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5(裏)

「時間を切る。」要は言った。「このままじゃまずい。あいつらの動きが鈍すぎる。自然にと思ってたけど、やっぱり閉じ込められてないから緊迫感が無いんだよな。そうだな…0時。0時になったらあいつらを強制的に眠らせて、彰さんを呼んで最終決戦に持ち込む。」

クリスが、顔をしかめた。

「出来たらクリアするのを見たかったんだがなあ。確かにあの様子だと無理そうだ。せっかく魔導書のレプリカまで作ってヒントを隠しておいてやったのに…やりきれないな。」

クリスはそうだろう。

だが、もう要はどうでも良かった。ハリーの薬の治験が出来たらそれで良いのだ。どうせあの五人の記憶は綺麗さっぱり消してしまう予定だ。今後、もう関わらないつもりだからだ。つまりは、これであれらを使った治験は終了させる予定なのだ。

ハリーが言う。

「ま、オレはどっちでも。治験さえできたらいいわけだから。今回のは前回よりハッキリ見えるはずだ。本来は脳に強制的に何の問題もない状態を見せて落ち着かせるための薬なんだが、前のヤツは、機能がおかしくなった脳だと、別の画像を見ようと抵抗することが分かってな。健康な奴らに使うための薬じゃないし、出来たらどこか機能障害が出てる人の方が良かったんだが…あの、湊って奴がちょっと拗れて来てる感じだし、見てみたくて。」

ハリーは、その研究しているものの性質上、そういう事に敏感だ。要は、ハリーを見た。

「湊は脳の機能に障害が出て来ていると?」

ハリーは、頷く。

「目だ。」皆が、自然モニターの中の湊を見る。ハリーは続けた。「狂気を感じる目をする時がある。それが結構ちらほら出ては、消える。恐らくちょっと、病んで来てるんだろう。」

何回も忘れることも無くこんなことを続けていたらな。

要は、そこは湊に同情した。楽しんでいるのだと彰は思っているが、恐らくこんな生の恐怖は誰も望んではいない。安全だと保障された中での、ちょっとした恐怖を味わいたいだけなのだ。

だが、彰にはそんなことは通用しなかった。楽しいなら、こちらも助かるし存分にやろうというスタンスなのだ。

険しい表情で皆がモニターを睨むように見ていると、モニターの中では電波が繋がらないのに気付いて騒いでいる最中だった。

「そんな…ここへ来た時、確かに繋がっていたわ。山の中も、途切れ途切れだったけど、とりあえず電波は入ってた。それなのに、何の電波も無いって…。」

この屋敷は元々外からの電波は入らない。

少し移動したら通常の電波が届くのだが、それが不便なのでケーブルを入れてWi-Fiを取っていた。

だが、それも今は切ってしまっているのだ。

弥生が、心配そうに言った。

「管理室へ行く?ルーターを再起動したらWi-Fiが復活するかも。」

それには、美里がしばらく考えて、首を振った。

「…これ以上、時間は取れないわ。今電波が無くても問題ない。今まで気付かなかったぐらいだし。まずは地下の洞窟の事を調べて、何も無いようだったらそれで良いし、何かあるなら対策をして大河くんと理久くんを探しに行かないと。どうせ、洞窟の中までどんな電波も来ないはずなんだから。二人を助け出して、もし動けないなら救急車を呼ぼう。その時、電波が入る所まで降りて行ったらいいのよ。」

…なかなか合理的に考える子だな。

要は、感心した。こんな時、何としても電波を復活させようと必死になって、時間を無駄にするものなのだ。

湊は、美里を見た。

「今から山を下りて、電波が入る所まで行ってレスキュー頼んだらいいんじゃないか?山の中でも所々電波入ったし。」

弥生が首を振った。

「でも、地下に二人が居るってまだ分かったわけじゃ無いのよ?呼ぶなら見つけてからだわ。地下に友達が居ないかもしれないけど、居るかもしれないから助けてくださいって言うの?」

湊は、首を振り返した。

「だから、友達が居なくなって、スマホが落ちてたし地下に居るかもしれないから助けてくださいって言ったらいいじゃないか!人数が多い方がいいに決まってる!」

「ストップ!」美里が言って、持っていた本を閉じた。「分かったわよ!だったら私が行く!山を下りて、途中で電波が入る所で電話して、戻って来るわ。それでいいわね?」

それを聞いたデニスが、無言で振り返る。

要は頷いて、デニスは無線で連絡をした。

「検体が出て来る。屋敷から見えない位置まで行ったら、確保。」

『ラジャ』

応答が聴こえて来た。

「…誰が行くんだろうな。湊が行くとごねるんじゃないか。」

逃げたがってる感じだしな。

デニスは、苦笑した。

「いや、どうやら美里に止められてますね。」

モニターの中では美里が言っていた。

「さっきから、帰りたがってるじゃないの!逃げたいんじゃないの?これ幸いと逃げて放って置かれたら、私と弥生じゃ困るのよ。だから、私が行く。私は絶対逃げたりしないわ。逃げたって、自分の心からは逃れられないんだから。」

