6(裏)
クリスが、画面を見つめる中、弥生は、言った。
「待ってよ!もしよ?もし四日前に大河くんと理久くんが洞窟に迷い込んでいたんなら、それが事故だとしても、もう長いことほったらかしになってるのよ?!救助隊って、それも呼べなかったらどうするのよ!美里がどうなったのかも分からないのに、私達も電波があるところまで行き着けるかも分からないじゃないの!」
湊は、首を振った。
「ここに居たら危ないんだよ!オレ達だけなんて危険だ!大勢居たら、混ざるから心強いじゃないか!任せたらいいんだ!」と、立ち上がって急いでリュックを背負った。「オレが電話して来る。」
「…あいつは、捕らえたいな。」
クリスが言う。
あっさり眠らせるなど、楽をさせたくない気持ちだ。
デニスは、頷く。
「指示を出します。」
デニスは、美里を拘束した者達に連絡を入れる。
モニターの中では弥生が、慌ててその腕を掴んだ。
「だから待ちなさい!みんなを見捨てるつもりなの?!私は一人でも行くわ!」
湊は、弥生から腕を振りほどいた。
「好きしろ!オレは行く!電話はしといてやる!」
そう言って、そこを駆け出して行った。
「…酷いな。」クリスは、顔をしかめた。「薬を換えろ。ハリー、ええっと、脳だけ覚醒するやつ。」
ハリーは、苦笑した。
「M75788だろ?オレもそれでいいと思う。」と、無線に言った。「M75788。後に殴ってでも意識を奪ってくれ。」
相手は驚いたようだったが、デニスが詳細を説明している。
モニターの中の弥生は、取り残されて茫然としていたが、キッと顔を上げると、残された自分の鞄を背負い、何かを決断した顔をして、階段を降りて行った。
弥生が向かった先は、キッチンだった。
玄関から外へと飛び出した湊は、広い敷地を必死で走って、降りて行く道へと出て、所々で転がりながらも、起き上がって駆け下りて行く。
電話をする様子も、全くなかった。
その様子に呆れながらも、それが仕事なので皆はただ、見守った。
こちらのモニターでは、弥生がたった一人でリュックを背負い、キッチンの下の板を開こうとしていた。
一人でも、友達を助けに行こうとしているのだ。
一方湊は、また足元を何かにすくわれてひっくり返ったところだった。
「出ます。」
デニスが言った後、立ち上がろうとした湊に、ワッとフードを被った集団が襲い掛かった。
湊は一瞬にして足の力が抜けて、まるで人形のように、またどうと地面の上に倒れた。
「…お前、クズだな。女性を一人で残して逃げるのか。」
実行班も、湊の行動を聞かされて、言わずにはいられなかったらしい。
湊は首筋を強く殴られて、そうして気を失った。
…今度ばかりは、彰さんに徹底的に叩きのめしてもらいたいなあ。
要は、健気にたった一人で地下道へと足を進める、弥生を見ながらそう思っていた。
結局、ギリギリのタイムリミットで間に合ったのは、弥生一人だけだった。
一方、弥生は地下へと入って歩いていた。
たった一人なので、息を潜めてスマホのライトだけでそろそろとゆっくり進んでいる。
とにかくは、こちらの準備が出来るまでは、しばらくさまよっていてもらなければならなかった。
なので、弥生は薬を投与されて、虚ろな目をして同じ場所をぐるぐると歩いていた。
「あんまり長い時間はかわいそうだし、早いとこ準備しよう。」要は、フードを手にして、言った。「大河と理久、美里はもう設置したか?」
デニスが、頷く。
「終わったと工作班から連絡が来てました。あと、今回収して来た湊だけですね。」
ハリーが言う。
「あいつはがんじがらめにして動けないようにしたらいい。逃げることが出来ないように。」
ハリーは、結構フェミニストなので、湊の所業を怒っているらしい。
クリスは、頷いた。
「多めにゴムの巻き付けとくように言っとくよ。他の三人は、もう壁に黒いゴムで貼り付け状態だ。もちろん、そこに画像で真実味を出すわけだが。」
アレックスが、マントを着た状態で言った。
「楽しみだなあ。あそこに居たらもろに薬を吸い込むから、リアルにみられるだろう?どれだけ現実っぽく脳が錯覚するのか興味があるんだ。」
要は、苦笑した。確かになかなかお目に掛かれないスペクタクルなショーだからな。
「さ、オレ達も配置につこう。」と、クリスを見る。「頼んだぞ、クリス。」
クリスは、肩をすくめた。
「ジョンが来てから説得する役が居ないのが心細いよ。」
まあ、彰だってそれなりに考えてくれるはずなのだ。だが、長い事あっちで紫貴と子供と穏やかに遊んでいたが、セリフは抜けてないだろうな。
要は、思いながら洞窟へと向かった。
祭壇の場所へと行くと、きちんと黒いゴムをまるで蜘蛛の巣のように壁に貼り付けて、その向こうに検体三体がポケットに入れるように立った状態で、気を失って設置されてあった。
画像は既に照射されていたが、まだ薬が噴霧されていないので、皆にはそれが、ただのゴムに見える。
要は、言った。
「じゃあ、そっちの通路に隠れていよう。頃合いを見計らって入場だ。みんな、シナリオは頭に入ってるな?」
博正が、顔をしかめた。
「入ってるけどよ…あの湊が腹立つなあ。女の子一人置いて電話もせずに逃げてたんだぞ?あいつだけはロストさせてぇなあ。あの女の子は、とっとと気を失ってもらって怖い思いはさせたくねぇ。」
みんな同じ気持ちだったが、こればっかりは進行状況で分からない。
湊が運ばれて来て、皆と同じように壁に設置されると、松明に火が入った。
クリスの声が、骨電動イヤホンから聴こえて来た。
『聴こえるか?同じ所をぐるぐるしてる弥生をこちらへ来させるぞ。』と、声が一瞬途切れた。『あ、ジョン。』
彰さんが到着した。
要は配置に付きながら、最後の場面を無事に終えるために息を潜めた。
彰は、地下室で欠伸をしながら言った。
「状況は?どうなったのだ。私はもう出るか?」
彰はもう、長い着物を着せられて、エクステで水増しした長い髪を下ろしていた。
クリスは、振り返って言った。
「やっと洞窟です。状況をかい摘まんでお話します。」
クリスは、始まりからを話して聞かせた。彰はずっとあちらに居たので、こちらで何が起こっていたのか何も知らない。
話が進んで行くに従って、段々に眉が寄り、最後にはむっつりと話を聞き終えた。
「…酷いな。たった一人になったのか。」
クリスは、頷く。
「はい。湊は暗示のせいでこちらへ来ましたが、あの様子だとそれが無ければ東京で安穏と終わるのを待っていたでしょうね。何しろ、逃げる事ばかり考えていて、最後には自分さえ助かればという感じでした。弥生という子が、たった一人で洞窟に入って来たわけです。」
彰は、モニターを見つめた。モニターの中では、弥生が一生懸命美里を助けようとしている。
「あの子は勇気のある子だ。敬意を表して真っ先に退場させてやりたいもの。後の恐怖を感じずに済むしな。」
美里が、なんとか壁から引きずり出されたのが見える。
だが、女子二人で男を引っ張り出すのは無理だろう。
「大河、理久を覚醒させます。」
デニスが言う。
二人が目を開いたが、彰の目はまだ気を失って壁に貼り付いている、湊を睨むように見ていた。




