2話 勘違いと嘘に隠れた真実
二人はヤンデレであり百合の関係です。これは絶対に揺らぎません。
私はこの場から動けない。否、動くことを諦めている。
目の前にいるのは最高に最悪なストーカーだ。幽霊が見える相手に、幽霊となってついてくる。このストーカーから振り切る術はない。声を荒げて誰かが駆け付けたとしても、幽霊が見える人がいなければ、この状況は伝わらないし、私の情況に同情することもない。
袋小路。逃げても逃げても追いかけてくる相手。どこへ行こうともどこでもどこまでも追ってくる幽霊ストーカー。
気持ち悪いどころの話じゃない。この行為が、気持ち悪い程度済んだらどれほど楽か。これからずっと、死ぬまで、人生に渡って永遠と付きまとわれる。しかも、死んでもこのストーカー人生に終止符を打てるかも怪しい。死んで私が幽霊になれば、それでもずっと追ってくる。私のために、自殺するほどの異常者だ。死んで私が幽霊になっても絶対に追ってくる。
怖い。恐怖で胸が破裂しそうだ。胃から何かが口元まで湧き上がってきそうだ。やばいやばいやばいやばい――
「あの、私の話聞いてるかなー?」
「……ぇ」
声を振り絞ることさえままならないのに、このストーカーは話しかけてくる。
意味が分からない。ここまで非常識なことして「私の話聞いてる?」だって?
聞けるわけがない。殺すよりも悪質で極悪な行いをしているやつの話なんて聞きたくもない。――というか、私の話は無視したのに自分の話が聞いてもらえるなんて思うな! 一方的に付き合ってとか言いながら、付き合うやつがどこにいると思ってるんだふざけんな!
……どうしてこうも熱くなったんだ私。あまりの恐怖に怒りで消そうとしていたんだろうか。まあどうでもいい。
不思議と恐怖はなくなっていた。先ほどの気持ち悪さも霧散した。これなら弥生と普通に話せる。
「どうしたの、弥生」
すっとその言葉が出た。弥生、その名前に懐かしさを感じる。なぜなのかは分からない。中学時代の授業で弥生と何回か言ったからなのかもしれない。
「やっと私のほう向いてくれた。じゃあ改めて。付き合ってくれないかな?」
「私は『何に付き合えばいいの』?」
既に恐怖が無くなって冷静さが勝っていた。
初対面にもかかわらず失念していたけれど、彼女は同類の存在――幽霊が見える存在を探していた。だから友達になった。友達になれば、何か協力できると考えたのだろう。だから『付き合って』と言った。私に告白をしたわけじゃない――多分。
彼女――弥生は、少し驚いた顔を見せたけれど、すぐにクスリと笑った。
「ええ、そうね。死んでしまったんだからできれば拒否権はなしにしてほしいんだけど、いい?」
「それはこれから話す内容を聞いてから考える」
「死んでまでのお願いなのよ。ダメ?」
「ダメ」
死んだからなんでも願いがまかり通るならこの世界はどれだけ単純に作られて、どれだけ単純に願いが叶うのか。死んで願いが叶うならこの世界に生なんてとっくに失せている。
弥生は「じゃあ、要件を先に話すわね。そこからどうするかは江良ちゃんが判断してね」といった。彼女は何を話すのか、少しばかり興味がある。死ぬほどのことをして、それでも達成したい目的。それは――
「私をストーカーから守ってほしいの」
「ごめんちょっと意味が分からない」
思わず声に出てしまった。
私がストーカーに憑かれる人生を送るのかと思っていたら、実は弥生がストーカーに追われている。その事実を認識し、困惑を隠せない。
「ストーカーに追われているから守ってほしい。あわよくばやっつけてほしい。それをお願いしたいんだけどいいかな?」
二度も同じ言葉を口にする。その程度には、ストーカーから守ってほしいのかもしれない。
その話が本当だとして、引っ掛かる点がある。
「そもそもなんだけど、死んだら幽霊になって普通の人は見えないわけだから、死んだ時点でストーカーに追われる心配しなくてよくない?」
「普通の人じゃないからよ」
「普通の人じゃない?」
「同類――つまり、私たちと同じく幽霊が見える者なのよ」
同類のストーカー……か。幽霊が見える相手同士。死んでも追ってくる相手。
さっき私が思っていたのと同じ状態じゃないか。その状況が実際は弥生のほうだった……。それは――
「さぞ、怖かったでしょうね」
「そうね、怖かった。それこそ、家に居られないくらいに」
家に居られないくらいの恐怖。先ほどの恐怖を味わってるから、同情できる。堪ったものではない。
とは思ったものの。感情だけで解決できるほど、この要件は簡単じゃないはずだ。まずは、相手の情報を共有してもらおう。
「その人はどんな人なのかしら? 特徴とか分かるといいんだけれど」
「分からないよ?」
「はい?」
思わずそう言い返してしまった。同類だと分かっているなら、その相手が幽霊を視線で追ってるなど、その相手の動向を見てると思ってた。だけれどどうやら違うらしい。別のパターン。何があるんだろう。
「直接見られていたんじゃなくて、幽霊を操ってポルターガイストのような現象を起こしてたのよ、多分」
「多分って……」
「しょうがないじゃない。視覚的に見えないように嫌がらせされてたんだから」
弥生の口ぶり的に、ポルターガイストを発生するように仕向けられる相手か。幽霊が見える状態を超え、幽霊と意思疎通が可能なのかもしれない。その意思疎通を利用して弥生に対してポルターガイスト染みた行為をした。憶測もいくらかあるけれど、弥生はそのように考えているのだと思う。その可能性は多いにあるから、弥生の勘違いじゃない?とは否定できない。何より、死んだことから、彼女は確信を持って、ポルターガイストを起こしている相手が同類だと見ている。
そう考えると、初めて会ったとき、廃れた商店街にいた理由も見えてきた。
「あのときは相手を見るために外に出てたのね。そして私と偶然会った」
「ご明察。さすが江良ちゃんだね。そう、私は反撃に出ようとした。視覚的が見えずに嫌がらせを散々してきたのは、私の家の構造を把握してる人だし、家なら相手の正体は掴めない。だから外に出た。逃げるんじゃなくて犯人を追いかけてね」
つらつらと彼女は話し続ける。
「そして犯人の影を見たと思ったときに江良ちゃんとばったり出くわした。いやぁ、運命の出会いだって思ったよー」
「たまたまでしょ。で、その犯人の姿は見たの?」
「ちょっと見えたかな」
「じゃあ、なんでさっきは分からないって言ったの?」
「江良ちゃんをからかうため!」
からかうために嘘をつく。まるで本当の友達みたいだ。私は学校からははぐれ者同然だから、本当の友達はいないけれど、生死を超えて彼女とはいい友達になれるかもしれない。
「それで、どういう人だったの?」
「えっとね、警察官だと思うよ。服装が警察官ぽかったから」
警察官が犯人。これがミステリー小説ならありきたりっぽいけれど、現実では別だ。警察官が、女子高生に幽霊を使って嫌がらせなど、極悪非道にもほどがある。
「私が弥生の代わりにその警察官の正体を掴めばいいのね」
「うん! 一緒に探そう!」
まだ一日も経ってない友達関係だったけれど、彼女とは上手くやっていけそうだ。