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回り道

作者: 大天使 翔

「俺トイレ行ってくるから、ちょっと待っといて」


 終礼が終わると教室の後方まで行き、小倉に伝える。徐々に生徒が廊下に流れて、トイレの中にその喧噪が伝わってくると、気持ちは沈んでいった。


 みんなこれから帰宅や部活だ。晴れやかな気持ちで放課後を迎えているだろう。だが俺は活気渦巻く彼らとは異なり、憂鬱な思いを抱えて尿を出し渋っていた。これから小倉との帰り道が始まる。男の子は緊張するとおしっこが出にくくなるんだ。


 何でこうなったのかな。消臭剤にとまったコバエに問いかける。あれは、1ヶ月前の体育の授業でのことだった。


 高校2年になって初めての身体測定で、友達同士で自由にペアを作ることになった。俺の高校は中高一貫のエスカレーター式で、クラスのほとんどが顔見知りだ。俺はこれまで必死で孤立しないようにがんばってきた。だからペアぐらいできるだろうと胡坐をかいていたのだ。ところが、周囲の友達がすぐにペアを作ってしまい、俺は取り残された。その時遠くで同じようにペアを組み損ねたのが小倉だった。俺たちは余り者同士ペアになった。それが小倉との出会いだった。


 お前は人間関係で悩まなくていいから気楽だな。コバエに吐き捨てトイレを出ると、小倉が待っていた。背筋がピシッとしており、色白の肌に目鼻立ちは整っている。童顔だがなかなかの好青年だ。


「ごめん、待った?・・・じゃ、行くか」


 顔を見合わせて微妙な相槌を交わし、俺が先行して歩き始める。小倉はなにかと俺に合わせてくるので、俺が先に動くのが通例となっていた。


「今日は美術班行かなくていいん?」


「うん。最近画塾の宿題多いから、そっちやらないと」


 小倉は美術班で、美大に行くために予備校にも通っている。


「へー。どんな宿題出されるん?」


「主にデッサン。画塾のみんな、めっちゃ上手くてヘコむから、もっと描かなきゃなって思ってる」


「そうかぁ、お前も大変だな。俺の方は小説は他の人と比べにくいからなぁ・・・画塾でライバルとかいるの?」


「んー。ずっと描いててほとんど話さないからなぁ。そうゆうのは無いよ。俺だけが上手い人を勝手に意識してる感じ」


「片想いってやつか?」


「まぁ・・・そうかもね」


 小倉はぎこちない笑顔を浮かべる。いつもの微妙な空気だ。俺は小倉と一緒にいる間、血の通った会話で、心を満たしたことが一度もない。いつも空白の時を紡ごうと、必死に次の話題を考えて、安らげた試しがない。おそらく二人の関係は「知り合い以上友達未満」っていう表現が似合っている。時々廊下ですれ違った時に言葉を交わすくらいがちょうどいいのだと思う。


 「俺が小学校の頃に友達の頭に嘔吐した話」で学校を出てからの道のりを乗り切ると、電停前の長い信号に差し掛かる。俺たちが一緒に帰るようになったのは、この場所からだった。




☆★☆




 小説家を目指す俺と美大を目指す小倉は、進学校に通っているにしてはアウトローな夢を持っていて、最初は気が合うと思った。実際会話はけっこう盛り上がった。だからその日の帰りに、信号を待っている小倉を見た時、なんとなく声を掛けたのだ。


 最初の頃は良かった。お互いのことを聞き合うだけで会話は弾んだし、距離が近づいている実感もあった。だが一週間もすると無言になる時間が増え、次第に見えない壁を感じるようになる。やがて教室で小倉に話しかけることは無くなった。帰りに話すための話題を減らしたくなかったからだ。友達と話すのは楽しいが,小倉に関しては、もう話すことが目的になっていた。


 信号が青に切り替わった。電停の真ん中で地面に荷物を置くと、しばし沈黙の時が流れる。ちらっと横顔を盗み見ると、小倉は空虚な表情で、正面の電停を退屈そうに眺めていた。


