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弥生は、言った。

「待ってよ!もしよ?もし四日前に大河くんと理久くんが洞窟に迷い込んでいたんなら、それが事故だとしても、もう長いことほったらかしになってるのよ?!救助隊って、それも呼べなかったらどうするのよ!美里がどうなったのかも分からないのに、私達も電波があるところまで行き着けるかも分からないじゃないの!」

湊は、首を振った。

「ここに居たら危ないんだよ!オレ達だけなんて危険だ!大勢居たら、混ざるから心強いじゃないか!任せたらいいんだ!」と、立ち上がって急いでリュックを背負った。「オレが電話して来る。」

弥生は、慌ててその腕を掴んだ。

「だから待ちなさい!みんなを見捨てるつもりなの?!私は一人でも行くわ!」

湊は、弥生から腕を振りほどいた。

「好きにしろ!オレは行く!電話はしといてやる!」

そう言って、そこを駆け出して行った。

弥生は、茫然としていたが、キッと顔を上げると、残された自分の鞄を背負い、何かを決断した顔をして、階段を降りて行った。


玄関から外へと飛び出した湊は、広い敷地を必死で走って、降りて行く道へと出た。

道は暗かった。何度も足元に転がる大きな石に気付かずに、それに足を取られて転がったが、それでも構わず立ち上がると、一心不乱に山を下った。

どうしても、ここから一刻も早く立ち去りたい。

湊は、ただただそれだけで、電話をしようという気持ちもなかった。

ここを降りて、安全な場所まで行ったら電話するから…!

湊は、自分に言い訳をしながらただ走った。

もしかしたら、弥生が追って来るかと思ったが、弥生の姿は背後には無かった。

つまり弥生は、あの屋敷にたった一人で残った事になる。

それでも、湊はただ逃れるために、走った。

また、足元を何かにすくわれてひっくり返った湊は、立ち上がろうとして、ハッとした。

目の前に、いきなりにフードを被った集団が見えたかと思うと、湊は一瞬にして足の力が抜けて、まるで人形のように、またどうと地面の上に倒れるのを感じた。

「…お前、クズだな。女性を一人で残して逃げるのか。」

そんな声が聞こえたかと思うと、ガツンと衝撃があって、湊は何も分からなくなった。


一方、弥生は地下へと入って歩いていた。

たった一人なので、息を潜めてスマホのライトだけでそろそろとゆっくり進んでいたが、思っていたよりここは広いようで、同じような洞窟が、ただひたすらに広がっているだけで、歩いても歩いても、先が見えて来なかった。

来た道を振り返るが、迷うはずもない一本道だ。

弥生は、もしどこにも行き着けなくても、真っ直ぐ戻ればいいから、と自分に言い聞かせて、真っ暗な道をひたすらに歩いた。

そのまま、何時間歩いただろう。

ふと、遠くに何かの光が見えた。

…あれはなに…?

弥生は、思わず手書きの輪頭十字を胸に当てた。湊は輪頭十字のキーホルダーを持っていたが、それを置いて行ってはくれなかった。急いでいたようで、メモ書きの呪文は残されていたが、輪頭十字だけはリュックに入ったままだったので、持って行ってしまったのだ。

いきなりだったので、弥生もそれを置いて行ってくれとは言えなかった。まさか本当に、皆を見捨てて行ってしまうなんて思わなくて、咄嗟に頭に浮かんで来なかったのだ。

スマホのライトを消して、じっとその光の方を見つめながらその光の先を調べようと足を進めると、そこには祭壇のようなものがあって、蝋燭がたくさん置いてあり、松明が台の上で灯されていた。

その松明の灯りに照らされて、脇の壁に違和感を感じて見た弥生は、思わず怯んだ。

「きゃ…!!」

叫ぶ前に、必死に自分の口を押える。

その壁には、ぬめぬめと光る粘着質の物質に絡み取られて、壁に貼り付けられている大河、理久、美里、それについさっき屋敷を出て行ったはずの、湊が見えた。

「美里…!」

弥生は、小声で叫ぶと美里に駆け寄った。

美里は、やっぱり何かに捕らえられてしまっていたのだ。

美里だけでなく、そこに居る全員がぴくりとも動かず、生きているのかどうかも分からない。

もう、生贄にされた後なの…?

