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美里と弥生は、少し離れた岩影に隠れて、入って来るフードの一団を見守った。

隠れたのが祭壇の脇だったので、全員がよく見える。

もっと通路近くに隠れたら良かった、と二人は思ったが、もう場所を変える事は出来なかった。

間近で松明を囲むもの達の一人が、壁を見て言った。

「一人逃げたぞ!居ないじゃないか!」

他のもの達が、一斉に振り返る。

大河と理久は、気を失っているふりをしていた。

ドキドキと胸が早鐘のように鳴り、うるさいほどだったが、弥生はただじっとそこにうずくまっていた。

「もう一人の女は?見てなかったのか。」

他の一人が言うのに、最初の一人が言った。

「そっちの男が逃げたのを追いかけていたら、女を見失った。」

他の誰かが、言った。

「女二人ぐらいどうでもいい。その男三人でやろう。」

聞いた声だ、と思ったら、フードの中の顔は、松本だった。

「またお前は。女はお前が逃がしたんじゃないだろうな?地下へ誘導しなきゃならないのに行くなとわざわざ言ったり。生け贄は多い方がいいんだぞ。」

松本は、本当にこちらに警告してくれていたのだ。

美里と弥生は、それで知った。

松本は、フッと笑った。

「オレは本来フェミニストだからな。もう男二人が手に入っていたし、後は男をもう一人ぐらいでいいだろうと思っただけだ。逃げたら男だけは捕らえるつもりだった。女は放って置こう。このまま神を呼び出すんだろ?」

大柄の男は、息をついた。

「仕方のない。呼び出せるのはお前ぐらいだしな。オレ達はお前ほどうまく呪文を唱えられない。始めよう。」

すると、別の男が言った。

「逃げられたら厄介だぞ!ここに踏み込まれたら神が怒り狂って何をなさるか分からないぞ。神には、オレ達とそうでない奴らの区別がつかれない。皆殺される!」

美里と弥生は、顔を見合わせた。確かにニャル様とは違い、ニョグタならそうかもしれない、と思ったからだ。

救助隊など呼ばなくて良かった…大惨事になるところだった。

「…後で探そう。」他の男が言う。「まだ暗いし、麓まで時間が掛かる。女の足にはすぐに追い付くだろう。オレ達には土地勘がある。とにかく早くお出まし頂いて、呪文を教えてもらってお帰り願おう。」

