11.映画旅行館 シネマトリップス
麻倉さくら、三十二歳。
最愛の彼氏を失くした彼女は失意に沈み自暴自棄になった。
心を患いカウンセリングを受ける日々。
長い間そんな娘を見ていた父チルゾウは自ら開発したシネマトリップス(以下CTRP)の体感をすすめる。
チルゾウはCTRP会社の創設者でもある。
CTRPとは大脳皮質と辺縁系を特殊な波動で刺激し、体感者に仮想映画を観させ、実体験感覚を楽しませるためのもの。
チルゾウはその力でさくらの心を救い上げたかった。
数あるCTRPディスクの中でさくらが選ぶのはほとんどいつも〝MechanimalsメカニマルズWorldワールド=MW西遊記〟だった。
その主要キャラクターのモデルは亡くなった最愛の彼氏が手がけたロボットキャラクターであった。
さくらは主人公〝聖・クラリス〟として仮想映画の世界へトリップする。
かたや〝MW西遊記〟内のキャラクター(メカニマルズ)、ソン・メカモンはいつしか〝心〟を持った。
いや、メカニマルズは機械生命体だ。
CTRP内とはいえ、魂を宿した生命体である。
メカニマルズの中でメカモンは知恵も勇気も群を抜いていた。
強い感情と意志、心を持った。
彼は頻繁に体感に来るクラリスにいつの頃からか恋をしてしまう。
クラリスを想うあまり〝現実世界〟に踏み出し、本当の彼女〝さくら〟に会いたいと考え始めた。
さくらがどんな子なのか、何を夢見ているのか。
何を悲しんでいるのか……。
ソンは優れた知能と妖術を駆使して経典SDを改造する。
それは光のシステム、現実人間世界への転生装置〝メカニマル・リンクス〟。
だが装置の電磁波で奇界(MW西遊記世界)に誤作動、歪みにより物語の改編が起き始める。
それによってさくらはCTRP体感中にうなされ、他の体感者からも苦痛と不快感の苦情が相次いだ。
プログラムを調べたチルゾウは異変に気づき、危険だと判断したMW西遊記ディスクを凍結しようとする。
しかしチルゾウは何かの抵抗を感じ思いとどまり、奇界内で起きた謎を探ろうとする。
そして再びさくらをクラリスとして旅立たせ、経典SDの奪取を命じる。
その上で物語に隠された謎に迫ろうとした。
ソンは自分が手にかけた経典SDを守るためクラリスの旅を邪魔しようする。
奇界の歪みで本来の悪役ゴル&シルと逆転した立ち位置で暗躍するソン。
そして相棒たちメカブゥとメカッパ。
熾烈な戦いの末、パクロンに姿を変えていたリュマも現れた。
やがて〝天磁空〟の座標ポイントに辿り着くクラリスとパクロン(リュマ)。
そこで姿を現すソン・メカモン。
彼はリュマと戦い、ついには怒り狂った牛魔王ギュマもやって来る。
一度はギュマに倒されたものの執念の妖術で悪鬼の如くソンは復活する。
そしてソンはついにメカニマル・リンクスを起動させた……。
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さくらが目を覚ますと父チルゾウが目の前にいた。
ゴーグルのような四角い眼鏡の奥の両目を大きく見開き、薄い唇を震わせながら見つめている。
「だ、大丈夫か? さくら」
だいぶうなされていたらしい。
座っていたシートを揺らし、頭に被ったトリップメット(脳に信号を送るヘッドギア)を自分で外そうとしたと。それは危険な行為なのだ。
さくらは心配を寄せる父親の顔を見つめ返し、その突き出た鼻っ面を指でむぎゅっと押さえた。
「……お父さん……。うん。ちょっと、おかしな展開になっちゃって」
「わかってる。だが、真犯人がわかった」
「そうね。て、いうか何故最初からそういう目的なんだって教えてくれなかったの? 今回のトリップが〝歪み〟の真相を探るためだと」
「うむ。お前にそれを告げると意識するかもしれないと……それを真犯人ソン・メカモンも警戒し、逃げ隠れると思ったからだ。すまなかった」
さくらの手を握り顔をすり寄せて涙ぐむチルゾウ。
「結果お前をとても危険な目に合わせてしまった……すまない……」
「MW西遊記内の反乱はお父さんにも手に負えなかったってこと。うん。それは理解したわ」
「MW西遊記は凍結する。また新たなものに造り変える」
「……あのソン・メカモンはいったい」
――どうなったの? と訊く前に、さくらは突然意識を失った。
その手からは丸縁のサングラスが床にこぼれ落ちた……。