この子は根性あるなあ。

要は、思って見ていた。

湊は、ムッとした顔をして、言い返そうとしたが、何も言わなかった。

美里は鞄を背負った。

「じゃあ、行って来る。ここで待ってて。多分、ちょっと降りたら電波が通ってたはずよ。すぐに戻って来るわ。あなた達は、引き続き情報を探しておいてちょうだい。時間を無駄にしないで。」

言われて見た時計の針は、もう9時を過ぎていた。

「気を付けて。」

気を付けても駄目だけどね。

要は思って、じっと屋敷回りのモニターへと視線を移した。

それまでは何も映していなかった暗視カメラが、美里が屋敷から出て、歩いて行くのをしっかりと映し出している。

「間に合いますね。」デニスが言う。「上がって来る道の途中で待機してます。失神させるのは、スプレー式の薬です。」

ハリーが言った。

「あれが一番即効性があって便利だからな。起こすのもスムーズで後に残らない。」

見ていると、美里はスマートフォンを片手に電波を探して歩いている。

「…後10秒。」デニスが現場からの通信を聞きながら、言う。「2、1、出ます。」

あの、例のフード付きマントを来た一団が、ワッと美里に群がった。

『きゃ…!』

声が出たのは一瞬。

次の瞬間には、美里はぐったりとそこに倒れていた。

『確保。』

デニスのイヤホンから漏れた声で、要には分かったが、デニスが振り返った。

「確保しました。」

要は頷いた。クリスが言う。

「連れて帰って来てくれ。準備しよう。まああの様子なら0時に強制収容だろうけどな。」

モニターの中では、美里がそんなことになったとも知らず、まだ湊達二人は書斎で本を見ていた。


黙々と本を読んでいた二人だったが、弥生が顔を上げた。

「…見つかった?」

湊は、本から顔を上げて首を振った。

「いや、まだ。そっちは何かあったか?」

弥生は、頷く。

「あの…ここの表記を読んでいて思ったのだけど、やっぱりこの神に私、心当たりがあるわ。見て、ここの表現。『神は地球の地下にある洞窟に住んでいると言われていて、生きている暗黒の塊といった姿をしており、そこから自在に黒い触手や足を伸ばす。液体とも個体とも言えないゼラチン状の塊。神は生贄と力を捧げてもらうお返しに、呪文を教える。神は犠牲者を掴んで地下へと引きずり込む。』って。これ…ニャル様ではないの。ええっと、闇に棲むものって表現されることもあるから、もしかしたらそうかもと言われているけど、私は違うと思うし、確か名前が他にあったはずなの。なんだったかしら…確かにるるぶで読んだ気がするのに、あんまり出てこない神だから、忘れちゃってて。」

湊は、言われてそこを読んだ。

「…やっぱり神話の中の神ってことか?ここの地下で崇拝されてるってのは。」

弥生は、頷く。

「そうなるわね。あくまでも、これを信じたら、だけど。魔術師(グール)と呼ばれるもの達が崇拝してるみたいなの。でも…」と、冊子をめくった。「ここのページが滲んでて読めないのよ。グール達は、生け贄と力…多分生命エネルギーだと思うんだけど、それを捧げて神を呼び出すの。そして呪文を教えてもらった後、退散してもらわなきゃならないわけ。そのままそこに居たら、ニャル様とは違って意思疎通が困難だから、まあ意思疎通出来てもだけど、何をされるか分からないでしょ?だから、その方法があるわけ。それが、分からないの。」

湊は、顔をしかめた。

「…これに、書いてあるかもしれないんだな。」

まだ、その段階か。

地下室の皆は、息をついた。

早くしないと、ラテン語を理解するのに辞書を引いたりしていたら、退散の方法を知る事など無理だ。

弥生は、頷いた。

「多分。だから大河くんと理久くんは、読もうとしてたんじゃないかな。」と、冊子を閉じた。「ネクロノミコンを調べなきゃ。美里が戻って来るまでに、準備をしておきましょう。退散に道具と呪文が要ると思うの。大体どの邪神でもそうだから。とにかく、ニャル様ではないと思うわ。退散方法があったわけでしょ?ニャル様だったらそれは無理だわ。戦って倒すとかでない限り。」

湊がネクロノミコンに視線を落とすと、弥生が言った。

「あら?」弥生は、何かに気付いて指差した。「これ。あなたが持ってる輪頭十字の図じゃないの?」

言われて、湊は視線を落とした。

「読めないから…多分、輪頭十字の使い方とかかな?」

弥生は、それでも目を凝らして見ている。

「これ…ニョグタ。ニョグタって書いてない?!」と、湊を見た。「そうだわ、ニョグタ!虹色ってそうよ、玉虫色とか表現されてた事もあったわ!そこに書いてあるのが、多分この地下の神よ!」

おいおい、お前はそのページを開いているのに気付かなかったのか。

クリスが、顔をしかめた。湊は、ほんとにやる気があるのか。

ハリーが言った。

「ほら、言っただろ?」と、腕を組んでそれを見ながら言う。「おかしくなって来てるんだって。恐らく、頭の中はその場を何とかしのいで、逃げる事しかないんじゃないか。目を見てみろ。おかしいだろう。」