 こいつは休憩時間、自分の席で何もせずにずっとこういう顔で佇んでいる。誰かから話しかけられるとそつなく応対するが、自分から誰かに話しかけることはない。以前何を考えているのか尋ねてみると、「何も考えてない。ボーっとしてるだけ」と言っていたが、俺はその返事に納得していない。おそらく小倉は嘘をついていて、「本当は友達と話したいけど、誰かに話しかけて迷惑がられたり、会話の中で傷つくのが怖い」などと思って身動きが取れないんじゃないかと俺は推測している。俺もそういう時期があったからな。


 俺は正直、小倉のことを「友達の作れない哀れな奴」と決めつけている。放課後は「一緒に帰ってあげている」という傲慢な思いを持っているのだ。小倉と一緒に帰るのは疲れるが,一人で帰って「友達がいない人」と思われるよりはましだ。関係を断ち切りたくても断ち切れない俺は、結局のところ自分が傷つかないために、この無駄な時間を毎日過ごすことを許容していた。


 市電が到着した。定期券をバーコードにかざして俺が先に乗り込むと、二人分の席を確保して座る。それからはいつものように話題を探して頭を振り絞っていた。


「あのさ・・・俺最近悩んでいることがあるんだ」


 珍しく小倉から話を切り出してきた。助かった。平静を装って聞き返す。


「悩んでいること?」


「うん。・・・実はね、通信制の高校に行こうかなって思ってるんだ」


「え?どうして?」


「なんか学校に行くのが無駄だなって思って。通信制だったらほぼ一日中絵を描けるし、今日だって休憩時間とかずっと絵のことばっかり考えてたんだ」


「へー。・・・で、学校をやめるかどうか迷ってるってこと?」


「そう。・・・あと、どうやったら親を説得できるかなって悩んでる。父さんは『人は生きていく中で、必ず何かを選ばなければならない時がある。それがお前にとって今なら、俺は賛成するぞ』って言ってくれたんだけど、母さんは『せっかく中学受験して入ったのにもったいない。そんなに無理して人と違う道を歩まんでも。平凡な人生じゃぁだめなん?』って言って反対してるんだ」


「あ、もう親に言ったん?」


「うん。親を説得せんと先生も説得できんだろうし」


 つぶらな瞳を輝かせて言う。本当に親に相談したのだろう。そんなことを考えていたのか。勇気あるな。本気なのかな。いや待てよ。もしかすると俺との会話に困って話題作りのために適当に言っているのかもしれない。全くの作り話の可能性もある。小倉は悩み事を俺に言うことで,俺の関心を引こうとしているのではないだろうか。


「で,俺にどうしたら親を説得できるか相談してるの?」


「川島だったら,どうする?」


「そうだなぁ。俺だったら,ひたすら熱意を親に伝えるかな。わかってくれるまで。小倉が本気なら,わかってくれるんじゃない?」


適当に答えた。小倉の本心がどうであれ、こういう相談事を受けるのは面倒くさい。悩みを相談する人は「アドバイスをしてほしい」のではなくて「自分の話をただ聞いてほしい」ことが多い。俺も先生に悩みを相談した時、何も言わずに黙って聞いてくれていたので十分だった。だからここは相手を刺激するような発言はせずに相手の意に沿った方がいい。


