10.メカニマル・リンクス
蘇ったソンのおぞましさにリュマはびびって腰を抜かしていた。
クラリスも立てずに固まって呪文を唱えるのも忘れている。
ソンは目を光らせ手にしたバショウセンで風を操り、リュマの手元に転がるニョイバーを取り戻した。
そしてまたひと仰ぎ、リュマもはるか地平線まで吹き飛ばした。
――今しかない。……意を決したソンは帯電した歯をジギジギと噛みしめる。
身体の節々に火花を散らし瀕死の状態から這い上がった。
彼は歩み寄り手を伸ばした。
見つめ合うソンとクラリス。
ソンの右手をとり、クラリスは立ち上がった。
「……ソン・メカモン。どうしようっていうの? 私を」
「天磁空はワイが隠した。経典SDも」
「何のために」
「経典SDを〝メカニマル・リンクス〟に作り変えた。君に会うために」
「……え?」
ソンはサングラスを外し、それでクラリスの目を覆った。
「ピリオドの向こうや……」
呟き、天空に手をかざすソン。
ボロボロのソンの身体は黄金に輝き、彼を中心に広大な大地に幾重にも光輪を描いた。
ソンの右手と天空の一点が結ばれる。
繋がる閃光はソンとクラリスを包むように拡がり、瞬間、彼らは光の粒子に消えた――。
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……むかーし・むかし。
じゃなくて、
みらーい・みらい。
そこは二一二〇年、オトギオ・シティ。
麻倉さくら。
桜色の髪の美しい、三十代女性。
彼女は春の陽射しを嫌った。
こんな季節に彼を失った。
最愛の婚約者を、二年前。
こんな季節に結婚するはずだった。
こんな、祝福の季節に。
ベッドから身を起こしても、立って歩くのが嫌だった。
窓から見下ろせば、外は淡々と進んでる。
外の景色は淡々と。
静かに、何事も無かったかのように。
――皆、忘れてしまったの?
そんなはずはない。
日常から随分離れ、また随分遠くなってゆく。
見渡せば人は防護服に身を包み、でも今ではそれを当たり前のように時を過ごしている。
人間の順応性とは大したものだ。
二年前のウイルス騒乱に巻き込まれ、さくらの婚約者だった彼〝未来ミツテル〟は命を落とした。
『新たなタイプのウイルスとは透明な羽虫によるものだ、世界中を高熱呼吸困難の病魔に包んだウイルスの正体は裸眼では見えないトンボに似た未確認生物・名づけて〝ドラゴンフライ〟によるものだ』と政府は発表した。
蔓延った〝ドラゴンフライ〟は軍と自警団による捕獲・駆除、そして麻倉チルゾウの開発したワクチンの力で一時鎮静化させた。
ミツテルはそのワクチンを輸送中に銃撃されたのだ……。
さくらの父、麻倉チルゾウ。
科学者で発明家の彼が今日もさくらのところへやって来る……。




