2
「すみませーん。」弥生が、声を上げた。「誰か居ませんかー?」
シンとしていて、応答はない。
弥生は、顔をしかめて扉に手をかけた。
「あのー、東京から来ましたー。」扉には、鍵は掛かっていない。「友達を探してるんですけどー。」
中は、薄暗くて電気はついて居なかった。
こういう洋館は、昼間でも電気がついているものだ。
窓が少ないので、玄関ホールなどはどうしても暗くなるからだ。
ここは、前の洋館なように大きな階段が目の前にあるわけではなく、洋館にしては狭めの玄関ホールで、目の前には壁、左側に廊下があり、右側には幾つか扉があった。
「誰も居ないのかな?」
弥生が言う。
湊は、玄関扉を観音開きにして、大きく開いた。
「開きっぱなしにしておこう。でも、別荘番も居ないのに鍵をかけてないのはおかしいよな。どうなってるんだろう。」
「広すぎて声が届いていないのかも。」美里が言う。「探しに行きましょう。」
湊は無言で頷いて、そうして三人は、洋館の中へと足を踏み入れた。
声をかけながら洋館の中を進んで行くと、左の廊下の横には扉があった。
そこを開いて見ると、中は広々とした、どうやら応接間のような部屋だった。
窓がたくさんあって明るいが、それでもどこか薄暗い。洋館の構造上、それは仕方がなかった。
誰も居ないので、仕方なく先へと進む。
右側の扉も軒並み開いていったが、中は狭めの居室で、どうも使用人の部屋のようだった。
右側、さらに進んだ場所の扉も開いたが、そこは居間のようで、暖炉があって窓も多く、さすがに明るい。
その扉と向かい合うように、右側には上に上がるための階段があった。
正面に行き当たると、その扉の先は食堂で、ということは、右側の一場奥の扉はと開いて見ると、思った通りキッチンだった。
そうやって一階をぐるりと見て回ったのだが、大河と理久はおろか、別荘番も居なかった。
「二階で寝てるとかだったり。」
美里が言って、階段を見た。
その階段は、普通の家だとしたらかなり大きなものなのだが、洋館の中にある階段としたら小さく見える。
一度突き当たって、踊り場があって上がって行くタイプの階段だった。
「洋館って、めっちゃ大きな階段ってイメージがあるから、なんだか小さく見えるわね。」弥生が言いながら、上を見上げた。「上がってみる?」
湊は頷いて、階段へと足を進めた。
念のため玄関の方をチラを見たが、まだしっかりと大きく扉は開いたままだった。
引き続き声を掛けながら、二階へと上がって行くと、そこは等間隔で扉が並ぶ廊下が横へと続いていた。
一つ一つ部屋を確認して行くが、客間なのか、大きなベッドが設置されている、バスルーム付きの同じ形の部屋ばかりが続いていて、中には書斎だろう、本棚が詰まった部屋もあった。そして、廊下の突き当りにはひと際大きな部屋があった。
恐らく、前の洋館での時と同じで、ここはこの館の主が泊まる場所だろうと思われた。
ベッドも他の物より数段豪華な装飾がされてあり、大きさも五人ぐらいは並んで眠れるのではないかというほど大きい。
そして何より、窓が三面に設置されてあって、とても明るかった。
暖炉もあって、置いてある家具も他とは段違いな様子だった。
「…ニクラス教授の部屋なのかしら。」美里が言う。「だったらあまり踏み込んだら怒られるわね。」
その通りだと思った湊も、さっさと扉を閉じて、主の部屋の前を、これまで通って来た廊下と繋がる形で横に続いている廊下を先へと進むべく、そちらを見た。
廊下は、突き当り、それ以上何も無かった。
「ここまで、誰も居なかったわ。」弥生が言う。「もう一度、一階の玄関入って右側の扉を入ってみない?一応見て置いた方がいいと思うわ。」
ここまで、どの部屋も電気が点いていなかった。別荘番が居た前の屋敷では、こうやって見てみると全ての部屋に、例えランプであっても灯してあって、どこか誰かが居た、という感じがしたものだったが、ここはそんな装飾の電灯すらついていなかったので、どこか冷たい感じがして、綺麗なのに少し、薄ら寒い感じがした。