「そうだな。やっぱり時間をかけて説得するしかないよな。俺,がんばるよ!」


「お、おう・・・」


 どうした?ずいぶんと積極的じゃないか。もしかして本気なのか?・・・いや、虚勢を張っているだけか。


「本通、本通です。お出口は・・・」


 俺が降りる駅のアナウンスが流れた。


「あ、もう着いたわ。じゃあな」


 本当は早く着かないかと何度も電光掲示板を確認していたけどな。


「うん、じゃあね」


 軽く会釈を交わして電車を降りる。張り詰めていた思いがスーッと抜けていって「やっと終わったー」と心の声を漏らす。


 今日も時間を空費してしまった。小倉が話題を提供してくれたのが、せめてもの救いだった。




☆★☆




「おーい!川ちゃん、一緒に帰ろうぜ!」


 小倉が美術班のミーティングがあり、一人で帰ろうとした矢先のことだった。朗らかな声が俺を呼び止めた。振り向くと、そこには俺の友達の中でも随一のコミュ力を誇る陣之内がいた。いつも笑顔で、誰とでも仲良くできる。坊主の丸眼鏡で、俺と同じ帰宅班である。毎日でもいっしょに帰りたいが,陣之内にはもっと仲の良い友達がいるから誘うのは遠慮していた。


「あれ?お前自転車じゃなかったっけ?」


「いや、ちょっと自転車壊れちゃってさ。今修理中なんだよね」


「へー。いいよ、帰るか」


「あ、ちょっとジュース買っていい?」


 久しぶりに話すためか,互いの近況だけで話が盛り上がる。今日は楽しく帰れるな,と思った時だった。電停に着いた時、小倉がいつもの表情で佇んでいるのが見えた。ドキッとしたが、時計を見てみると、陣之内と帰り始めてから40分は経過していた。美術部のミーティングが終わって、いつの間にか俺たちを抜かしていたのだろう。


 正直、陣之内とのいい雰囲気を小倉に壊されることは避けたい。しかし、俺にはそうならない確信があった。自分の友達が知らない人と話している場合、友達には話しかけないという暗黙の了解がある。いくら友達が少ない小倉でもそれを破るわけがない・・・と思っていた。


「お!小倉じゃん、よぉ!」


 陣之内が小倉に話しかけた。陣之内は動揺する俺を置いて小倉に歩み寄ると、意気揚々と話し出した。陣之内の所作には親しみが込もっているように見える。俺は二人の邪魔をしないように、そっと近づき様子を見ることにした。


「二人っていつから知り合いなん?」


 二人の会話の合間を縫って聞くと、


「小学校からの付き合いなんよ、俺ら」


 陣之内が淡々と答えた。その後、俺から話を切り出すことは無く、小倉と陣之内が話し続けていた。


 驚いたことが二つある。一つは、小倉がゲーム好きだったことだ。俺がゲームに興味がなく話題にしてこなかったせいだろうが、二人の会話のほとんどがゲームの話だった。もう一つは、小倉が陣之内と話している時、心底楽しそうにしていることだった。俺との会話で見せるぎこちない笑顔や遠慮しているような話しぶりは、そこには無かった。自分が話したいことを話し、それを気心の知れた友達がきちんと受け止め、共に笑う。正に、俺が小倉との会話で諦めていた光景がそこにはあった。


「川ちゃんどうしたん?元気ないな」


「え?いや、そんなことないって」


 陣之内の問いかけに、なけなしの笑顔で答える。小倉と上手くいってなかったのは俺のせいだったのかもしれない。そう思って少し落ち込んでいた。


「あれだよ、川島はゲームしないから・・・あ、ごめん川ちゃん。勝手に盛り上がってた」


 小倉が言った。


 俺は「話題に入れない奴への憐みの言葉」として受け取った。見下していた小倉に馬鹿にされた気がして、自尊心が酷く傷つけられた。ムキになった俺は、過剰な防衛本能から、嘘をついてしまった。


「いやいや、いいよ。俺もお前らの話聞いてるの楽しいし・・・」


「そうか?・・・じゃあいいけど」


 陣之内は安心したようにゲームの話をし続けた。


 次の日も、その次の日も、3人で帰る日が続いた。あぁ言った手前、話題を変えようと言い出すことはできず、二人はとうとうスマホゲームを帰り道でやるようになった。俺は二人のプレーを見ながら興味があるように振舞うだけ。次第に目は死んでいき、賞賛を送るロボットとなって、ストレスは日に日に溜まっていった。俺は「ゲームは時間の無駄」というポリシーに反してまで二人とゲームをするのには抵抗があった。だが、二人と一緒に帰らないのも負けた気がして嫌だったため,俺はこの苦行に耐え続けた。そして腐った心は、俺の本性を抑えきれなくなってしまった。




