1(裏)
要は、顔をしかめた。
どうやら、あの五人は仲違いが何かで、別行動しているらしい。
来るのは二人、大河と理久だけだという事だった。
クリスはそれならとシナリオを書き替えて、大河と理久の二人だけを何とか呼び寄せることが出来た。
ちなみに彰は、妻の紫貴と息子の新と共に、紫貴の前の夫との成人した子供達を住まわせている、彰の別の屋敷の一つに滞在していて、家族で楽しく過ごしていた。
こちらは準備で大変だと走り回っている間、彰は家の広い敷地を整備させて、牧草地を作って馬でも飼おうかとか言い出して、厩舎がどうのとそちらの事に忙しい。
どうやら、紫貴は前々から競走馬の引退後の事を案じているようで、そんな行き場の無い馬を何頭か買って、乗馬をしようと彰が言い出したのが始まりのようだった。
彰は、ドイツに居た頃ステファンと乗馬をしたこともあったらしい。
馬に乗って散歩もいいものだ、と上機嫌だった。
だから、それどころじゃないんだってば。
要は思いながらも、確かに今はまだ、彰の出番はない。
前は面倒だと手入れを嫌がった髪や肌も、紫貴が一緒にやりましょうと言って世話をしてくれるので、今回は問題なく彰は邪神モードになっていた。
いきなり邪神モードの母親の夫が帰って来たので、紫貴の子達は驚いたようだったが、実はこれから邪神の役で演技をする予定があるのでコスプレしている、というと、そうなんだ、とあっさり受け入れてくれたようだった。
それより、輝く肌の母を見て、その美容液を使ってみたいと大騒ぎで、そっちに興味があるらしかった。
そんな彰はやっぱり最後まで、もしかしたら出番自体が無くなるかもしれない状態だったので、そのまま放置して要達は、自分達の研究成果を試すために、海辺の別荘の準備を粛々と続け、大河と理久の二人を誘導し、シナリオの中に引き込むことに成功した。
後は、残りの三人だったが、連絡が無ければ探しに来るだろうと考えた。
捜索願でも出されたらめんどくさいことになりそうだったが、そもそもがそんな風に考えが至らないよう、心理誘導していた。
つまり美里、弥生、湊の三人は、自分で決めた気持ちになっていたかもしれないが、実はここへ来たいとどこか潜在意識の中で思っている状態で、それを頭に書き込まれているからなのだが、それを知る術は、彼らにはなかった。
時は遡り、大河と理久がここに着いた時の事だ。
皆完全にスタンバイしていて、洋館の準備も整っていた。
二人は、湊と同じようにバスで近くまで来て、そこから徒歩でこちらへ上がって来た。
アレックスが、にこやかに二人を迎えた。
「ようこそいらっしゃいました。IT技術提供社のお二人ですか?私は松本と申します。主人から、こちらでお待ちするように言いつかっておりまして。」
大河は、息を切らせながら頷いた。
「初めまして、坂田大河です。こちらは小南理久。下の名前で呼んでくださって結構ですよ。ニクラス教授は?」
アレックスは、首を振った。
「主人はただいま別の用件で関東の方に。そのうちに来られるかと思いますが、混み入った案件なので…お二人がいらっしゃる間に間に合うか分かりませんがね。見積りを出してもらうようにと言われています。その間のお世話は私が致しますので。」
二人は顔を見合わせたが、頷いた。
「分かりました。では、見させて頂きます。」
そうして、アレックスは手筈通りに二人を管理室へと案内した。
管理室は窓があって広々としていて明るい場所だ。前の屋敷とはえらい違いだ、とホッとした二人は、早速そこにあるパソコンを見ながら言った。
「ここのシステムは今、どうなっていますか?」
アレックスは答えた。
「どうでしょうか。ここは特に誰も来ない場所なので、普段は別荘番も居らず無人なんです。誰かが侵入したら分かるように、セキュリティシステムが入っていると聞いています。私も本日ここへ来て、玄関扉の横のコントローラーに数字を打ち込んで解除しました。それ以外は何もないようです。」と、机の上に置いてあるファイルを指した。「そこに、そのセキュリティシステムの概要があります。」
理久が、それを手に取って中を見る。
大河は言った。
「防犯カメラを屋敷の回りに設置して、遠隔で見られるようにして欲しいとのことでしたが、そうなると一から全て設置するということになりますね。」
理久は、ファイルをめくりながら頷いた。
