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三人は、ネクロノミコンのラテン語版を、必死に調べた。

キーワードは虹色、闇だった。

湊は、必死にその単語をネクロノミコンの中に探した。

あの二人が見付けられて、自分達に見付けられないはずはない。

そう信じて、ひたすらに文字を目で追った。

そうやって必死になっていたら、外はもう、真っ暗な闇だった。

廊下の電気をつけて、屋敷の中は明るくしてある。

何かあった時、すぐにでも逃げ出せるようにだった。念のため玄関扉を見て来たが、ちゃんと開け閉め出来るし、外へ出ることも出来た。

湊は、すぐにでもここを出て行きたかったが、そんな事をしても家に帰り着ける気がしない。

なので、仕方なく魔導書を調べていた。

「…お腹が空いたわ。」美里が、息をついて言った。「弥生、飲み物と食べ物を探しに行かない?冷蔵庫に入ってるって松本さんが言ってたわよね。」

弥生が、頷いて時計を見た。

「もう、八時だわ。キッチンへ行く?」

美里は頷いて、ソファから立ち上がった。

「うん。ちょっと休憩。湊くんの分も持って来ようか?」

湊は、慌てて立ち上がった。

「オレも一緒に行くよ。こんな時は、バラバラにならない方がいい。いつでも出られるように、鞄も背負って行こう。」

美里が、うんざりしたように言う。

「だから、夜は駄目よ。あの山道をずっと歩いて行くの?バスで途中まで来たなら分かるだろうけど、ここからバス道まで降りてまだ歩くのよ?結構な山道だったでしょう。荷物は置いて行く。あなたも、ついて来るなら来れば?」

美里は、さっさと書斎の扉を開いて出て行く。

弥生は、困ったように湊を見たが、荷物を持たずにその後について降りて行った。

湊は、どうして分かってくれないんだと思いながら、リュックを背負ってその後を追って書斎を出た。


特に変わったこともなく、電気の着いた室内はとても綺麗で、昼間に感じたどこかもの寂しいような感じは無かった。

そんな中を、美里と弥生は特に構えもしないで歩いて行く。

確かに構えるような様子がないのだからそうかもしれないが、湊は気が気でなかった。今にも、どこかの部屋からニャルラトホテプが出て来るような気がして、回りを見ながら歩いて行った。

そんな湊を振り返る事無く、二人はキッチンへと到着した。

キッチンの冷蔵庫の中には、松本が言っていた通り、サンドイッチやお惣菜のような物が入っていた。

そして、キッチンのテーブルの上には、袋に入った菓子パンもたくさんあった。

その他、飲み物もペットボトルのお茶や水、コーヒーなどが並んで入っていて、明日の朝まで食べる物には確かに困ら無さそうだった。

「サンドイッチがある!」美里は、嬉しそうに取り出した。「おにぎりもあるけど、サンドイッチぐらいの方がいいよね。弥生は?」

弥生も頷いてそれを受け取った。

「ありがとう。ねえ、お湯を沸かそうか?インスタントのコーヒーとか、紅茶のパックが置いてあるよ。ここでご飯を食べて、お茶は上に持って行こうか。」

美里は、頷いた。

「うん、そうしよう。夜食にパンも一緒に持って上がろうね。」

湊は、呑気にそんなことを話している二人にイライラしながらも、ふと床を見た。

そこには、床下収納のような板が二枚、松本が言った通りにあった。

…あれが、もしかして洞窟に降りる入り口か…?

湊が、それを避けるようにして歩いて見ていると、ポットに水を入れてスイッチを入れた、美里がそれに気が付いた。

「どうしたの?…ああ、洞窟への入り口ね。」

弥生も、カップを出して来ながら言った。

「そういえば、松本さんが言ってたわね。どんな感じなのかな。覗いて見るだけでも見てみる?」

湊は、とんでもないと首を振った。

「危ないって松本さんがわざわざ言っていたのに。君達は危機感が無さ過ぎるぞ。」

美里は、ハアとため息をついて、湊を見た。

「あのね、見るだけじゃないの。あなたはあまりにも神経質になり過ぎよ。それにね、邪神はニャル様だけじゃないの。もし居るとしても、ニャル様が何度も同じ人間に、短い期間に接触して来るなんて考えられないわ。同じ人なんて退屈だもの。よっぽどおもしろいと感じたなら別だけど…あなた、別にニャル様を喜ばせたとかじゃないんでしょう?自意識過剰だと思う。」

弥生も、頷いた。

「そうよ。ニャル様を知らなさ過ぎ。ニャル様にとっては、私達なんて虫けらみたいなものだから、個人って言う感じでは見てないわ。ちょっと面白い動きをする個体、ぐらいの感じよ。気が向いたら願いを聞いたりするけど、その相手は大概が不幸になって死ぬって言われてるわ。」

湊は、下を向いた。

そのニャルラトホテプに、自分は願った。四人を、生き返らせてくれと。だからこそ、四人は何事も無かったかのように戻って来たが、本当は死んでいた。インスマスの、仲間に食われて…。

だが、それを言い出す勇気が湊にはなかった。

更に残虐に時間を掛けて死ぬ様を見たいから、そして湊に見せたいから戻したのだ。

この二人に、それを言ってどんな反応をされるのか怖い。

だが…。

「ニャル様に…願ったんだとしたら?」

美里と弥生は、目を丸くした。

願った?願ったって何を?

