9.メカモン登場! 壮絶バトル!!
地に散ったメカッパの遺骸を踏みつけ、竜魔王リュマは暫し耳を澄ませた。
接近する生命体反応はない。あるのは茂みの向こうでがたがた震えるクラリスのものだけ。
リュマは軽く声をかけた。
「おいクラリス。行くぞ。早く出てこい」
「……え? い、行く? ……の?」
「そうさ。天磁空までもう少し。早く乗れ」
そう言ってリュマはまた手足をひっこめギゴガゴとフォームチェンジし、ビークルモードのパクロンへ姿を変えた。
「結局、ゴル&シルは頼りなかったな」
そうボヤいてドアを開けクラリスを乗せると、リュマもといパクロン・カーはまた走り出した。
ゴルとシルを失った。
クラリスはしくしく泣いている。
なかなか泣きやまない彼女をパクロンは背中を揺らしてあやしたが、逆に酔うからやめてと言われた。
「すまんクラリス」
パクロンは竜魔王リュマの時とは別人格の、元のわんぱく少年ヴォイスで謝る。
「黙っててごめんなクラリス」
「……もう、あんたの正体があんな竜の化け物だったなんて。あーオッソロシイ!」
ようやくクラリスは顔を上げた。
「すまん。任務なんだ。俺はシャカリナにお前と共に天磁空へ行き、真相を探れと命じられた」
「任務? 真相?」
「ああ……」
****
悪路を次々と乗り越えながら西を目指すパクロン。
前方には赤や黄色の歪んだ空が広がっている。
いかにも奇怪な奇界に相応しく変幻自在な群青色の雲がゴワゴワと蜷局を巻いている。
センターパネルを光らせ、パクロンが語り出す前にクラリスが口を開いた。
「……ねえ。何かおかしいって、いつからか感じてるんだけど」
「……だろ? この世界は歪んでしまった」
「この、物語も、違うの。頭の中のどこかでわかってる。記憶が沸いてくる。今まで五回、旅してきたけど、今回はおかしい。お供だってゴルとシルじゃないはず。メカブゥとメカッパ、そして」
「メカモン」
「そう。そのリーダーの彼が、いない」
「……うむ。ここにいない。未だに出てこない。この旅において、俺たちは仲間だった。俺の緊急時用の赤いボタンも本当はあいつらを出動させるためのものだ。君は最終屁ぃ器とか言って肩を落としたろう? もうあの時点で狂ってたんだ。……どうやら、奴らしい。この世界を歪めたのは……犯人はソン・メカモンだ」
「え? どういうこと? それって」
「シャカリナは言った。最後まで生き残ったメインキャラが真犯人だと」
「し、真犯人て……この〝歪み〟の? な、何故、何のために?」
「それはわからない。しかしおそらく奴だ。史上最強の妖術使いソン・メカモン以外にいない。牛魔王ギュマも生き残ってはいるが、あいつはラセツを失った悲しみに暮れ、ただ荒れている」
「……ラセツって、ギュマの奥さんよね」
「そう。天界から降った炎に焼かれて死んだ。ギュマがああなったのも全てソンのせいだ。ソンがシャカリナに放った回転火柱がはね返され奇界に降りかかり、ギュマの屋敷を燃やした。中に居たラセツは焼かれ、棲み家辺り一帯はやがて火怨山と呼ばれるようになる」
「このメカニマルズ・ワールド西遊記を、ソン・メカモンはどうしようっていうの?」
「わからない。……クラリス。言っておく。君がこの世界を客観的に意識していることも、完全に異常事態なんだ」
パクロンの低いトーンがクラリスの胸に重く響いた。
「それっていったい……あたしは、誰?」
「君は体感者に過ぎない」
パクロンの話が理解できず全く腑に落ちないままのクラリスはやがて天界パッドが示す座標通り、西方の目的地〝天磁空〟にたどり着いた。
……何も無い。
何も無い、そこはだだっ広い荒野。
パクロンから降り、立ち尽くすクラリス。
「……こんなはずじゃ」と彼女は空を見上げた。
風が虚しく吹き荒んだ。
****
突如「クラリス!」そうパクロンが呼んだ時、振り向くとそこには〝オサム〟ヒョウタンマンが出現していた。
いつもの意表を突くテレポーテーション。
丸っこい瓢箪型ロボットのオサムだ。
オサムはパクロンの名を呼ぶ。
本当の名を。
「おーーい、リュマよーーい!」
「アホか! だーれが返事するかバカヤロ!」
パクロンからまた一瞬でリュマに変形し、左手でオサムの頭を掴んだ。そして右手はオサムの尻尾を。
「おい。頭隠して尻尾隠さずだな」
リュマはその臀部から垂れ下がった銀色の尻尾を掴んで振り回す、そして瓦礫の地表に叩きつけた。
指差すリュマ。
「姿を現せ! ソン・メカモン!」
ヒョウタンマンはゴロンゴロンと転がりながら正体を露わにしてゆく。
薄紫のボディが変化して銀色の頭に真っ赤なボディ、青く光る目、超鋼装甲に覆われたスーパーモンキー、彼が今ここに!