「確かに。防犯カメラは家の前と後ろの二つだけで、このパソコンで録画するシステムみたいだ。窓と扉にはセンサーが取り付けてあって、セキュリティが作動している時にそこが開くと防災センターに通報されて、警備員が来るシステム。一般的なやつだな。」
松本は、頷いた。
「ここにはこれまで、おかしな侵入者など居た事がなかったので、それで良いと思っていらしたようです。時々掃除に来る者がここで防犯カメラの映した映像をチェックするだけで、基本的に無人で放置されています。」
大河と理久は、顔を見合わせた。
だとしたら、特に大層な監視システムなど必要ない。
ニクラスは本当に、自分達が仕事が無いと困ると言ったので、仕方なくここのセキュリティを強化させようとしたようだった。
あれから二年も放置されていたので恨んでもいたが、これなら文句も言えない。
何しろ、なんのかんの言っても結局こうして仕事をくれたのだ。
「…では、一応、ニクラス教授のおっしゃっていた通りにカメラを設置してその画像を送る方向で、お見積をさせて頂きます。必要ない所がありましたら、またはしょって行く事も出来ますので。」
何やら悪い気がして大河がそう言うと、松本は笑顔で頷いた。
「よろしくお願い致します。」
そうして、松本は出て行った。
「…アレックスが退場。」クリスが言う。「さて、ここからはあの二人に調べさせて見つけてもらわなきゃな。あちこちにいろいろあるから、それで地下に興味を持ってくれたらこっちのもんだ。」
アレックスは、松本として完璧に振る舞っている。
大河と理久は、全てを見られているとも知らず、淡々と作業を続けていた。
この屋敷で、おかしなことは起きなかった。
大河も理久も、やはりニクラスは黒幕などではなかった、と思いながら、そこから三日かけて屋敷のあちこちを図り、カメラをどこに設置したら一番よく見えるか、景観を損なわないかを考えた。
何しろ元々要らないはずの物を設置するわけなので、カメラの数も最小限にして、なるべく見積り額を下げたい考えだった。
持ってきたサンプルのカメラをあちこちに設置してみては、ああでもないこうでもないと、話し合う毎日だった。
そうこうしている間に、理久が疑問を持ち始めた。
松本が、よく居なくなるのだ。
松本は、同じ人とは思えないほど綺麗な顔をした男だった。
日本語は完璧なので、間違いなく日本人なのだろうが、どこか不思議な雰囲気の男だ。
その松本は、二人に食事を出すと、ではこれでと、いつもさっさと外へと向かい、海の方に降りて行く階段を降りて行って居なくなった。
どこへ行くのだろうと一度、理久は松本が降りて行ったのを見て、断崖の上から覗いて見るのだが、もう松本の姿はない。
海の方へと降りる階段はずっと下まで続いているのに、下の小さな砂浜にも、回りの岩場にも松本の姿は無かった。
「…おかしくないか。」理久は、大河に言った。「どこに消えてるんだ?いつもいつも同じ所を降りてくけど、すぐに見ても居ないんだよ。」
大河は、顔をしかめた。
「そんなはずないだろ?下に海の家でもあるんじゃないのか。」
理久は、首を振った。
「無いって!一回見てみろよ、ほんとに何もない。」
大河は、やっと設置する場所とカメラを決めたところなのに、と顔をしかめた。
「あのなあ、次の仕事まであと四日しかないの。今日中に管理室のパソコンのスペックを調べてどうするのか決めて見積り作らなきゃ、明日の朝には帰らなきゃ準備もあるだろ。いいじゃないか、こうして食事も準備してくれてるんだから。勘繰るなよ。」
そうして、食事の残りを掻き込んだ。
理久はまだ納得が行かない顔をしながら、自分も食事を終わらせて、二人で食器をキッチンへと運び、せめてもと皿を洗って、午後の作業に取り掛かった。
松本は、またあの断崖の階段から戻って来て、夕飯の準備を始めた。
今度はそれを、大河も目にした。
試しに付けていた居間のカメラを取り外しに行こうとしていた時に、たまたま上がって来る松本を目にしたのだ。
…確かに理久が言うように、小屋も無いなら長い時間どこに行ってるんだろう。
大河は、思ったが素知らぬふりでカメラを取り外した。
また管理室へと戻った大河は、理久と二人で見積書を作りながら、どうしても気になって、言った。
「なあ」理久が、顔を上げる。大河は続けた。「オレも見た。やっぱり、松本さんは海の階段から上がって来た。お前が言うように、下に何も無いなら今まで何時間もどこへ行ってたんだろう。」
理久は、頷く。
