5.ゴルとシルそしてヒョウタンマン
ひっそりとした小陰での聖・クラリスの回想。
彼女には夢があった。
白馬の王子様がいつか迎えに来てくれることを。
ーーそしてお嫁さんになるの。ごく普通の、と思える女の子のありふれた夢。
でもお父さんは言うこと違ったなあ。男の子に負けないデッカい夢を持てって。
『モデルでもレーサーでも漫画家でも学校の先生でもなんでも、自由に選びなさい。私は親の束縛が最悪で後悔や嫉妬で嫌な思いした分、お前を絶対に縛りたくないんだ。自由に羽ばたいてほしい。お前が私の助手を好きでやってるのなら、それでいいんだが……』
『でもそうやってヤケおこしてお金使いまくったりお酒飲んで荒れたり家に引きこもったり泣いたり塞ぎ込んだり、そんなお前を見てるのお父さんつらいよ……』
『お父さんの知り合いでお前に会わせたい人がいるんだが。古代レイジ君という、優しくて映画好きな……』
『お父さんが悪いんだ。あの頃研究に没頭してて家のことほったらかし、いろいろあってお母さんと別れることになった。今お母さんがいたらお前の心の支えに……』
『そうだ、小さい頃お父さんとよく映画館行ったな。……さぁ何を観たい? ファンタジーもの恋愛もの、ミステリー、アクション、動物ものにSF……』
お父さんも映画大好きで何でも観に行った。
その時だけはお父さん仕事を忘れて優しく私の手を引いて、連れてってくれた。
そう、見た目はちょうどあの……あそこに見える帽子に四角い眼鏡のおじさん……爬虫類系のちょっとクールな感じの……あ。こっちに来る……? ――。
そこでハッと夢から目覚めたクラリスの前に、白馬の王子様ではなく、キャスケット帽に薄汚れたツナギ姿の男が首を傾げて立っていた……。
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奇界の空域と陸を駆ける金色のライオン。
かたや海域と陸を駆ける銀色のオオカミ。
ジャンクステイツを走り抜けるのは四つん這いのメカニマルズ二体。
その獰猛で狡猾そうな巨体に民は恐れ、逃げ隠れていた。
金色のライオンははるか前方から迫る銀色のオオカミを確認すると、地を蹴り体躯を組み変え二足歩行型にフォームチェンジした。
銀色オオカミも同じく瞬時に変形を。
速度を緩めパタパタと二本の足で互いの距離を縮める。
マントを翻しながら互いに右手を振りかぶり、勢いガシリと握手を交わした。
「おお相棒よ、俺の弟シル!」
「おお相棒よ、俺の兄貴ゴル!」
「やはりまだ見つからんかサン・クラリスは」
「ああ……兄貴こそ、同じのようだな」
煌めく金色たてがみフォルムに赤い目の騎士ゴル。
彼は大型の帯刀をさすりはるか地平線を睨んだ。
かたや銀色のシャープなラインの耳と鼻先、赤い目が光るシルは一流のガンマン。
そして小型高性能ロボット・ヒョウタンマンの使い手でもある。
シルは口笛を鳴らしヒョウタンマンを呼ぶ。
それはどこからともなくシルの傍らに出現し、瓢箪型のボディから伸縮自在の手足をにょきっと出した。
立ってシルを見上げるヒョウタンマン。
「なあ、オサム」とシルが言う。
ゴルが首を傾げる。
「オサムって誰よ?」
「あ。このヒョウタンマンの名前。いちいちヒョウタンマンヒョウタンマン呼ぶのめんどいだろ。今日はヒョウタンマンとワンタンメン食べたいって言うのも」
「それな。どんな発想だオサムとは」
「フジオでもショウタロウでもアキラでも何でもいいんだがな。瓢箪だからなんとなく、オサム」
そう言ってシルはオサムを見つめながら抱き上げる。
「なんか知恵はないかオサム。お前にはこの奇々怪々なジャンクステイツの叡智が詰まってると聞いたが」
隣りでゴルも言う。
「俺たちゃ天界から来たんだ。ハッキリ言ってこの界隈のことは何もわからん。オサムお前はシャカリナに仕えている高性能ロボだろ? サン・クラリスって小娘の居場所くらいチョチョイッと調べられんのか」
困ったようなオサムの目。
もともとの困ったような目のデザインだが。
シルが頭を撫で撫でするとオサムは言った。
「美味いもん食わせてやるって言ったじゃねえかシル!」
口からフンッと排気を漏らし、不満も漏らす。
「ええ? これまでけっこう食べたろう、妖械たちを」
「まずいもんばっかだ! 非力なもんばっかで全然腹にたまんねえよ。もっとこう妖械パワー強えもんじゃねえとよぉ! ……オイラの頭も回んねえ」
「むぅ……」
ゴルが訊く。
「なあシルよ、ソンなどはどこにいるんだ?」
「はあ? ソン……てあのソン・メカモンか?」
「ああ。天界まで荒らしに来たという最強の妖械よ」
「はるか昔の話だ。シャカリナを挑発して鉄龍に食われておっ死んだバカ猿だ」
「そのバカ猿と一度勝負してみたかったもんだ」と呟くゴルを鼻で笑うシル。
「俺はチヨ・アブドラかジョー・メンドゥーサを倒してみたかった。天界プロレスの伝説よ。そいつらは試合中に雷に打たれ忽然と消えたんだ」
オサムが口を挟む。
「チョ・メカブゥとサ・メカッパのことさ」
ふむふむと話を聞きながらゴルは挙手する。
「シルよ、思いついた! ギュマなんかどうだ? とっ捕まえてステーキにしちまえ」
シルが首を横に振る。
「火怨山のギュマは怒れる悪鬼だ。タチが悪い。関わりたくない」
うむ。やっぱ同感だとゴルは手を引っこめた。
オサムが膨れっ面で言った。
「そっかぁ。あーあ、牛ステーキでなけりゃ豚とカッパで我慢だ。チョ・メカブゥとサ・メカッパを食わせろ。元天界プロレス覇者とヒールのアンサンブルで」
そんなこんな喋くりながら、オサム・ヒョウタンマンはジャンクステイツのロードサービス・データバンクにアクセスした。
次にオサムが宙空に投射したホログラムをゴルとシルが「なんだこりゃ」と凝視する。
それは爆走するパクロンの映像。
「サン・クラリスはこのパクロンて白い車に乗ってる。彼女は暴走狂だ。どっかでタイヤがいかれたはず」
ゴルとシルは声をそろえて感心した。
「「ほーぅ。なるほろ……グラム!」」