ソン・メカモンはすっくと立ち、凄んで言った。
「ふっ! 気づかせてやったのさリュマ。お前が鈍感やから。そうさワイはソン! 変身していたんや。ここから先は行かせんぞ。クラリスはワイのもんや!」
「はあ? 何言ってんだテメ」
ソンのハスキーヴォイスが響き渡る。
「だからリュマ! お前を倒す!」
構え、リュマに飛びかかってゆくソン。
妖術の炎をまとい、リュマの長い首根っこにかぶりつく。かぶりついたままのソンの背中をリュマは殴りつける。ソンは殴られた勢いで地表すれすれ――小さな蚊に変身――上昇してリュマの頭上でまた巨大な象に変身してのしかかった!
潰されたリュマは口からプラズマカノンを放出しソンを弾き返す、姿を戻したソンはニョイバーを手にリュマを突き刺そうとする、リュマは体の長い竜の姿になりニョイバーの回りをぐるぐる這い、ソンの腕に噛みついた!
ソンは妖術で氷の塊になりリュマを凍結させニョイバーでリュマを叩き壊そうとする、リュマは炎をまといソンに対抗する、そして空中で弾き合う二体――リュマは元の姿に戻しながら地に転がり、ソンは雲の乗り物クラウダーを呼んで必死にしがみついた。
「クッソ、強くなったなリュマ」
「ソンよ、そのニョイバーを奪い返す」
「ハハッ、だがワイには勝てんよ」
「……そうかもな。俺の力だけでは」
何? ――とソンが返した時、ソンの額の黄色い飾りが金色に輝いた。
キンキンと音を立てギリギリと締めつける。
「い、痛えーーっ!!」
聞こえる呪文。それはソンの目の端でクラリスが唱える悪夢の呪文だった。
「……ゴーョジーサカッハンドゴークンャジメヒラローオーガンジータス……」
ソンは額が割れんばかりに悶え、絶叫した。クラリスは言った。
「もうやめなさい、ソン。あなたはなんて悪さをしたの? この世界を歪めたって。何で、こんなめちゃめちゃにしたの?」
「う、ゔ、ゔぅ……」
「元に戻しなさい!」
「い、嫌だ……ワイは……君に」
ソンはクラウダーから落ち、地面にひっくり返った。
リュマは歩み寄り、転がったニョイバーを手にした。
「ふっはっは、奪い返したぞ」
「く、クッソ」
クラリスの呪文は続く中、〝それ〟は接近していた。
遠くの山間から轟々と、紅蓮の炎が押し寄せていた。
辺り一帯は灼熱の赤に包まれる。
怒りに燃え憎しみに荒れ狂った、現れたのは奇界の帝王〝牛魔王〟のギュマだ!
「ソン! キサマをぶっ殺ーーすっ!!」
ギュマは突進して大きな角でソンの体を突き刺した。
胸を貫き、勢いで首も吹っ飛ばした。
絶命、ソン!
後ずさったクラリスが叫ぶ。
「ソンッ!」
惨劇にリュマもおののいた。
ゼイゼイと荒れた息でギュマは立ち尽くした。
恐ろしく低い唸り声を上げ、次に高らかに泣き出すギュマ。
「う、うおおお、ラセツ!」
彼の悲しみがクラリスとリュマに痛烈に響いた。
「俺は愛していたんだ妻を。ラセツを。……確かに俺は若いギャルにほろほろと惹かれたこともあったが、ラセツを失って、俺がいかにあいつを必要としていたかわかった。俺は彼女無しでは生きられない。あの勝ち気で涙もろいプリンセス、ラセツを愛していた」
地に膝をつき、天に赦しを乞うギュマ。
「……だがもう、これで……終わった。燃え尽きた」
ギュマが背負う炎は徐々に鎮火していった。
ふと、彼の股間。ギュマの装う前垂れは〝芭蕉扇〟と呼ばれる武器になっている。
しかしその先っちょに何かが見えた。先っちょを掴む、何かが。
「ん?」と、ギュマがまじまじと見つめた時、それは動き出し、バショウセンを引き抜いた!
掴むその手は〝ソンの手〟で、ソンの妖術に操られ、宙空でバショウセンをひと振り仰いだ。
発生した超級ハリケーン!
ギュマは一瞬にしてはるか山間に飛ばされた。
死んだ……かに見えたソンはまた復活した。
首がくっつき手も足も元に、胸の穴もジュウジュウと音を立て修復されてゆく。
あわあわと見つめるクラリスとリュマを睨み、ソンはゆっくり立ち上がった。
傷だらけのソンはまるでゾンビのように彼らに向かっていった。