弥生は、遅かったのかと涙が出て来るのを感じた。辛うじて見えている美里の顔に触れると、その頬がまだ暖かいのを感じ取った。

…生きてる!

弥生は、小声で声を掛けた。

「美里…美里。起きて。ここから逃げなきゃ。美里。」

美里は、重そうな瞼を開いた。

「う…」と、弥生を見た。「弥生っ?」

「しー!」美里は、慌てて美里の口を押さえた。「落ち着いて。洞窟なの…ここから逃げなきゃ。」

弥生は、美里の体を覆う、ねばねばしたそれを必死に引っ張った。だが、それは弾力があってどこまで伸ばしても、パチンとゴムのように音を立てて反発して戻ってしまう。

「駄目だわ。」美里が、ゼエゼエと息を上げて、言った。「もういいわ。あなたはここから逃げて、弥生。あなただけでも。」

弥生は、首を振った。

「駄目よ!みんなで帰るの。」と、必死に美里の両腕を引っ張った。「くそ…!」

すると、美里が暴れたのも手伝って、ずるり、と、上から美里が引き抜かれるようにして抜け出た。

「やったわ!」

弥生は小声で叫ぶ。

美里は、フラフラとしながら言った。

「少し、力が出ないけど、歩くことは出来そう。大河くんと理久くんと湊くんを引っ張り出さなきゃ。」

弥生は、手近な湊へと近寄って行く美里に、首を振った。

「ねえ、大河くんたちの方がきっと長く捕まってる。まずはこっちからよ。」

美里は、弥生の険しい顔を見て、何かを感じ取ったようで、頷いた。

「…分かった。まずは、生存確認よね。」

二人で大河と理久に寄って行くと、二人は確かに呼吸をしていて、生きていた。

だが、ひっぱり出そうにも重過ぎて、女二人で引き抜ける重さではない。

「…無理…。このねばねばが取れないと、二人を助けられないわ。」

ねばねば相手にどうしようと奮闘している二人の耳に、大河の唸り声が聞こえた。

「うう…。」

二人は、ハッとして見上げた。大河は、目を開いて、自分の状況が飲み込めないようで、狼狽した顔をした。

美里が、慌てて言った。

「待って!落ち着いて。覚えてる?あの別荘の、ここは地下なの。捕らえられてるわ。」

隣りの理久が、同じように覚醒して、美里と弥生を見た。

「あれ…二人とも、来てくれたのか?」

弥生は、頷く。

「理久くんのスマホがここの入り口に落ちてるのを見つけたの。それで、あの、屋敷の書斎を調べたでしょ?」

二人は、顔を見合わせる。

そして、首を振った。

「いいや。オレ達は、書斎なんか入ってもない。ずっと管理室で仕事してたからな。」

大河が言うのに、理久も頷く。

「書斎がどうしたんだ?それで、オレ達を探しに来てくれたのか?」

美里が、困惑した顔をした。

「だって、松本さんが言ったのよ。あなた達が、三日目の夜に急に帰ると言い出したって。それで、せめて朝になってからにしろって言ったら、分かったって言ったのに、次の日の朝には居なかったって…多分、帰ったんだろうって。それで、あなた達の居場所が分からなかったから、あなた達の足跡を辿ろうと、書斎に居たって聞いたからそこを調べたの。そしたら、地下に何かを崇拝している祭壇があるって書いてる文献を見つけて。理久くんのスマホも、地下で見つけた。松本さんには、崩落したりする可能性があるから、行ってはいけないと言われていたけど…あなた達が、絶対ここに居るだろうって思って。」

弥生は、頷いた。

「美里も、さっきまで捕まってたの。でも、上から引っこ抜いたら大丈夫だったから、あなた達もやろうとしたけど、重過ぎて私達には無理なの。美里はね、救助隊に電話して来てもらおうって一人で出て行って…帰って来なくて。」

美里は、ハッとしたように弥生を見た。

「そうだわ。私、フードを来た集団に襲われたの。一瞬で気を失って…。気が付いたら、今よ。」

大河も、頷く。

「オレ達もそうだ。ここに何があるんだろうって…松本が入って行くのを見たから、好奇心で来ちまった。フードを来た奴らが、オレ達を生け贄にする話し合いをしてたから逃げようとしたら、変な怪物が…」