☆★☆




 昼休み、俺は陣之内を食堂に誘った。陣之内は弁当だから食堂で食べる必要はなかったが、快く応じてくれた。


「川ちゃん、なんか話あるん?」


 急な誘いを疑問に思ったのか、からあげをほおばりながら陣之内が尋ねた。


「・・・俺たちさ、小倉と一緒に3人で帰ってるじゃん?」


「あぁ、うん」


「実はさ・・・小倉がお前の悪口言ってるんだよね」


 陣之内の咀嚼が止まった。


「へー、どんな?」


「ゲームの話でしゃしゃってくるのがウザい、とか・・・笑い方が気持ち悪い、とか」


「ふーん、で?」


 あっさりとした反応に狼狽しながらも、俺は続けて言う。


「だ、だからさ、気まずいんだよね。3人で一緒に居るのが。せっかく楽しんでいるのに、あいつが内心お前のことを悪く思っているって思うと、素直に楽しめないから・・・。お前だって気分悪いだろ?だからその・・・あいつをのけ者にしてさ、二人で帰らない?」


 陣之内は少し考えた後,俺の目を見た。


「いやだ」


 心臓の鼓動が俺を糾弾するように激しく高鳴り、全身から汗がにじむ。


「俺は誰がどう思っていようと構わないし、それによって動かされることもない。誰だってムカつくことの一つや二つあるさ。・・・お前がそういうのを許せないのなら、お前が離れればいい。俺はあいつと居て楽しいから、のけ者にするなんてことは絶対にしないからな」


 こちらを真っすぐ見据え、その目の輝きには誠意がこもっていた。陣之内の肉迫した思いは、俺の心に突き刺さった。陣之内は、まだ食べ終わっていない弁当を片付けながら、続けて言う。


「・・・まぁ俺は自転車が直ったから、今日からは一緒に帰れないけどな。・・・はぁ、俺の気分は最悪だよ」


 皮肉っぽく言うと、陣之内は立ち上がった。


「・・・お前とは3、4年の付き合いだ。お前のそういう部分も知ってるし、受け入れてるから別にどうとも思っていない。あぁくそ、よりによって何でこんな時に・・・」


 陣之内はひどいことを言った俺にさえ、気を遣っている。なんだか恥ずかしい。俺には深い後悔が押し寄せていた。それから逃げるように、声を振り絞る。


「ご、ごめん。陣之内・・・」


「俺じゃない、謝るならあいつに謝れよ」


 陣之内が去っていく姿は,さわやかにさえ思えた。


 それにひきかえ,俺はなんて哀れなんだ。


 二人の仲を裂こうと、小倉の悪口をでっち上げたが、無意味どころか陣之内には俺の嘘を見透かされていた。廊下で陣之内とすれ違っても、目を合わせてくれない。失ったものは大きい。


 時間を戻したいがもう取返しはつかない。布団の中で反省しながら、食堂での陣之内のある言葉が引っかかっていた。「何でこんな時に」とはどういう意味だったのだろう。今日、俺と陣之内の関係が悪くなるのに、何か不都合なことがあったのだろうか。それとも、別の何かなのか。想像できないまま、眠りに落ちた。



 小倉とは最近、一緒に帰らなくなった。誘っても用事があると言って、断られてしまうのだ。陣之内が小倉に告げ口したのかもしれない。真実を知りたくなくて,一人での下校に甘んじていた。




