3.チョ・メカブゥ
天界プロレスの人気絶頂時代。
ダンディ&マッチョな覇者チヨ・アブドラは、天女にモテモテ二枚目レスラーとして名を馳せた。
ひとたびリングにあがれば拍手喝采、対戦相手をなぎ倒してビッグウェーブ、カウント2.999……まで追い込まれても形勢逆転大勝利で毎度天界ニュースポのトップを飾った。
天界一王者としての鍛練も欠かさなかった。
トレーニングジムはハーレム。トレーナーより天女がついて回った。
「さあ今日は何人のカワイコちゃんがぶら下がってくれるかな〜?」と言うアブドラの両上腕ムキムキにはしゃぐギャル天女たち。
「きゃー! 私のものよー私のムキマッチョ」
「もー! チヨ様ぁ、お姫様抱っこスクワットして〜」
「うーんみんな来い来いスレンダー美女みんな軽い軽い〜、さあこの腕に恋来い〜、百人ぶら下がっても大丈夫ゥ!」
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ちょっと太めの天女ハルは恋する乙女。
実はチヨ・アブドラファンクラブ会員ナンバー1で、他の追随を許さなかった。胸の内では。
――許さない! 私が彼のデビュー以前からのファンなの。今どきのちゃんちゃらニワカなんかに負けるもんですか!
彼女は今日も闘技場でアブドラを待つ。
純情可憐な花の子ハルは試合前の彼に花束を。
乙女ハート全開にいじらしく、ああ何て言ってお渡ししようかとドキドキが止まらない。
そしてはるか銀河から白いペガサスにまたがってやって来たアブドラ。
なんともプロレス界の王子よろしく豪華絢爛。
降り立つアブドラに群がる天女たち。
どきなさいよと払い除けるハルはいつしか足がもつれ群れに踏みつけにされてしまった。
コケて鼻血も出たものだから流血騒ぎでさあ大変、群れの誰かれが声を上げた。
「きゃー! こんなところにまるまるとしたーー」
駆けつける王子アブドラ。
「だ、大丈夫かい?」
アブドラの差し伸べる手にしがみつく流血ハル。
アブドラはギャー!っとおののき、つい、
「なんだこの血まみれのブタは?!」と言ってしまった。
「……あ、ごめん」
「……ぶ、ブ……ブタぁ?!」
「そんなつもりじゃ」
「ブタって言った!」
ハルは怒り、花束を投げつけ泣きながらお家へ帰っていった。
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チヨ・アブドラの今夜の対戦相手は見た目対称的な細身の〝殺し屋〟の異名を持つジョー・メンドゥーサ。
シャープなサングラスに黒く長い髪をなびかせ、まるでナイフの化身のようなシルエットが冷酷さを醸し出す。
最強レスラーの天界タイトル連覇なるかチヨ・アブドラ。
リングに上り今こそ二人は戦いの火蓋を切る!
さあ先ずは力くらべ。
大きく広げた腕と腕、指と指が絡み合う……と、ジョーの爪が伸び弧を描き、グサリとアブドラの手の甲を突き刺した。
「うあーーっ!」
あーーっといきなりの反則技かジョー、そのままアブドラの胸に足を、それから額を蹴って宙を舞う。
アブドラはパックリ割れた額から流血、ふらつきながらもアブドラはジャンプしジョーに掴みかかり、宙に浮いたままのジァイアントスイングー!
見上げ、どよめく観客。
空中からリングに叩きつけられるジョー。
降り立ったアブドラがスタンピング&極めつけ必殺のカラテチョップだ!
痛めつけられるジョーは隙をついてアブドラの足首を取りメキシカンクラッチホールドをかます!
うーーっと唸るアブドラ、どうだ、どうだ? とジョーの白い歯が光る。
マッチョな旬の素材を細身のテクニカルシェフがどう調理するのかーー?
だんだんとジリジリと、地の文が、プロレスの実況中継の如く……あーーっと! なんたる豪腕なんたる怪力、アブドラは逆腕立てでそのままジョーを足でハンギングーーッ!
そこへ謎の覆面レスラーが乱入し、スピーディにアブドラの二本の腕を蹴たぐった。
「うわっ、誰だお前!」と倒れ込むアブドラの問いに謎の全身ピンクのレスラーはすっくと立ち、答えた。
「豚神様がお怒りじゃ」
「……は、はあ?」
「私は豚神の使者。ハルの念が豚神様に届き私を遣わした。ニワカ美女にうつつをぬかしここまで陰で育てたファン第一号への感謝を忘れ挙げ句の果てにブタ呼ばわり……このたわけが!」
謎のピンクレスラーはムチムチと張った腕を天にかざし雷を起こした。
そして落雷がアブドラを奈落の底に突き落とす――ガラガラとジャンクステイツの瓦礫の山に。
……雨の中、やがて目を覚ますチヨ・アブドラ。
伸ばす腕は無く、足も、無い。
四肢は無惨にもがれていた。
「うわあああああああああああああっ!」
絶叫がバラバラと瓦礫を崩してゆく。
雨を、天上を睨むアブドラ。
「アブドラよ貴様を醜い豚の妖械に変えてやる!」
豚神は叫び、再び雷を。
さらには鉄の巨龍を呼び、嘆くアブドラを食らわせた。