と、思い出したのか、身震いする。理久が、頷く。

「その、松本も仲間だ。恐らく、ここの神を信仰してる男。」

美里は、息をついた。

「何をしようとしてるのかしら。生け贄?」

弥生は、脇の湊をチラと見てから、言った。

「…あれから、湊くんと調べたの。そしたら、ネクロノミコンに書いてあったのと、民族学の土着信仰の事を書いてある冊子に書いてあったのが合致して…ここで信仰されているのは、ニョグタ。書いてあることから、そうだと思ったわ。ニョグタは、生贄と生命力を捧げることで、呪文を教えてくれると書いてあったの。多分、だったら松本さんは、グールなんだと思う…。私達を、生贄にしようとしてるのよ。」

美里は、弥生の肩に手を置いた。

「よく調べてくれたわ。でも、どうして湊くんは捕まってるの?一緒に調べていたはずでしょう?」

弥生は、顔を上げた。そして、言っていいのかと迷う顔をしたが、思い切って言った。

「…湊くんは、調べ終わった時、探しに行こうと言ってるのに救助隊が来るのを待つって。でも、その時点で美里が出て行ってもう二時間以上経ってたわ。どう考えても、電話出来てたら、美里でなくても救助隊が来てるはず。でも来ていないって事は、何かあったって。理久くんのスマホが落ちてたのが地下だったし、絶対ここへ来てるはずだから、探しに行くべきだって私は言ったんだけど…電話をして来るって言って、走って出て行ってしまって。私は、仕方がないから一人でここへ来たの。みんなを探して。そしたら…ここで、みんな捕まってた。」

湊は、逃げたのだ。

全員が、弥生の話でそれを知った。

弥生だけを置いて。弥生は、たった一人でここへ入って来て、皆を助けようとしているのだ。

「弥生…。」美里は、弥生を抱きしめた。「ありがとう。怖かったでしょうに。でも…二人をどうやって助けよう。湊くんも…置いてくわけには行かないし。」

理久が、言った。

「オレ達は出られない。弥生さん、退散の方法とか、書いてなかった?」

弥生は、頷いて胸からあの、輪頭十字を書いた紙を引っ張り出した。

「これよ。それからティクオン霊液が要るの。祭壇にあるんじゃないかって思ってたんだけど…。」

見ると、離れた祭壇の場所には、燭台の上に灯る蝋燭の下、何やら仰々しい細工が施されてある鉄か何かの金属で出来た、香水瓶のような入れ物が立っていた。

普通に考えれば、あれがそうではないだろうか。

何しろ、呼び出したからには帰ってもらわねばならない。

そんな大事な事に使うものは、間違いなく祭壇に置いてあるはずなのだ。

「呪文は?」大河が、急いで言う。「教えといてくれ。」

弥生は、湊が書いたメモを大河に渡した。

「これ。『や な かでぃしゅとぅ にるぐうれ すてるふすな くなぁ にょぐた くやるなく ふれげとる』。もしこれでダメだったら、長いのがあるの。それがこっち。「や な かでぃしゅとぅ にるぐふ・り すてる・ぶすな にょぐさ、く・やるなく ふれげそる る・えぶむな すぃは・ふ ん・ぐふと、や・はい かでぃしゅとぅ えぷ る・るふ‐ええふ にょぐさ ええふ、す・うふん‐んぐふ あすぐ り・ふええ おるる・え すぃは・ふ。』ワク‐ウィラジの呪文らしいわ。」

大河は、頷いた。

「分かった。」と、何やらざわざわと声が近付いて来る。「行って!オレ達はオレ達で何とかする!奴が出て来たら、退散呪文を唱えるから!」

「でも…!」

ティクオン霊液はどうやって手にするの。

弥生が言おうとするのを、美里が急いで止めた。

「早く!私達が見つかったら、サポートする人が居なくなる!」

美里に引っ張られて、弥生は離れて岩陰へと押し込まれた。

そこには、フード付きのマントをつけた一団が、静かに入って来て松明を囲み始めていた。



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