡を求めるメッセージが残っているだけだった。

「検索履歴を確かめてみたら?」美里が言う。「何を調べてるか。」

湊は頷いて、ブラウザを開いて検索の枠をタッチすると、履歴がスッと下へと伸びた。

だが、変な物が検索されている様子がなかった。

「…何も検索されてないみたいだけど。監視カメラ、新型、とかだな。あれ…?」

湊は、試しにその履歴を押してみたが、インターネットに接続されていません、という表示が出る。

何かがおかしいのかと、ふとスマホのアンテナ表示を見ると、Wi-Fiも5Gも、4Gも全て無しになっていた。

「え…」湊は思わず叫んだ。「電波が来てない!」

「ええ?!」

二人が言って、慌てて自分のスマートフォンを掴んで開いて確認する。

確かにこの山に入ってから心許なかった電波も、この屋敷の近くへと来たら、しっかりWi-Fiの電波が入ってパスワードも無く繋がったはずだった。

それが、無くなっているのだ。

「そんな…ここへ来た時、確かに繋がっていたわ。山の中も、途切れ途切れだったけど、とりあえず電波は入ってた。それなのに、何の電波も無いって…。」

弥生が、心配そうに言った。

「管理室へ行く?ルーターを再起動したらWi-Fiが復活するかも。」

それには、美里がしばらく考えて、首を振った。

「…これ以上、時間は取れないわ。今電波が無くても問題ない。今まで気付かなかったぐらいだし。まずは地下の洞窟の事を調べて、何も無いようだったらそれで良いし、何かあるなら対策をして大河くんと理久くんを探しに行かないと。どうせ、洞窟の中までどんな電波も来ないはずなんだから。二人を助け出して、もし動けないなら救急車を呼ぼう。その時、電波が入る所まで降りて行ったらいいのよ。」

湊は、美里を見た。

「今から山を下りて、電波が入る所まで行ってレスキュー頼んだらいいんじゃないか?山の中でも所々電波入ったし。」

弥生が首を振った。

「でも、地下に二人が居るってまだ分かったわけじゃ無いのよ?呼ぶなら見つけてからだわ。地下に友達が居ないかもしれないけど、居るかもしれないから助けてくださいって言うの?」

湊は、首を振り返した。

「だから、友達が居なくなって、スマホが落ちてたし地下に居るかもしれないから助けてくださいって言ったらいいじゃないか!人数が多い方がいいに決まってる!」

「ストップ!」美里が言って、持っていた本を閉じた。「分かったわよ!だったら私が行く!山を下りて、途中で電波が入る所で電話して、戻って来るわ。それでいいわね?」

弥生が、心配そうに言う。

「でも、女の子一人じゃ…。」

湊が、頷く。

「だったらオレが行く。言い出しっぺだしな。」

美里は、キッと湊を睨んだ。

「あんたは駄目。」どういう事だと弥生と湊が驚いた顔をすると、美里は続けた。「さっきから、帰りたがってるじゃないの!逃げたいんじゃないの?これ幸いと逃げて放って置かれたら、私と弥生じゃ困るのよ。だから、私が行く。私は絶対逃げたりしないわ。逃げたって、自分の心からは逃れられないんだから。」

湊は、ムッとした顔をして、言い返そうとしたが、出来なかった。確かに、ここから解放されたら逃げ出したくなるだろう。何しろ、自分が必死に訴えてもこの二人は逃げようとしていないのだ。今、ここから出ないのは、結局一人きりで山を下りて行くのが怖いだけで、もしレスキューに連絡がついたなら、真っ先に自分の保護を頼みそうだった。山で迷って出られない、とか言って…。

そんなつもりはなかったが、今美里に言われてみて、初めて気が付いた。湊は、ここから誰かに助け出して欲しいのだ。自分が誰かを助けようなど、考えてはいない…。

そう思うと、それを美里に見透かされたような気がして、途端に恥ずかしくなった。

湊が黙り込んだので、美里は鞄を背負った。

「じゃあ、行って来る。ここで待ってて。多分、ちょっと降りたら電波が通ってたはずよ。すぐに戻って来るわ。あなた達は、引き続き情報を探しておいてちょうだい。時間を無駄にしないで。」

言われて見た時計の針は、もう9時を過ぎていた。

「気を付けて。」

弥生は、そう言って美里を送り出した。

湊は、そんな美里を恨めしげに見送ったのだった。


美里が出て行き、書斎には弥生と湊の二人になった。

湊は、美里との最後の会話が何やらバツが悪くて、おかしな空気に黙っているしかない。

弥生は、美里が出て行った直後、「じゃああなたはネクロノミコンをお願い」と言って、自分は民族学的な冊子の方を読んでいる。

湊は一応、虹色というラテン語の単語を探してネクロノミコンを見ているものの、目が滑って一向に進まなかった。

黙々と別々に時間を過ごしていると、弥生が顔を上げた。

「…見つかった?」

湊は、本から顔を上げて首を振った。

「いや、まだ。そっちは何かあったか?」

弥生は、頷く。

「あの…ここの表記を読んでいて思ったのだけど、やっぱりこの神に私、心当たりがあるわ。見て、ここの表現。『神は地球の地下にある洞窟に住んでいると言われていて、生きている暗黒の塊といった姿をしており、そこから自在に黒い触手や足を伸ばす。液体とも個体とも言えないゼラチン状の塊。神は生贄と力を捧げてもらうお返しに、呪文を教える。神は犠牲者を掴んで地下へと引きずり込む。』って。これ…ニャル様ではないの。ええっと、闇に棲むものって表現されることもあるから、もしかしたらそうかもと言われているけど、私は違うと思うし、確か名前が他にあったはずなの。なんだったかしら…確かにるるぶで読んだ気がするのに、あんまり出てこない神だから、忘れちゃってて。」

