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1話 死んでも私は憑き愛続ける


 私は彼女に会ったら死なないといけない。そういう運命だ。



*****



 私――前原(まえばら)江良(えら)は幽霊が見える。

 幽霊と言われれば連想される姿がいくつかある。足のない姿をしたゴーストと呼ばれるタイプ。怪異と呼ばれてしまうほどの姿形をした化け物。

 様々あるけれど、実際のところ、幽霊は人間と代わり映えしない姿をしている。透明さなんてなく、人間と瓜二つ。なぜ私がそんな戯言を並べているのか。それは今しがた幽霊を見たからに他ならない。

 塾の帰り道、自宅に向かっている途中に、幽霊の集団を見た。数は十を超えていたけれど、人畜無害な幽霊がほとんどなので、無視して私は自宅に向かっている。


 今は月と星々が輝く時間帯。自転車に乗ってペダルを漕ぐことで、風の涼しさを感じる。少し寒い。五月とはいえ夜、まだ夏の制服はやめたほうがいいかもしれない。

 早く帰り、あったかいお風呂に入りたい。その考えもあってか、家までのショートカットとなる廃れた商店街にルートを切り替える。廃れている場所に幽霊はいると思われやすいけれど、この町は違う。なぜかこの町にあまり幽霊はいない。そのため、この特殊な体質でも意外と困らない。困るのは旅行先くらいだ。だから先ほどの幽霊の集団は少しばかり記憶に焼き付いた。

 鼻歌交じりで廃れた商店街を進み、ペダルを漕ぐスピードは無意識に上がっていく。


 そこへ、建物から何者かが現れた。


「――!?」


 突然の状況に慌てたけれど、ハンドルを上手く操作して紙一重でかわした。


「あっぶな……」


 ギリギリ回避できた。一歩間違えれば相手を()き殺してしまったかもしれない。

 混乱しながらも相手に怪我でもあったら困ると思い、自転車から降り、相手を見て――呆然としてしまった。


 相手は、私の高校のマドンナ――神田(かんだ)弥生(やよい)先輩だった。

 彼女は、友達がいない私でも知っている有名人。クールビューティな美少女で、学業においても優秀で、性格に難がない。そんな人が、夜、廃れた商店街で私の眼前に飛び出してきた。


 彼女は轢かれかけたはずなのに、笑みを浮かべていた。

 私はゾッとした。そんな感情お構いなしと彼女は歩みを進め、目の前で止まる。


「こんばんは、前原江良さん」


「……こんばんは」


 どうして轢かれかけたのにもかかわらず、挨拶してきたのか、よく分からない――って私の名前を知っている……!? そんなのありえない。

 私は高校二年生、彼女は高校三年生で先輩。同じ高校という共通点はあるけれど、それだけ。全校生徒は千人を超えるから、ある程度の関係がないと名前を覚えられないはず。私が彼女を知っているのは、彼女が学年を超えて話題になりやすい優等生だから。それに対し、私は根暗な人物で噂になることさえない。

 なぜ、彼女は私の名前を知っているのか。


「どうして私の名前を知っているのか――そう思ったのよね?」


「――!?」


「そんな驚かなくてもいいわよ。それより、私たち、友達にならない? いい友達関係になれると思うの。どうかな?」


 ……何を言っているのかしら、そう返答できればよかったけれど、そんな度胸はない。轢かれかけて平然としているどころか、いきなり友達になろうとする狂人だ。恐ろしくて口答えなんてできない。


「返答がないのは一番つらいなぁ」


 心底悲しそうな表情をしている。轢かれかけたときは笑っていたのに、どうして今はその表情をするの……。


「……いいわよ。友達になっても」


 私は意味不明な罪悪感を持ってしまい、思わずそう言ってしまった。


「え? いいの!? ありがと!」


 彼女はその場でジャンプしながら全力で喜び、地面の音、声の音が暗闇の中で反響する。

 優等生、クールビューティ、それらの印象が一気に剥がれ落ちた。友達に対してはこの態度のまま話す感じなのか。よくわからない。

 彼女は喜び終えたのか、再び私をじっと見つめてきた。


「じゃあ友達になったついでなんだけど、付き合ってくれないかな?」


「………………え!?」


 突飛すぎる内容に驚いてしまう。

 いきなり友達になったと思ったら付き合ってほしいって、パーソナルスペースって概念がないの……!?