「だろ?おかしいんだって。そりゃ、お前が言うように勘繰るのは良くないけど、階段の途中に地下へ下りるような場所があるんじゃないかって思って。でも、そんな地下で何してるんだろ?」
大河は、声を潜めて言った。
「分からない。でも…確かに気になるな。」
理久は、大河に顔を寄せて言った。
「じゃあ、夜、見に行ってみないか?」理久は、囁くような声で言った。「もう、明日の朝には帰るんだろ?松本さんが帰った後、どこへ消えてるのか見に行こう。何しろ、夜は帰るって言ってたけど、車も無いのに真っ暗な中どうやって町まで帰ってるんだよ。オレ達が乗って来たバスだって、こっちから駅の方へ向かう終バスが18時台だった。歩いて町まで帰ってると思うか?」
大河は、言われて確かに、と思った。ここには車も無いし、毎日帰ると言っていたが、いったいどうやって帰ってるんだろう。仮にどこかに洞窟でもあって、そこに小屋でもあったとしてどうしてオレ達に嘘をついてそこへ帰る必要があるんだろう。
大河は、言った。
「…そうだな。どこへ行ってるのかだけでも、見ておこうか。気になるしな。洞窟に何かあって泊まるなら泊まるで、オレ達に隠す必要なんかないはずだ。ちょっと、確認してから帰ろう。」
そうして、二人は頷き合った。
するとそこへ、松本が入って来て声を掛けた。
「失礼します。お食事の準備が出来ました。どうぞ食堂の方へ。」
二人は、急いで表情を何でもない顔に取り繕って、答えた。
「はい、ありがとうございます。あの、お見積もりが出来たんで、明日の朝にここを発とうと思っているんですよ。」
松本は、少し驚いた顔をした。
「そうなんですか?分かりました、じゃあ明日の朝食までで良いという事ですね。」
大河は、頷く。
「長い間ありがとうございました。ニクラス教授には結局お会い出来ませんでしたけど、お見積書を置いて行くので、お渡ししてください。施行の日程は、また話し合って決めるという事で。」
松本は、綺麗な顔に笑顔を浮かべて頷いた。
「分かりました。では、お食事をどうぞ。冷めますので。」
二人は、松本に促されて、食堂へと向かった。
その頃、裏ではクリスが言った。
「やっとか。今夜来るな。こっちは準備万端なのに、なかなか来ないからこのまま終わるかと思ったぞ。」
要が、苦笑した。
「仮に帰ろうとしても、アレックスにこっちへ面白い所があるからって言ってもらって、連れて来させるつもりだったからね。面倒がなくなって、それに自然に見えて自主的に来てもらう方がいいよね。」と、息をついた。「後は残りの三人がいつ来るかだな。今回は長丁場になりそうだって、彰さんだってあっちで寛いじゃってさあ。見た目は邪神なのに、物凄く家庭的な毎日を送ってるらしいよ。間下さんが言うには。」
ハリーが言った。
「良いんじゃないか?これまでがおかしかったんだ、オレ達だって里帰りしたりするのに、ジョンはずっと研究所から出なかったじゃないか。クリスマスもニューイヤーもだ。これから取り返すんだから、ちょっとぐらい多めに見てあげよう。」
要は、そう言われてしまうとそうなので、仕方なく頷いた。とはいえ、要だって彰をたった一人で研究所へ置いて行くのも気がかりだったので、実家にはここ数年全然帰っていない。両親も、要は居ないものだと思っている、と言っているぐらいで、姉とは長く口もきいていなかった。
だが、何かあったら金銭的に援助するのはいつも要で、それもあって久しぶりに電話をしても、無下に扱われることはなかった。
「ほら、準備しよう。」クリスが、二人に言った。「今夜だろ?衣装を準備して、人数が足りないんだから、セリフが無いモブキャラの役はみんなでやらないと追いつかないんだ。要も、これ。」
クリスが放って来たのは、黒いフード付きのマントだった。
確かにモニターを監視する役も要るし、裏方も要るので要も人数に入っておかねばならない。
クリスはシナリオを書いているので総監督をしているし、ハリーは投薬の管理をしている。デニスは映像の照射を担当しているから動けないので、モブキャラの役は要と真司、博正など、手が空いている者達全員で、フードを被って顔が見えないように下を向いてただ、そこに居るしかないのだ。
ちなみにアルバートは、面が割れていないので今回セリフがある。
めちゃくちゃ、緊張していた。
