4.サ・メカッパ
天界の裏社会=裏天一のレスラー、〝殺し屋〟の異名を持つジョー・メンドゥーサはチヨ・アブドラとの対戦中、雷に打たれ、ジャンクステイツ・リバーに飛ばされた。
落ちて流され四肢ももがれ、三途の河のほとりまで行った。
――なあに。もう慣れっこだ。
死ぬのは怖くねえ。怖くねえから一流になれた。
無敵だった。
反則? ルール違反? 掟破り? 上等だ。
相手を倒すのに手段は選ばねえ。
この手足がもがれても痛かねえさ。
ヒールがいてこそ魅きたつヒーローだろうが。
感謝しやがれってんだアブドラめ。
俺は天界プロレスのために悪役レスラーを貫いた。
観る者を楽しませた。
俺は泣く子も黙るヒール王。
それ以上でもそれ以下でもねえ。
ジョーは流され削ぎ落とされ、いつしか拾われた。
ジャンクステイツ・リバーの妖械に。
岩場に横たえたジョーの細身の身体。
やがて眩い光がジョーの目を覚まさせた。
目蓋を開けると真上から覗き込んでいる――それは妖械・メカッパ族の族長だった。
「わあっ!」っとジョーは顔を背けた。
族長ギザは「サッサ!」と喚く。
他の大勢もジョーを覗き込む。
「サッサ!」それはどうやらメカッパ語なのか。
族の賢者がその岩場の洞の岩盤を指し、他の者が囃し立てた。
響き渡る呼び声、一同の騒ぎにジョーはたじろぎ怯えるも、冷静に分析してみる。
岩盤には絵が描かれていた。
それはまるで尖ったナイフに目と口のついた、ジョーとよく似た風貌。
それはメカッパ族の神だと、ジョーは奇界図鑑で見たことがあった。
そう、どうやらジョーのことを神かいずれかと勘違いしているらしい。
一同膝をつき両手を地に平伏している。
あれ、なんだか悪い気はしない――とジョーが感じた矢先、彼は担がれ、洞の奥底まで運ばれていった。
手術室。
ジョーが喚くも機械のカッパたちは念仏を唱えながら彼に麻酔をかける。
まるで悪の秘密結社カツヨシに改造される奔放猛のように。
「や、やめろーーーーっ!」
もう「ろーー」のところで気を失っていた。
再び目を覚ました時、ジョーは新たな身体を得ていた。
新たな、機械の体を。
鏡に映す機械の顔。
ジョーは直視し閉口した。
シャープなゴーグルにクチバシ。
頭頂部はキャノピーの如く、後ろへ長く伸びたそれは水滴か毛先を揃えた筆のような形だ。
耳の後ろに髪の毛の名残がある。
背中は丸く緑色の甲羅を背負うまさしく亀。いやカッパだ。
族長のギザはジョーの硬く小ぶりな肩をガキンと叩き、
「サ! メカッパ!」と励ますかのように言った。
そしてひれ伏す緑一色の地味な一同を前に、ジョーは奇妙な使命感を覚えた。
メカッパ族の……神、この俺が――。
****
族長ギザには悩みがあった。
それは近年深刻化するジャンクステイツ・リバーの汚染だ。
上流から垂れ流されたオイルやら廃水やらが分解しきれず、何にも使えない。
ギザと孫娘のサキがリバーのほとりで憂いているのをジョーは見た。
ジョーは〝オレ・ニ・ナニカ・デキルコトハ・ナイカ?〟というジェスチャーを新たなボディを使って話しかける。
まだ固くてギ・コ・チ・ナ・イ身体で。
サキが口を開いた。
「あの〜。それって……ラジオ体操……第一? 第二?」と怪訝な顔で訊ねた。
――って、言葉通じるのかーい! とジョーは宙で突っ込みズッコケた。
冷静になり、ジョーはギザとサキの話を聞いた。ギザが言う。
「はるか上流にできた新たなリュマの武器工場からの廃液じゃ。リュマは武器収集家にして武器製造商人の裏の顔を持つ」
「海の猛者〝竜魔王リュマ〟か」とジョーは頷く。
サキはゴーグルを頭頂キャノピーに収納し、つぶらな瞳でジョーを見つめた。
「リュマをやっつけて欲しい」
「え?」
「廃液垂れ流さないでって、叱って欲しいの。私たちは相手にされない」
ギザは川を見つめながらしわがれ声で嘆いた。
「近頃のリュマは変わった。傲慢になっとる。昔はわしらと仲良くやっとったはずじゃ」
リュマの武器コレクターで戦争屋の一面をジョーは知ってる。
裏天界では誰もが知ってる。
可憐な乙女サキの美しい瞳を見ていると立ち上がるしかなかった。
ギザは見上げ、ゴーグルを上げ、憂いに満ちた青い目を光らせ言った。
「サ! メカッパ!」
そう声を上げるギザにジョーが聞いた。
「それはどういう意味だい?」
ギザは応えた。
「〝我らが神〟。あんたは雷鳴とともに天から降ってきた」
ジョーは任せろと頷き、リュマの工場を目指した。
手足を引っ込め首も引っ込め丸っこくフォームチェンジして飛ぶジョーいや改名、サ・メカッパがリュマ工場に降り立った。
巨大な機械の要塞の鉄の扉の前で叫ぶサ・メカッパ。
「リュマよー! 話がある!」
ギギギ……と扉が開くと眼前に広がるのは暗黒の闇。
そして巻き起こる竜巻にサ・メカッパは吸い寄せられていった……。