☆★☆




「小倉は今週の金曜日、転校します」


 その言葉は、月曜日の朝のホームルームで、担任の吉岡先生によって告げられた。どよめく生徒達は、一斉に小倉の方を向いた。


「小倉は芸大を目指すために、通信制の高校に行くことになりました。・・・まぁそこらへんのことは、これから小倉に喋ってもらおうか。おい、小倉!皆の前に立って話してやれ」


「あ、はい」


 小倉は教壇に立つと、思いの丈を話し始めた。


 芸大はセンター試験で国語、数学、英語の三科目を受ければいいらしい。だから、学校での副教科の勉強はほとんど意味が無い。しかも、予備校の授業時間が増えてきており、学校との両立が難しいそうだ。絵の技術がまだ未熟だから予備校の対策に専念した方が受かる見込みが高いのも、理由の一つだという。


「今までありがとうございました」


 小倉が言うと、教室内は拍手に包まれた。


 俺は、この前電車で小倉が話していたことが現実になったということに、唖然としていた。小倉は本気だったのだ。そして悩みに正面からぶつかっている間,俺にはなにも話してくれなかったのだ。用事というのは、おそらく先生との面談だったのだろう。俺など大事なことを話すほどの関係ではないと思われていたということだ。あれほど小倉を馬鹿にし,適当に受け答えしていたくせに,小倉も同じだったことが情けなくて、悔しくてたまらなかった。


 ホームルームが終わると、生徒達が小倉に群がった。「小倉、転校」のニュースは他クラスへと広まり、物珍しさに来た人で教室内は埋め尽くされた。俺は一躍スターのようになった小倉が恨めしく、そこに混ざることは無かった。


 小倉とは金曜日まで、一言も言葉を交わさなかった。小倉は別の友達と気さくに話していたから、俺などもう必要ないのだと思った。


金曜日の、小倉にとっての最後のホームルームが終わった。当たり前に一人で帰ろうとした時だ。小倉が俺の肩を叩いた。


「川島、一緒に帰ろう」


「お、おう。・・・最後だしな」


 面食らった俺は、交友関係がずっと続いているかのように装った返事をしてしまった。自分のずるさを感じながら、小倉と歩き始めた。


 会話のほとんどが、小倉の転校についてだった。何故俺に相談しなかったのか、本当に聞きたいことは言えず、上っ面な話に終始した。


「お前がおらんくなったら、帰り道が寂しくなるわ。・・・LNIEで連絡とろうな」


「うん、今までありがとう。じゃぁね」


「あぁ」


 市電のイスから立ち上がり、電停へと降り立つ。これで最後だ。最後くらい車窓ごしに見送るものだろうと振り返り、顔を見合わせた。信号が赤に変わる。時間が生まれた。


「絶対LINE見ろよ」


携帯を指さした。


 おそらく、連絡は取らないだろう。このドアが閉まって市電が見えなくなると、小倉の連絡先は即デリートだ。


 思えば、小倉との付き合いは俺にとって、損しか生まなかった。楽しかったことは一つもないし、陣之内という大切な友人を失った。・・・だけど、この胸のわだかまりは何だ?


 まだ市電は出発しない。小倉は下を向いている。


 ・・・これでいいんだ。小倉とは結局打ち解けないままで、俺はあのことを謝れない糞野郎で。・・・やっぱり陣之内、俺が二人の仲を裂こうとしたことを小倉に言ったのかな。だから転校するってことも俺に言わなかったんだ。でも、じゃぁなんで今日誘ったんだろう。・・・まぁここまで来たらどうでもいいことか。


「ドアが閉まります、ご注意ください」


 車掌のアナウンスが流れた。閉まりゆくドアが、俺とあいつを繋ぐか細い糸を断ち切ってしまうハサミに見えた。きっとこれでもう会うことはない。本当はあいつが何を考えていたのか,もう真相を知ることはない。