言われて、皆でモニターを凝視してみたが、全く分からない。

ハリーにしか、分からない何かがあるのかもしれない。

「え…じゃあここに、退散方法が書いてあるのか?」

弥生は、イライラと羅和辞典を手にした。

「そうよ!急いで、多分輪頭十字が関係あるんじゃないの?!しっかりしてよ、あなたが邪神が本当に居るとか言ってたんじゃなかったの?」

ほら、怒ってるじゃないか。誰だって怒るよ。

皆が思ってそれを見る。

湊は、慌てて文章へと視線を落とした。


「…そろそろだ。」要は、時計を見て言った。「0時10分前。彰さんに連絡するよ。ハリーは昏倒させる準備をしておいてくれ。タイミングはクリスに任せる。」

クリスは、翻訳を続けている二人を見ながら、渋い顔で頷いた。

「ここまで来て歯がゆいな。ラテン語の翻訳にめちゃくちゃ時間が掛かってるし。」

同感だったが、仕方がない。

このまま、ロストルート一直線だが、致し方なかった。

要が、少し後ろへ下がって電話線が繋がっている固定電話の受話器を手に取ると、彰の番号を打ち込んだ。しばらく呼び出し音がして、不機嫌な声の彰が出た。

『…hello?』

いつもどこから掛かって来ても英語なので、彰はそう言って出た。

要は、もう寝てたんだろうな、と思いながら言った。

「彰さん、出番が来ます。そっちのチームにはもう連絡が行ってるので、0時にそこを出てください。」

彰は、盛大に欠伸をした。

『なんだもう、やっと寝入ったところだったのに。』と、脇から女声がした。紫貴だ、と要は思った。恐らく二人並んで寝ているだろうから、紫貴も起こしてしまったのだろう。彰は、ため息をついた。『…分かった。行くよ。』

恐らく紫貴が、行って来いと言ったのだろう。

要は紫貴に感謝しながら、頷いた。

「待っています。」

これで彰が確保出来た。

二人を眠らせて、彰が到着してから起こして、そうしてクライマックスの場面だ。

要も、手が空いている者は皆出動することになるので、全員が気を引き締めていた。


画面の中では、弥生は言った。

「もしかしたら…迷ってるのかも。」弥生は、窓の外を不安げに見た。「あの子が勝手に帰るはずはないし、外は真っ暗だもの…月も出てない…。」

湊は、顔を上げた。

「とりあえず、退散呪文と必要な物は分かったじゃないか。輪頭十字、ティクオン霊液、それにこの、長い呪文。メモしたし、大丈夫じゃないか。美里さんが戻って来たら、救助隊が来るのを待って大河と理久を探しに行こう。」

救助隊なんか来ないけどな。

クリスが思って見ていると、弥生は、湊を見た。

「美里が遅すぎるわ!心配じゃないの?ここから出て少し歩いたら電波が来てる場所には着くはずなのよ。いくらなんでも二時間以上戻らないなんて…無事に電話出来てたら、救助隊だってもう来てる頃だわ。来ないって事は、電話をする前に何かあったんじゃない?!それにあなたは大丈夫だって言うけど、ティクオン霊液なんてどこにあるのよ?!そんな特殊なもの、ここには無いわ!」

湊は、首を振った。

「あるとしたら祭壇の所だ。」湊は言う。「退散させるために出現場所に置いてるはずだから。美里さんが心配なら、探しに行けばいいだろう?今度は二人で。なあ、調べるって言うから調べたけど、やっぱり救助隊に頼むべきだよ。二人で行って、電話してこよう。その時に美里さんに会うかも知れないだろ?」

どうも、他力本願な感じがする…実際には、使うつもりがないから適当に言っているように感じるのだ。

弥生も同じようで、怪訝な顔をしながら湊を見た。

「…あなた、逃げる気じゃない?美里は戻らない。救助隊も来ない。大河くんと理久くんは行方不明。私の手前調べたけど、全くそんな気はなくて、自分だけでも逃げようとか思ってない?」

湊は、顔を赤くした。

図星だったようだ。

「そんなつもりはないよ!だったらとっくに逃げ出してる!オレ達だけで探すなんてリスクが大き過ぎるから、救助隊を待とうって言ってるだけだ!」

ハリーが、それを見てせせら笑った。

「嘘だな。あいつは今、逃げることばかり考えてる。地下へ来るつもりなんかさらさらない。救助隊を呼んで、自分は逃げるつもりだ。まあ、逃げる事はおろか、電話すら掛ける暇も与えられないけどな。」

友達が、捕まってると分かっているのだろうに。

要は、ため息をついた。友達思いだと表面上は振る舞いながら、結局は土壇場になったら逃げることを選ぶ。

これまでの試練では、逃げられなかったから逃げなかっただけだ。そう、いつも、自分の命のために戦っていたのだろう。

要は、見たくもなかったものを見せられているような気がして、不快に感じていた。

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