「こらっ、夜なんだから静かにしなさい」


「すいません……」


 本当はさっきの喜んでいた彼女にそう突っ込みたかった。あまりに怖くてできないけれど。


「そんなかしこまらなくてもいいんだよ。江良ちゃんは私と友達になったんだから。あと私のこと弥生って呼んでほしいな」


 あまりに図々しい。けれど、恐怖に服従された私は、


「……弥生」


「名前で呼んでくれた! 嬉しい!」


 また煩く喜ぶ。

 こんな会話をしていると、先ほどのいきなり友達になってとか付き合ってとか、どうでもよくなってきた。いやよくない。

 轢かれかけても笑みを浮かべながら近づいて友達になった。挙句に、付き合おうとしている。その理由は何か、聞かざるを得ない。


「弥生。いきなり友達になるのはいいけど、付き合うのはおかしすぎない? どうして、私に執着するの?」


「同類だから付き合ってと言ってるのよ。貴女、幽霊見えてるでしょ?」


「…………」


 得心が行った。

 なるほど、彼女――弥生は、幽霊が見える同類を探していた。そして同類と出会い、テンションが上がりそのテンションのまま友達になって、さらには付き合いたいと言ってきた。確かに私は幽霊が見える。けれど、同類ってだけで付き合うなんて意味が分からない。

 彼女はずいっと近づく。目と鼻の先の距離。再び恐怖が湧き上がる。


「その反応、やっぱり見えてるのね?」


「……そうね、私は幽霊が見える」


 あまりの恐怖に後ずさる。間近で彼女を見続けると、今の私が私でなくなってしまうと錯覚したからだ。こんな存在と付き合うことになってしまえば、きっと私は狂ってしまう。

 告白なんて断れ。私の直感がそう叫ぶ。夜にこんな場所で友達になって、それだけでも嫌な予感しかしないというのに、付き合ってしまったら……考えるだけでも恐ろしい。だから断れ。


「けれど、貴女とは付き合わない」


 恐怖に打ち勝ち、私は告白を断った。汗がどっと噴き出た。どれだけの緊張感の中にいたのか自覚する。それほど彼女の恐ろしさは度肝を抜いていた。

 と思ったところで、彼女の顔はさらに近づく。


「ダメよ。付き合うことは前提。今日はそのための挨拶。というわけで、またね江良ちゃん」


 その言葉を言い残し、顔との距離がぐっと離れた。そのまま弥生は去っていく。私に手を振りながら。


「っ……」


 彼女がいなくなったのを確認して私は足に力が入らず、その場に座り込んでしまう。人生で一番の怖さだった。お化け屋敷に入ったときよりも、ジェットコースターでスリルを味わったときよりも、先生に怒られたときよりも、どんなときよりも、この怖さに勝るものはないと実感した。実感したと同時に冷静になったことで、彼女に対する疑問がいくつも浮かぶ。

 彼女はどうして轢かれかけた相手に友達になろうと言ったのか。どうして付き合ってなどと言ったのか。何より、彼女の告白を断ったのに、どうして「付き合うことは前提」と言いながら帰って行ったのか。

 まあ、こんなことを考えても堂々巡り。今日はもう家に帰ろう。そう思い、自転車に乗り直し、家に帰った。





*****




 朝。

 私の目覚めは非常に悪かった。無理もない。あの恐怖は、家に帰ったくらいでは消えない。結果、寝不足気味になってしまった。目をこすりながらも身支度をし、自転車で学校へと向かう。

 昨日いろいろと考えた。彼女の意味不明な行動の数々に意味を見出そうとした。だけれど、それらしい答えはなかった。最もありそうなのは、彼女が言った通り、幽霊が見える者同士だから。それでも付き合おうとするのはおかしいけれど。

 そうこうする内に学校の校門に着く。


「あれ?」


 校舎の外側、窓際で生徒たちが群がっている。いつもは閑散としているのに。

 さらには悲鳴も聞こえている。


 あまりにも奇妙な一面。

 普通の高校生活では起きない異常事態が発生したのかもしれない。

 何が起きたのか知りたいと思い、その場所に近づき、人と人の隙間(すきま)から騒ぎの原因となっているソレを見た。


 人がうつ伏せに倒れていた。

 頭から血をこぼしながら、間違いなく、疑いようもなく誰かは絶命していた。


 まさか学校でこんな出来事が起こるとは思わず、自転車に乗ったまま固まってしまう。

 見上げると三階の窓が開いている。そこから落下したと考えていい。もう一度死体を見ようとしたけれど、野次馬があまりにも多すぎて再び見ることは難しい。

 それにしても一体誰なのか――


「弥生先輩!!」


 耳を疑う。

 昨日、「またね」と言ったのに自殺した。

 自殺するほど追い込まれていたにも関わらず、昨日はどうして私に話しかけてきた? どうして告白までした?


