4話 最悪コンビの残酷性
俺は愕然とした。本当に死んでやがる。最悪にして最弱――神田弥生が死にやがった。
いつも通りに持っていた煙草はいつの間にか手放している。癖になるほどポケットに入れた手はそのままだったが、そのくらい俺は動揺していた。
昨日、いつも通り神田を監視していた。家の図面は既に『上』からもらっている。それを有効活用し、幽霊たちに俺の言霊で命令し、彼女の恐怖を植え付けるように立ち回るようにお願いした。既に五年はこの行為を日常的に行っていただろうか。
罪悪感はないと言えば嘘になるが、それだけのことを彼女たちはしてきたと聞いている。何せ、奴らがしたことはあまりにも極悪非道で、人間的な行為からかけ離れていたからだ。
今その極悪人の一人、神田が死んだ。普通なら喜ばしいことだったが、神田のことだ。何か企んでいる可能性がある。幽霊の見えないあいつには霊的な能力も当然ない。無能力者同然。だが、それゆえに霊の世界の常識とはかけ離れた行為を平然とやってのける。
「何か、胸騒ぎがする……」
安心はできない。死ぬ前に最後の悪あがきをしたのだろう。
あいつと会ったから、神田は既に殺さないといけないという命がくだったのだ。
神田は殺さなくてはならなかった。そんな危険な依頼からは逃げたかったが……それでも、神田は殺さなくてはならなかった。あの怪物を、化け物を、最悪の王を蘇らせてはいけないからだ。
しかし、神田は何を考えて死んだんだ。死ぬ間際に手紙を前原宛で出した? だとして内容はなんだ。俺を殺してください? そんな短絡なことはしない。あいつのことだ。最悪なことを起こしてるに違いない。違いない……が、何をしたか分からねえ。
半休はもらっているが、さすがにもう時間がない。さっさと着替えて、警察署に戻らねえと上司に何言わるか……。
*****
神田が何をしたのか分からないが、俺は警官服に着替え、警察署に出勤した。
「こんにちは」
警察は堅苦しいイメージを持たれやすいが、俺は別だ。表沙汰では警察官だが、裏の顔は警察官じゃないからな。
挨拶をすると一人の警察官が近づいてきた。
「浅川さん。カウンターで待ってる人がいます。多分貴方のことですけど……」
「多分?」
「ええ。警察官の特徴を言ってきて、それが浅川さんの特徴そっくりなので……恐らく浅川さんのことなのではないかと」
誰かが待っている。……多くの人の恨みも買ってきたから、誰かは分からなかった。とりあえず、顔を出しとくべきだ。
「分かった、ありがとう」
俺はカウンターに続くドアを開いた。
眼前を見て、絶望する。
目の前にいるのはあの最悪コンビ二人。かつて、霊媒師を見境なく殺した挙句、辛うじて生き残った霊媒師の精神を蝕まれ、廃人にした霊能力を持つ者――前原江良と、その彼女を支える最悪にして弱者、神田弥生。
神田の姿が薄いことから確信した。この最悪にして最弱な人間は、最悪にして最弱な幽霊になったのだと理解させられた。
恐怖が襲ってきた。相手の今まで起こしてきた出来事を思い出す。日本の霊媒師を半壊させた実績。霊能力者の王に出会った者は即時に廃人になってしまったこと。彼女の能力を封印するために、何千という霊媒師が犠牲になったこと。
あんな過去はこりごりだ。俺も二の舞にはなりたくない。何より死にたくない。彼女には殺されたくない。
彼女に殺されるというのは、どれほどの拷問よりも痛い。物理ではなく精神的に破壊して破壊して破壊しつくすのが彼女たちなのだ。
……落ち着け。今の前原江良は力を失っているはずだ。殺されることはない。落ち着け。落ち着いて対処しよう。前原江良と対峙するのは自殺行為だ。戦い方を思い出したら確定で負ける。
だからこそ、神田には『神田弥生は前原江良と会ったら殺す』と事前に忠告したのに、まさかこんな方法――自殺して幽霊になることで会うなんてな。確かにこれじゃあ殺せない。殺せない、が、捕縛すればいい。死んでからそこまで時間は経っていないはずだ。神田は前原に戦いの術を教えずにここまで来ただろう。それならなんとでもなる。前原に対しては不意打ちでも倒そうとは考えない。この最悪コンビに付け入る隙があるのはやはり神田のほうだ。彼女をどうにかして前原と離す。
あるいはこの場を乗り切れば『上』の連中にこのことを伝える。この現状を知れば、『上』のものは死に物狂いで彼女たちを殺しにかかるだろう。彼女らは、覚醒前でも危険だ。
俺はこの場を乗り切って生きる。それだけが、俺の望む平穏だ。