15.リュマの魔手
ソンはエレベーターで三十階へ。
シネマトリップス第一・体感ピットロビーに出た。
照明が落とされた暗いトーンの壁にいくつものCMと製作ドキュメント、新作〝シネトリ情報〟が煌々と飛び交っている。
〝ローマの九日〟〝七人のヤングガンズ〟〝メカモンキーの惑星〟〝スタージョーズ・逆襲の帝国〟〝00711・ゴールドフィンガーチョコ〟〝MWタイタニック〟……
〝MW西遊記REBOOT〟。
「はあ?」〝リブート〟って何だとソンは歩み寄り、シネマトリップスの映像を凝視した。
初めて客観的に観る、メカニマルズ・ワールド。
しかし、スクリーンの中に飛び出てきたのは新たなデザインの自分……いや、全く別物の〝ソン・メカモン〟だった。
ブゥもカッパも、みんな生まれ変わったと謳っている。
次に創作者のインタビューが流れた。
創作者の、麻倉チルゾウだ。
《「新たなMW西遊記を〝再起動〟させます。メインキャラクターは一新されます。さらにこれまでは聖・クラリスとしての体感しかできなかったところを、今度からは好きなキャラクターになれる。メカモンにもギュマにも。トリップメットを被ってキャラを選ぶと貴方が主役の貴方だけの西遊記になる……」
「それでは違う話になるのでは?」
「それぞれのキャラ目線で物語を観る、より奥深いものになるはずです」
「なるほど、敵にも人生がある」
「最後はハッピーエンドになるよう設定されています」
「忽然と消えた今までのキャラクターは……?」
「あれはプログラムの不具合です。いずれにせよ同じものでは飽きられる。ちょうどREBOOTするいい時期だったのです」
「新たなスタッフも加わったと」
「メカニック・デザイナー兼VFXスーパーバイザーとして才能溢れる〝パク・リュウマ〟氏を……」》
メカニマルズ・ワールド……オリジナルの、元いた世界は凍結された……ソンは直感した。
だが一抹の寂しさだけでそこに未練はない。覚悟していたことだ。
死ぬ気でリンクスを抜けたんだーーそうこめかみを押さえ、高鳴る胸に手を当てた。
暗がりの奥へ奥へゆっくり進むと、シネマトリップ体感ピットと案内された大きな銀色の球体カプセルがいくつも並んでいた。
そのうちの一つの機体下部から白煙が吐き出され、半球面が上にスライドしてゆく。
煙に包まれ、中に座っていた人間が起きて立ち上がった。
ソンが感じていた生体波動は確かにクラリス=さくらのものではあったが、本人から発せられるものではなかった。
ソンの目の前に出て現れた紫髪オールバックの男はニヤリと歯を見せ、オレンジ色の第三の目、いや頭飾りを光らせる。
男は歩み寄り指差し、低く太い声を響かせた。
「ソン。俺もパクロンとして彼女に寄り添い、十分に生体波動を記憶していた。このヘッドレス=波動発生器に誘われ、ようこそ俺の城へ!」
「……パク・リュウマとはお前だったのか。リュマ!」
青いチャイナ服姿のリュマの企み。
この人間界で、〝ドラゴンフライ〟を生み出した野望とは。
「俺はあっちの世界ではシャカリナの手先だった。言わば道具。だがここにシャカリナはいない。俺が自由に生きられる場ができたのだ」
「麻倉チルゾウがいる」
「ここでは奴の弱味を握った。〝さくら〟という弱味を」
「卑怯な!」
鼻で笑い、ポッドを指すリュマ。
「シネマトリップスは魅惑の装置だな。人類洗脳のための」
「お前の望みは支配者か。この戦争屋め!」
「善人ぶるのか? お前も元はジャンクステイツを征服しただろ」
歯を食いしばるソン。
リュマの肩に小さなタツノオトシゴ型ドローンが止まった。
「ソン。お前こそいずれまた世界を荒らす。危険極まりない。あの時経典SDいやお前が改造開発したメカニマル・リンクスで転生した俺は今日まで四年間、キサマを捜していた。キサマが現れるのを待っていた。このドローンがいち早く察知してくれた。ばら撒いたドラゴンフライ・生体兵器はソン! お前を討つためでもある」
リュマがかざす右掌が光を放って渦巻いた。
「ソン。麻倉さくらは俺が頂く」
「何だと?!」
「さあ! 死ね!」
リュマの妖術、掌からの衝撃波がソンを襲った。
「風螺杜魔昇龍覇ーーッ!!」
大きな光の渦がソンを取り込み壁とガラスを突き破り、三十階から外の宙空へ弾き飛ばした。
「うわああああああああああ!!」
落ちてゆくソン。
リュマは向かい、すぐさま階下を見下ろした。
「フッ、ふっはっはっは! 地獄へ落ちろソン!」
風が唸り霞がかかる真下から、響く音をリュマは確かめる。
音が、ドスンとソンが地べたに叩きつけられる音が――……ん? あれ?
ハッ!っとリュマのニタリ顔は直ちに血相を変える。
はるか正面に浮かぶ銀色のたてがみ。
ふわふわと雲のクラウダーがソンを乗せて浮いていた。
ソンはニョイバーも構えていた。
「ソン!」
「リュマよ。お前はやっぱりワイには敵わねえ」
瞬間、ニョイバーが光速で伸びた!
リュマの胸元を一閃に突く。
勢いそのまま十数メートル、リュマは体感ピットに押しつけられ壁に叩きつけられ、床に崩れ落ちた。
ニョイバーを縮小し耳に収納して、ソンはクラウダーを降りた。そして歩み寄る。
リュマはまだ息がある。
膝をつき、喘ぐリュマに顔を寄せる。
リュマはソンに伝えたいことがあった。
「何だ、リュマ」
「クラリ……いや、麻倉さくらはタカら座総合病院にいる。最後の体感、お前がリンクスを起動させた後、しばらくして、意識を失った」
「な、何だって?!」
「だがそれはお前の力のせいだ。やり過ぎたんだよ。医者が診てもダメで、俺も術を尽くしたが……やはりお前でなくては」
「わ、わかった、すぐ行く!」
うなだれたリュマは悔し涙を見せた。
「……俺もいつしかクラリスを好きになった。……ああ! しかしそれもお前に張り合ってのことかもしれん」
「リュマ……」
「とにかく早く、行ってやれ」