皆が頷き、そうして皆が松明に背筋を伸ばして向き合った。

長々とした呪文が、洞窟の中に響き渡りながら始まった。


「ああ…」美里が、囁くように言う。「始まったわ。ニョグタが来る…姿を見ないで退散させられるかしら。」

弥生も、それが心配だった。

自分達はここで、ただ黙って目を閉じていたらそれで済む。

だが、大河や理久は、退散呪文を唱えなければならない。

姿を見て発狂してしまったら、呪文どころではない。

間違えずにあの呪文を、唱えられるか分からなかった。

呪文の声に反応して、一番向こう側の湊が目を開いたのが見えた。

「え…」湊は、回りを見て途端に狼狽えた。「なんでここに?!何をしているんだ?!離せ…出せ!出してくれ!」

黒い拘束の中で、湊は暴れている。

そんな事には構わず、尚一層呪文の声は大きくなった。

湊の声をかき消す勢いだった。

「やめろ!ニャルラトホテプか?!オレをこんな目に合わせるのは、ニャルラトホテプしか居ない!やめてくれ!」

まだそんな事を。

弥生と美里は、岩影で眉を寄せた。

「オレの…オレの荷物は?!」恐らく、中にあるエルダーサインや輪頭十字を手にしようとしているのだろう。「取ったのか!返せ!オレの…」

そこで、呪文は盛大に終わりに向けて盛り上がり、終わった。

と思ったら、いきなりに松明の灯りが一瞬にして消え失せ、真っ暗になった。

「…お出ましになる!」

暗闇の中、声が響き渡った。

祭壇の蝋燭の僅かな光の中、何か黒いものが地中からグワッと吹き出して来た。

それは、ヌラヌラとした体が、真っ黒なのにも関わらず、蝋燭の灯りに虹色に変化して見える、何かだった。

液体のような固体のような蠢くその体には、触手のような手が足が無数についていて皆、好き勝手な方向にゆらゆらと動いている。

とにかく形は定まらず、本能的に見るのを拒絶させるおぞましさがあった。

それを見てはいけないと思うのに、弥生はまともに見てしまった。

「ああああ!!」

弥生は、金切り声を上げた。

「弥生!」

美里が止めようとしたが、弥生は叫ぶのをやめられなかった。

美里は咄嗟に目を閉じて見てはいなかったのだが、弥生の叫びに目を開き、その姿を見てしまった。

「きゃあああああ!」

美里も、叫んだ。

「居たぞ!」誰かの声が言う。「女だ!二人居る!」

「呪文、呪文を…!」大河が必死に言う。「理久、理久…輪頭十字…。」

しかし、理久は白目を向いて舌をだらんと出して、泡を吹いて失神していた。

ダメか。

大河は、怪物を見ないでおこうと思うのに、それが出来なかった。

相手は目の前に迫り、自分を飲み込もうと近付いているのだ。

目が霞んで、呪文の文字が見えない。

大河は、そこで気を失った。

湊の目には、目の前でニャルラトホテプではない何か、恐らくニョグタに飲み込まれて消えて行く四人が見えていた。

湊は、金切り声を上げて拘束の中で暴れた。

「やめろ、やめてくれ!」湊は叫んだ。「オレはニャル…ニャルラトホテプの、(しもべ)だぞ!」

ニャルラトホテプ、という単語が出た瞬間、怪物はピタリと止まった。

そして、まるで臭いを嗅ぐように湊の回りをそのおどろおどろしい触手でかさかさと触れた後、スイと離れて、フードの集団の方へとヌラヌラと移動した。

大柄の男が、慌てたように言った。

「し、知らなかったのです!」男は、ジリジリと後ろへと下がりながら、叫んだ。「他の神の僕が居たなど…!」

「退散呪文を!」

松本の声が叫ぶ。

だが、必死に飛びついた祭壇の先には、ゴブレットのような瓶があり、それにたどり着いた直後、叫んだ男も、松本もその邪神に飲まれて、消えて行った。

「ああ…あああ…。」

湊は、ガクガクと震えて繭のようなものの中で震えていた。

ここから出られないが、出たら出たであの邪神が襲い掛かって来るのでは。

ニャルラトホテプの僕だなどと言ってしまったが、恐らく自分には、ニャルラトホテプの匂いでも憑いているのだろう。

名前と、匂いか気配で、ニョグタはこちらを攻撃しなかったと思われた。

だったら、このままニャルラトホテプの僕で押し通したら、ここは逃げ出せるかもしれない…。

湊は、必死にゴムのような拘束の中で上へ、上へと岩を背に、足を動かして抜け出そうと身をよじった。

ぬらぬらと動きそれは、目の前で食べた人間達を消化するように体を変形させながら動かし、吐き気がするほど醜い体を満足げに揺らしている。

いつ、気が変わってこちらへ向くか分からない…!

湊は、上へと死に物狂いで体を上げると、岩に足をかけて必死に踏ん張った。

「んーーーー!!」

バチン、と音がして、何かが弾けた感じがした途端、湊はどうと岩場の床へと放り出されて転がった。

…逃げないと…!!

だが、足に力が入らない。

湊が落ちた気配を感じたのか、邪神の大きな体がこちらを見るように回転した。

まずい…!!

このまま逃げても、追って来るだろう。逃げる者を追うのは(さが)だ。

だったら、退散させれば良い…?!

湊は、弥生と美里が居た場所を見た。そこには、弥生の靴が一個落ちているだけで、もう何の姿も無い。

理久と大河が湊と同じように貼り付けられていた場所には、既に何もなかったが、ふと見ると、床には紙が落ちていて、輪頭十字の絵がチラと見えた。

弥生が準備していたヤツか!

湊は、そちらへ跳び付いた。

これを使って、ニョグタを退散させるんだ…!

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