「え…何を?」

湊は、顔を上げた。だが、それを言ってしまう勇気が出ない。

すると、美里が腰に手を当てて言った。

「もう、いいわ。確かに一番最初の島の洞窟で、私達はニャル様に弥生達の復活を願ったわ。でもあれは、取り引きだった。ニャル様の試練に打ち勝って、ニャル様を称える呪文を言えたから、勝ち取ったことなのよ。だから大丈夫だわ。あなたが言ってる願いって、そういうことでしょ?だって前の屋敷では、ニャル様は現れなかったじゃないの。あなたがニャル様だって言ってるニクラス教授だって、事務的なことを言っただけであれからみんな普通に生活してた。あり得ないでしょ?いいじゃないの。」

湊は、答えない。

答えられなかったのだ。あの時ニャルラトホテプに会ったのは自分だけだ。みんな、出現した時には車の中で死んでいた。

知らないのだから、仕方がなかった。

「…とにかく、開いてみようよ。」弥生が、横から言う。「洞窟に入らなければいいんだもの。屋敷のことは全部知っておいた方がいいよ。何も知らないままで何かあったら湊くんだって面倒だと思うでしょ?」

美里は、湊に構わず手を板の取っ手に掛けた。

「開くよ。見るだけだから大丈夫よ。」

「おい…!」

湊が止める間もなく、板は持ち上げられた。

もしかしたらすぐに洞窟かと思っていたのだが、そこはコンクリートで固められた普通の階段だった。

それを降りて行った先に、うっすらと扉が見えている。

恐らくそこから、洞窟の通路に入るようだった。

「よく見えないわね。」美里が言う。「電気がないわ。」

「懐中電灯があるかも。管理室から取って来る?」

弥生が言う。

湊は、じっと普通の階段を見つめていたが、ハッとして言った。

「…懐中電灯は持ってる。」と、リュックを下ろした。「何かあったらって思ったから。」

湊は、いろいろなグッズの中から懐中電灯を引っ張り出した。それを見ていた美里が、呆れたように言った。

「あれ、それってエルダーサインのペンダント?」と、グイグイ横からリュックの口を開いた。「輪頭十字のキーホルダーも。そんなの持って来たの?」

湊は、美里からリュックを引っ張って引き離すと、頷いた。

「だから、何があるか分からないから。前回から、いろいろ集めておいたんだ。」

弥生が、懐中電灯を受け取りながら言った。

「いいじゃない、それで安心するなら。ほんとに役に立つかもしれないし。ニャル様には…あんまり効果はないだろうけど。」

そもそもニャルラトホテプに弱点などあるのだろうか。

あるかも知れないが、他の邪神にでも頼まなければ、自分達に退散させるなど無理そうだった。

そもそもがニャルラトホテプ以外の神に、人格などなかったように思う。

まともに会話するのは、確かニャルラトホテプだけだったはずだ。

他は虫けらの話などそもそも聞かないのだ。

なので仮にニャルラトホテプが他の邪神によって居なくなったとしても、その邪神は取り引きなどしてはくれないので、虫けらの自分達は死ぬか、それより酷いことになるだろう。