湊は、言われてそこを読んだ。

確かにそう書いてあるが、湊には見当も付かなかった。

「…やっぱり神話の中の神ってことか?ここの地下で崇拝されてるってのは。」

弥生は、頷く。

「そうなるわね。あくまでも、これを信じたら、だけど。魔術師(グール)と呼ばれるもの達が崇拝してるみたいなの。でも…」と、冊子をめくった。「ここのページが滲んでて読めないのよ。グール達は、生け贄と力…多分生命エネルギーだと思うんだけど、それを捧げて神を呼び出すの。そして呪文を教えてもらった後、退散してもらわなきゃならないわけ。そのままそこに居たら、ニャル様とは違って意思疎通が困難だから、まあ意思疎通出来てもだけど、何をされるか分からないでしょ?だから、その方法があるわけ。それが、分からないの。」

湊は、顔をしかめた。もしかしたら、それがこのネクロノミコンに書いてあるんじゃ。

「…これに、書いてあるかもしれないんだな。」

弥生は、頷いた。

「多分。だから大河くんと理久くんは、読もうとしてたんじゃないかな。」と、冊子を閉じた。「ネクロノミコンを調べなきゃ。美里が戻って来るまでに、準備をしておきましょう。退散に道具と呪文が要ると思うの。大体どの邪神でもそうだから。とにかく、ニャル様ではないと思うわ。退散方法があったわけでしょ?ニャル様だったらそれは無理だわ。戦って倒すとかでない限り。」

余計に悪いかもしれない。

湊は思った。なんのかんの言っても、ニャルラトホテプなら話が出来る。だが他の邪神と話せるとは思えない。

いきなり襲われそうだった。

湊がネクロノミコンに視線を落とすと、弥生が言った。

「あら?」弥生は、何かに気付いて指差した。「これ。あなたが持ってる輪頭十字の図じゃないの?」

言われて、湊は視線を落とした。

確かにそこには、輪頭十字の挿し絵があった。手書きの古い物だったが、確かにそうだ。

「読めないから…多分、輪頭十字の使い方とかかな?」

弥生は、それでも目を凝らして見ている。

「これ…ニョグタ。ニョグタって書いてない?!」と、湊を見た。「そうだわ、ニョグタ!虹色ってそうよ、玉虫色とか表現されてた事もあったわ!そこに書いてあるのが、多分この地下の神よ!」

湊は、驚いて本を見下ろした。ニョグタ…聞いたような聞いてないような。

「え…じゃあここに、退散方法が書いてあるのか?」

弥生は、イライラと羅和辞典を手にした。

「そうよ!急いで、多分輪頭十字が関係あるんじゃないの?!しっかりしてよ、あなたが邪神が本当に居るとか言ってたんじゃなかったの?」

湊は、慌てて文章へと視線を落とす。

そうして、その周辺の単語を片っ端から調べて、内容を把握しようと弥生と共に集中した。


それから、一時間以上経過した。

時計は、もう午前0時になろうとしていた。

9時半ぐらいにここを出た美里は、まだ戻らない。

さすがにおかしい、と、弥生は言った。

「もしかしたら…迷ってるのかも。」弥生は、窓の外を不安げに見た。「あの子が勝手に帰るはずはないし、外は真っ暗だもの…月も出てない…。」

湊は、顔を上げた。

「とりあえず、退散呪文と必要な物は分かったじゃないか。輪頭十字、ティクオン霊液、それにこの、長い呪文。メモしたし、大丈夫じゃないか。美里さんが戻って来たら、救助隊が来るのを待って大河と理久を探しに行こう。」

弥生は、湊を見た。

「美里が遅すぎるわ!心配じゃないの?ここから出て少し歩いたら電波が来てる場所には着くはずなのよ。いくらなんでも二時間以上戻らないなんて…無事に電話出来てたら、救助隊だってもう来てる頃だわ。来ないって事は、電話をする前に何かあったんじゃない?!それにあなたは大丈夫だって言うけど、ティクオン霊液なんてどこにあるのよ?!そんな特殊なもの、ここには無いわ!」

湊は、首を振った。

「あるとしたら祭壇の所だ。」湊は言う。「退散させるために出現場所に置いてるはずだから。美里さんが心配なら、探しに行けばいいだろう?今度は二人で。なあ、調べるって言うから調べたけど、やっぱり救助隊に頼むべきだよ。二人で行って、電話してこよう。その時に美里さんに会うかも知れないだろ?」

弥生は、怪訝な顔をしながら湊を見た。

「…あなた、逃げる気じゃない?美里は戻らない。救助隊も来ない。大河くんと理久くんは行方不明。私の手前調べたけど、全くそんな気はなくて、自分だけでも逃げようとか思ってない?」

湊は、顔を赤くした。

「そんなつもりはないよ!だったらとっくに逃げ出してる!オレ達だけで探すなんてリスクが大き過ぎるから、救助隊を待とうって言ってるだけだ!」

湊は、言いながらそれが嘘だと思っていた。

美里が戻らないのは、恐らくニャルラトホテプかニョグタか何かに、捕らえられてしまったのだと思う。

それをたった二人で探しだして助けようとは、もう思えなかった。幸い、前とは違って逃げ出すことが出来るのだ。だったら後は救助隊に任せて、自分はここから離れたい。

ニャルラトホテプの手から、逃げ出したいのだ。

今度こそ、あの邪神は自分を狙って来るはずなのだ。もう、あの三人が死んでいても仕方がない。もう助けられない、せめて自分だけでも…!

湊は、長く苛まれて来た何かに突き動かされるように、そんな風に考える自分を止められなかった。

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