何と言うか、生気がない感じがするのだ。
そんな中、下へと降りて廊下を玄関の方へと戻り、玄関から見て向かって右側にある扉を確認のために開いた。
そこは物置のようで、いろいろな掃除用具などが詰められてあった。
もう一つの扉を開くと、他の部屋とは明らかに設えが違う、事務的な感じのする部屋があった。
机があって、パソコンが置いてあり、モニターがたくさん並んでいる。
恐らく、ここは管理室だと思われた。
だが、前の洋館の管理室に比べて窓が多くて明るくて、警戒するような空気はない。
美里が、ホッとしたように言った。
「管理室ね。多分ここで二人は作業していたと思うんだけど…」と、ぐるりと見渡す。「あの二人の持ち物らしき物は何もないわ。」
弥生が、壁に掛けられた図を指差した。
「ほら、見て。この洋館の見取り図みたい。」
これまで見てきた間取りと、全く同じだ。
特に、見ていない場所はないようだった。
「誰も居ないってことか。」湊は言って、扉の方を向いた。「一旦外へ出よう。出られなくなったら困るし、外で話し合おう。」
美里と弥生の頭に、あの時の悪夢がまた、遠くよみがえって来た。
ハッキリとは思い出せなくなっているが、あの時の恐怖はまだ心に傷となって残っている。
二人は頷いて、湊と共に外へ出た。
すると、すらりと背が高い、そこらで見ないような綺麗な顔をした男が、ちょうど玄関から入ろうとしているところだった。
「え…、」
湊が、思わず怯むと、相手は怪訝な顔をした。
「…どちら様ですか?お客様は来ないはずですが。」
弥生が、慌てて言った。
「すみません、勝手に入ってしまって。何度も声を掛けたんですけど、誰も出て来られないので。私は、中村弥生と言います。ここへ来ているはずの、坂田大河と小南理久を探して来たんですが。」
相手は、少し表情を緩めた。
「ああ、セキュリティの見積りをしに来てくださった方々ですね?私は、松本と申します。でも、もう四日前に見積書を置いて帰られましたけど。もう夜も遅かったのでもう一泊してはと言ったんですが、急いでおられたのか帰ってしまわれて。」
湊は、言った。
「橋本湊です。それが、帰って居ないようで。連絡も付かないので、心配になってこちらへ様子を見に来たのですが。」
松本は、顔をしかめた。
「困りましたね。私はここの番人ではなくて、主人に言われて来ているだけなんです。普段は無人で、主人が来るのを待って帰る予定なんですよ。」
美里が、言った。
「私は崎原美里といいます。あの…二人はどこかに行くとか話していませんでしたか?」
松本は、首を傾げた。
「そういえば…寄るところがあるとかなんとか。だから急いでいらっしゃるようでした。ここから終バスも午後6時で終わりですし、歩いて戻るのは大変だと言ったんですけど。」と、顔をしかめた。「…実は、私も主人のお客様なので悪く言いたくはないのですが、一度はお泊まりになる、と部屋へ帰られたのですよ。なのに、朝になったらいらっしゃらなかった。何のお声かけもありませんでした。だから、余程お急ぎで、夜中に帰られたのだなと判断していたのですが。」
夜中にここから歩いて?
三人は、それを聞いて顔を見合わせた。そこまで急いで、一体二人はどこへ行ったのだろう。
まるで、逃げるように…。
「…何か、変わった事はありませんでしたか?」湊は言った。「ここに居る間に。」
松本は、首を振った。
「何も。基本、お二人に全てお任せしておりましたし、同席することもありませんでしたから。屋敷のあちこちを調べていらっしゃるようでした。カメラを設置する場所を探していたようでしたが…そういえば、書斎に長くいらっしゃったようでしたね。」
書斎。
もしかしたら、二人は何かを見つけたのかもしれない。
「手掛かりが欲しいんです。」湊は言った。「二人が滞在していた部屋を、見せてもらってもいいですか?」
松本は、頷いた。
「いいですよ。二階です。ご案内します。」
松本は、言って玄関から、廊下を奥へと歩いた。
三人は、それについて一緒に二階へと上がって行ったのだった。