「アルバート、大丈夫だから。」クリスが、その肩を叩いた。「問題ないって。アレックスが上手い事やってくれる。セリフは覚えただろう?流れで何でも言い方変えてもいいんだし。死ぬ気でジョンに仕えてるんだから、同じだから。死ぬ気で邪神に仕えてる男の役だから。な?」
同じじゃないんだけど。
要は思ったが、確かに配役がそれなので、黙っていた。
「アレックスが戻って来ます。」
デニスが言う。
「あ!リハーサルしとこうと思ったのに!」クリスが言って、要をグイグイと押した。「ほら!早く配置について!すぐに来たらどうするんだ、みんな行けって!ハリー、映像の準備は大丈夫か?」
ハリーは、呆れたように頷いた。
「もう三日前から出来てるよ。落ち着けクリス、大丈夫だって。」と、ハリーは皆を見た。「でも、そろそろ配置についてくれ。画像を重ねる時の最終調整をするよ。立ち位置を決めてあるだろ?そこに立ってくれ。」
皆、ぞろぞろと箱から衣装を引っ張り出して、手にしてそこから出て行く。
要も、それに紛れて岩屋の中に準備してある、舞台の方へと向かって行った。
いつ来てもいいように、全員が配置について最終確認をした。
ここは、断崖に降りて行く階段の横にある、小さな洞窟の入り口から入った場所にある空洞だ。
入り口は狭いが奥は広くて、そこから屋敷の地下にも通じる通路が確保されてあって、元々ここからでも海へ向かえるようにしてあったのだ。
そこを利用して祭壇のような物を作り、屋敷へ通じる通路の方は見えないように発泡スチロールで作った岩で塞ぎ、おどろおどろしさを演出していた。
元々、階段へ向かう道は綺麗にならしてあったので、足場には困らないのだが、その周辺は手付かずの自然の洞窟だったので、そこにいろいろ設置するのは骨が折れた。
なんとかそれらしく演出はできたので、出来た時は万歳三唱だった。
そこへ、大河と理久がやって来る。
外はお誂え向きの、夜だった。
しかも、あの二人は屋敷の中に配置された、ヒントや回避グッズを何一つ得ていない。
屋敷の探索は、全然出来ていない状態だった。
そうなって来ると、クリスのシナリオでは一択。
…後は湊次第だな。
要は思ってその時を待った。
大河と理久は、いつものように松本が帰って行ったのを気にしていないように見送った。
外へ出てから、大河達がそちらを見ていないかチラチラ確認してから、降りて行く。
暗いので見えないと思ったかもしれないが、二人は何気ないふりをしながら、確かに居間の窓から松本がそこを降りて行くのを見た。
「帰るって言ったのにな。」大河は顔を険しくして言う。「やっぱり海の方向だ。」
理久は頷く。
「ほんとに下には何もない。オレは何度も上から確認したんだ。一番下まで行くには、岩盤を削った階段だから険しいし、駆け降りるなんて絶対無理なはずなのに、降り始めてそんなに経たない間に見てももう居ない。だから、上からは見えないけど、もしかしたら途中に横に入る穴でもあるんじゃないかって。松本さんてさ、オレ達の食事は準備してくれるけど、自分は食べないじゃないか。もしかしたら、そこで食べてるのかも知れない。」
二人は、頷き合って鞄から懐中電灯を取り出した。
そして、部屋の電気を消して寝込んでしまったように演出してから、ソッと屋敷を出て岩の階段へと向かった。
階段は、狭い、本当に岩を削っただけの物だった。
横に張ってある、ロープだけしか落ちるのを回避出来る物がない。
足の下では、波が激しく打ち付けて白波を上げているのが遠く見えた。
どう考えても落ちたら命はないので、二人は岸壁にしがみつくようにしながら降りて行った。
途中、小さな横穴があった。
「あった。」理久が、小声で言う。「ほら、人一人通れる大きさだ。きっとここに入ってるんだ。」
大河は、控えめに懐中電灯を中へ向けた。
確かに足元の岩は平らに削ってあって、入ることを前提に作られているようにも見える。
「どうする?中を見るのか。」
大河が言うと、理久は何を言ってるんだという目で大河を見た。
「入るに決まってるじゃないか。ここまで来たのに、ちょっとぐらい冒険してもいいさ。ほら、行くよ。」
理久は、さっさとそこへ入って行く。
大河は、仕方なくその後ろへついてそこへ入って行った。
そこは、思った以上に歩きやすかった。
岩は滑らかで昨日今日作った物ではなさそうだ。
壁には一応、燭台のような物があったが蝋燭の燃えかすがあるだけで、ついてはいなかった。
そろそろと足を進めて行くと、前方からオレンジの灯りが漏れているのが見えた。