それを知っていて、遠く眺めて楽しむために、ニャルラトホテプが自ら退散する可能性はあった。

湊がそんなことを考えて顔を険しくしているのに構わず、美里は懐中電灯を弥生から受け取って、中を照らした。

「あら、綺麗なもんよ。」と、階段に足を掛けた。「ここは崩落なんてしなさそう。ちょっとあの扉の向こうを見て来るわ。」

湊が何も言えずにいるうちに、美里はさっさと階段を降りて行った。

そうして、奥の扉に手を掛けて、開いて中を覗いた。

「どう?」弥生が、上から声を掛ける。「どんな感じ?」

美里の声が、普通に答えた。

「別に何も…洞窟だけど、足許は綺麗に削ってあって通路になってるわ。奥へ行けそうな感じ。湿気てるわね。」と、脇を見た。「あら…?」

湊が、上から声を押さえ気味にして言う。

「なんだよ?何かあった?」

美里は、目を凝らしている。

「なんだろ、何か落ちてるの。ちょっと待って、取って来る。」

中へ行こうとするのに、さすがの弥生が言う。

「待ってよ、一人で行くのは危ないわ。」

美里は答えた。

「大丈夫よ、三メートルぐらい向こうなの。」

と、美里はすんなり扉の中へと入って行った。

「美里さん!」

思わず湊が叫ぶと、美里の声が答えた。

「あ…!ちょっとこれ…!」

弥生が、堪らず階段を下りた。

「なに?!美里?!」

湊も、思い切って階段を駆け下りた。

すると、美里は懐中電灯を手にしたまま、洞窟のすぐ先に立ってこちらを見ていた。

「これ…!」と、急いでこちらへ戻って来た。「理久のスマホじゃない?!」

電池切れなのか真っ暗な画面だったが、そのケースには見覚えがあった。

間違いなく、それは理久の持っていたスマートフォンだったのだ。


しばらく沈黙が続いた後、湊は言った。

「…とにかく一度戻るんだ。」

さすがの美里も弥生も頷いて、湊についてキッチンへと上がる。

湊は、慎重に床板を下ろしてから、言った。

「理久のスマホが洞窟に落ちてるってことは、少なくとも理久は洞窟に入ったってことだ。でも、それを拾いもしないで居なくなった。松本さんが言うには、夜のうちに居なくなったって。帰ったって言ってたけど、もしかしたら帰ったんじゃなくてここへ探索に入って戻ってないんじゃないか?」

弥生が、言った。

「でも…どうしてスマホだけ?他の荷物はどうなったの?」

湊は、首を振った。

「分からない。もしかしたらここへ入って何かを見て、ヤバいと逃げたのかも知れないしな。逃げてたなら、スマホを拾う余裕もなかったはずだし。」

「でも、戻って来てないよね?」美里は言う。「ここへ入って、何かに連れ去られてスマホを拾う暇もなかったんじゃ…。」

美里は、あれだけ豪気に洞窟へ降りて行ったのに、ガタガタと震え出した。弥生は、言った。

「でも、美里は取りに行ったけど何もなかったじゃない。落としたことに気付かなかったのかもしれないわ。理久くん、スマホをお尻のポケットに入れてたから、分からなかったのかも。」

湊は、険しい顔をしながら言った。

「どちらにしろ、理久があそこへ入ったのは確かだ。」

湊は、考えた。もしかしたら、理久と大河は、書斎で見付けた情報を確かめようと、ここへ入ったのかもしれない。帰ると松本に言ったのは、密かにあそこへ降りたかったから…帰ったと見せ掛けて、入るつもりだったんじゃないだろうか。

それとも、松本が嘘をついているかだ。

「…調べて来よう?」美里が、震えながら言う。「あの二人が、もしここへ入って帰って来てないなら、崩落事故に捲き込まれたのかもしれないし。だって…だってこんなのおかしいわよ!湊くんは信じてるけど、私は信じてないんだもの。あれは作り話なのよ?私達は夢を見たのよ!集団ヒステリーみたいなものだって、カウンセラーの先生が言っていたもの!」

湊は、驚いた顔をした。

「え…君はカウンセリングを受けてたのか?」

美里は、震えながら頷いた。

「私だって覚えてることがあるもの。弥生は知らないけど、湊くんと一緒に島で最後まで経験したわ。記憶はおぼろげだけど、湊くんがしつこく言うから、なんだか怖くなって来て。ほんとはあなたなんかに接したくなかった。でも、逃げてちゃダメだって。向き合って克服しないと逃れられないからって…カウンセリングで、克服したのよ。あれは集団ヒステリーか幻覚で、その状況で見た夢なんだって。なのにあなたが、しつこく言うから!」

湊は、美里の気持ちを初めて聞いて衝撃だった。

美里は、怖かったのだ。だが、夢だと思う事で振り切った。それを自分が、甦らせるように実際にあったことだと言うので、嫌になっていたのだろう。

自分に対して当たりがキツかったのも、それで分かった。

「…今から探しに行くのは、危険だと思う。」弥生が、言った。「書斎に戻って、しっかり考えてから行こう。もしあそこへ行って戻ってないんだとしたら、多分美里が言うように崩落とか事故だと思うんだよね。でも、念のため。一度書斎に戻って、調べてた続きをしよう?理久くんのスマホを充電したら、何を見つけたのか分かるかもしれないし。とにかく、一度書斎へ戻ろうよ。」

湊も、すぐにこのまま洞窟へ下りるのは難しいと思った。

ニャルラトホテプでなかったとしても、何かが居たとしたら何も備えずに行くのは危ないからだ。

「そうだね、理久のスマホを充電しよう。この機種ならオレの充電器が使えるから。書斎へ戻ろう。」

そうして三人は、サンドイッチと飲み物を手に、また書斎へと戻って行った。

来た時のように、気軽な感じはもう、なかった。

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