 ……もしかして、告白を断ったから死んだ?

 そんなはずないと否定したかったけれど、否定できない。昨日の夜、彼女は運命の人に会ったかのように話しかけてきた。それなのに私は彼女の告白を断った。自殺する動機としてはあまりに十分。

 私が殺したも同然……。告白を断わられ、彼女はショックのあまり自殺した。


「嘘だ……」


 自分の考えを否定したかった。だけれどできない。それだけの確信が私の中にはある。


 恐怖と罪悪感が襲い掛かる。

 彼女に対する恐怖。彼女の自殺は、私が殺したも同然という罪悪感。


「ぅ……」


 胃の中が気持ち悪い。吐き気に襲われる。彼女に植え付けられた恐怖と罪悪感が私に絡まり纏わりついて離れない。この気持ち悪さを忘れたい。そう思って私は家に帰る。


 授業なんて知ったことか。あの場所にいたら私はどうにかなる。今も恐怖と罪悪感に挟まれているのに、あの場で授業なんて受けたら頭がどうにかなってしまう。

 怖い。彼女は死んでも恐怖を植え付け、それだけに飽き足らず罪悪感も押し付けててきた。彼女の恐ろしさの底が分からない。怖い。彼女の行動が分からない。怖い。彼女の何もかもが怖い。

 とにかく逃げることしか考えにない。彼女から離れて、逃げて、それからどうするかなんて考えたくもない。


 ……どれくらい時間が経ったのか。一か月以上経ったのかと錯覚するほどの恐怖と罪悪感から解放される。ついに私は家に着いた。彼女から逃げ切れた。彼女は死んでいるけれど、死んでいるからと言って油断できない。


「はぁ……」


 安心したのか、詰まっていた息を吐く。

 自転車に鍵をかけて玄関前に向かう。とりあえず、今日は一日休もう。こんな精神状態では何もできる気がしない。

 家の鍵を取り出す。両親は仕事で私は一人っ子だから、家には誰もいない。だから今日は私の部屋で今後についてゆっくりと考えていきたい。

 私は鍵を回し、ドアを開け、玄関に入り呆然とした。


「おかえり、江良ちゃん」


 弥生がいた。


「…………え?」


 思考が停止する。死んだ人間が生きている。私はこの目で彼女が死んでいるのを見た。なのに、どうして彼女は生きている。


「どうしてそんなに驚くのかしら?」


「だって……」


 声が詰まる。悪寒がする。寒気がする。冷や汗が垂れる。背筋が凍る。

 私は何を見せられている……。


「ああ、そういうことね」


 彼女は何か理解したようで近づいてくる。

 玄関ホールから玄関に、水平(・・)に移動した。


「…………」


 段差があるにもかかわらず水平に移動した。理解させられる。


 彼女は、神田弥生は幽霊になった。


「江良ちゃん。また貴女と出会えて嬉しいよ」


 抱擁された。ぎゅっと、離されないように強く、強く、強く力が入っている。

 どうして私の家を知っている? どうして私に会った? どうして死んでまで私にまとわりつこうとする? 分からない、分からない、何も分からない。

 恐怖が全身を襲う。身の毛がよだつ。彼女の言動が分からない。どうして死んでまで私に会うのか。――そうか、彼女は私と付き合いくらいに、私のことが好きなんだ。幽霊が見える私になら、死んだほうが一緒に居られる。そう考えて彼女は自殺した。

 愛がこれほど怖いことを初めて知る。彼女の何もかもが怖い。この(抱擁)もこの(温もり)もこの(状況)も――彼女のすべての愛が怖い。


「ああ、ごめん。自殺できたことが嬉しくてね」


 抱擁から解放される。

 ようやく、息が吸えた。過呼吸気味。視界はすでに霞んでいた。そう気づくこともできないくらい、私は彼女が怖い。


「さて江良ちゃん」


 彼女は私を見て、私だけをじっと見て、まじまじと、じっくりと、私の瞳の奥底の深淵を覗いていると錯覚させられるほど見つめていた。彼女の瞳が私の足を束縛されて、私の手を拘束されて、私の心臓を掌握されて、脳を制圧された。彼女に抵抗できないと心から理解する。

 彼女はきっと私に憑き続ける。

 その事実が悍ましく恐ろしく気持ちが悪い。再び呼吸ができず、目の前の視界が歪む。それでも、彼女――弥生という存在だけははっきりと見えている。彼女だけに焦点が合ってしまい、逃げることも逃避することも自殺することも――何もかもできないと錯覚させられる。

 彼女は、笑みを浮かべて私にいう。


「私と付き合ってくれるかな?」


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