先を行く理久は、サッと懐中電灯を消すと、囁くように言った。
「誰か居る。」
大河は、自分も懐中電灯を慌てて消して、小声で返した。
「なあ理久、戻ろう。嫌な予感がする…背筋が寒くなるような。」
理久は、嘲笑するように口許を歪めた。
「大丈夫だって。あっちは明るいから、こっちは見えない。何してるんだろう?一人じゃないのかな。」
遠いのでよく聞こえないが、話し声のようなものが聴こえるのだ。
理久が岩影に隠れながらも、どんどん進むので、大河は放っておくわけにも行かず、その後についてどんどん灯りに近付いて行った。
すると洞窟の幾分開けた行き止まりの場所に、大勢のフード付きのマントに身を包んだ人々が、真ん中に置いた松明の灯りを囲んで座っているのが見えた。
フードを深く被っているので顔はよく見えない。
行き止まりの壁の前には、何やら読めない文字の曼陀羅のような物が描かれた布が垂れ下がっており、その前には供物らしい食べ物が山と積まれてあって、蝋燭が両脇に灯されてあった。
…何かを信仰している。
二人は、すぐに分かった。
フードの人々に圧倒されて動けなくなっている二人の目には、立ち上がっている大柄の男と、松本が話しているのが見えた。
松本だけがマントのフードを被っていなかったので、それがそうだと分かった。
大柄の男が言った。
「千載一遇の機会だ。」少し訛りのある日本語だった。「神にお出まし願えるかもと言っていたのに、これを逃す手はないだろう。深淵の神は退屈しておられる。楽しみを提供するのはオレ達の義務だ。このままでは失望されて見捨てられてしまうぞ。」
松本は答えた。
「あれらが神のご退屈をまぎらわせると思うか?だとしたら、今夜が最後の機会だ。明日の朝には帰ると言っていた。寝静まるのを待って、ここへ連れて来よう。」
大柄の男は、顔をしかめた。
「だから上手く誘導して来させたら良かったのに。ここへ運んで来るのは一苦労だぞ。まあ…神も生け贄の調達に少しは苦労した方がお喜びになるのかもしれないが。」
生け贄にされる…!
大河が、体を硬くする。
理久も、小刻みに震えていたがジリジリと後ろへ足を進めた。
「戻ろう…まずい。」
小声で言う。
すると、フードの一人が立ち上がって、叫んだ。
「…誰か居るぞ!」
見つかった…!
二人は、脱兎の如く駆け出した。
「あいつらだ!捕らえろ!」
声が追って来る。
すると目の前の床が、まるで生き物のようにうねうねと動いて立ち上がり、二人に絡みついて来た。
「うわー!」
理久が叫ぶ。
その生き物はアメーバようにうねうねと動いて二人の体を包み、触れた場所はまるで火に焼かれたようにチリチリと痛んだ。
「うわ!痛い!痛い…!」
そして、その生き物は二人を包んだまま締め上げるようにして潰しにかかった。
「ああああ!!」
断末魔の叫びが上がる。
…ここで死ぬのか…!
二人は、湊のことを思い出した。
ニクラスの仕事は受けるなと、あれほど言われていたのに。
最後にそう思った後、二人は何も分からなくなった。
「凄いな、画像だけだぞ。」
それを目の当たりにしたアレックスが、倒れた二人を見つめて言った。
「オレ達だってちょっと薬の影響を受けてたから分かるじゃないか。本物みたいだったたろ?」
アレックスは、興奮気味に要に頷く。
「見た!凄いと思った。脳の認知機能をいじるだけでこんなことになるんだな。きちんとした量を吸い込んでいたら、もっとハッキリ本物みたいに見えたって事か。」と、白目を向いて倒れている二人をつついた。「オレも一度体験してみたいな。実際には何もないわけだし。」
要は、苦笑した。
「まあまた出来るかもしれない。とにかく屋敷の客間に運んで寝かせておこう。そこで体調管理をして、他の検体の到着を待とう。」と、アルバートを振り返った。「アルバート、お疲れ様。上手くやったじゃないか、いい感じだったよ。後で撮った映像を彰さんに見せよう。」
アルバートは、終わった安堵感で放心状態だったが、頷いた。
「役に立てて良かった。」
ホッとしているが、また次の検体達がやって来たら出番がある。
そっちの方がもしかしたら難しいかもしれないのだ。
今回は、準備していたセリフを言うだけだったが、次は自分が役になり切ってその役柄が言う言葉を言わねばならないからだった。
だが、今はこれ以上プレッシャーを掛けたくなかったので、要は何も言わなかった。
そして、四日後、湊達はここへやって来たのだ。