 小倉が俺を見た。目が合った。何か言いたそうに見えた。だがそんなわけない。


 ドアに閉じられ,小倉の顔が見えなくなった。「謝っとけばよかったかな」一瞬,そう思った。


「あの!降ります!」


 その声と共に、ドアが音を立てて開く。小倉が慌てた様子で降りてくると、市電はすぐに出発した。


「お前、なんで・・・」


 横断歩道を渡り,本通りの片隅に場を映した。


「謝らなきゃいけないことがあるんだ」


 小倉はそう言うと、深呼吸した。そして、意を決したようにこちらを見据え、話し始める。


「実は、ずっと俺はお前から下に見られているように感じていたんだ。だけど陣之内には一目置いているとも感じてた。だから,陣之内とずっとゲームの話で盛り上がるようにして,お前を仲間外れにしてたんだ。お前を見返すような気持ちだった。・・・本当にごめん。」


 心臓がずん、と重くなった。必死に本音を隠そうとする自分と、心を開きたがっている自分が格闘していて、口が思うように動かない。小倉がさらに口を開く。


「お前は俺の悩みを真剣に聴いてくれた。そのおかげで親を説得できるまでがんばれたのに,こんなことでお前にひどいことをして,俺は自分が許せなくて,お前と距離を取るようになったんだ。本当はもっと話を聴いてほしかったし,お前ならどうするか意見を聴きたかったこともあったのに。なんか後ろめたくてさ。転校することさえ,陣之内には言ったけど,お前には事前に言えなかった。本当にごめん。」


 陣之内が言っていた「なんでこんな時に…」というのは,小倉の転校のことだったのか。


「川島はさ,俺を下に見てた?これで最後かもしれないから,謝りたかったのと同時に本当のことを知りたくて,降りたんだ。」


 なんと答えよう。本当のことを言うべきか,きれいごとで済ませるべきか。迷う間もなく話し出していた。


「ごめん。お前の言うとおりだ。俺はどこかでお前を馬鹿にしているところがあった。そうじゃないと自分を保てなかったのかもしれない。まさか気づかれているとは思わなかったけど。」


 どこまで正直に話すのだろう。


「陣之内と親しいのはショックだったよ。ゲームに興味がなくていっしょに帰るのは苦しかった。でもここで付き合わないのは負けるような気がして,無理にいっしょにいたんだ。」


 止まらない。


「お前が転校することを言ってくれなかったのもショックだったよ。お前を馬鹿にしていたくせに,本当は俺が馬鹿にされていたんじゃないかって。」


「そうだったのか。なんでこんなことになったんだろうな。もっと前に互いに本当のことを言い合っていれば変わってたのかな。」


「そうだったかもしれないな。」


 しばし沈黙した。互いに本当の気もちを話さず無駄にした多くの時間を振り返っていたかもしれない。


「なぁ,どうやって親を説得したんだよ。」


「お前が言ったとおりだよ。毎日親と話して自分のしたいことを訴え続けたんだ。結局根負けしてくれたみたいなもんさ」


「でさ、本当に学校を辞めることになると、なんだか勇気が湧いてきたんだよね。自分にも、変えられることがあるって。だから、お前に最後、話しかけることができた。ありがとう」


「いや、俺お礼言われるようなこと何にもしてないけど」


「うん。でも・・・お前のアドバイスが適切だったから。」


「俺ってすごいんだな」


 俺は自然と笑っていた。そしてこれが、俺が求めていたもの。血の通った会話ではないか。


「・・・俺さ、ハッキリ言って、お前のことが嫌いだった」


「うわ~正面切って言われると傷つくな~」


「お前が聞いてきたんだろ。・・・俺もさ、お前と陣之内の仲を裂こうとしたんだよ、謝りたい。・・・ごめん!」


「えっ,そんなことがあったのかよ。じゃあ失敗したんだな。・・・まぁいいって。過去のことは全部忘れよう。」


「そうだな。」


 二人の間に壁は無い。今なら互いの一見薄汚く見える感情も、笑い話と化してしまうだろう。


 次の市電が到着すると、二人は顔を見合わせた。


「・・・最後に言いたいことが言えてよかったよ。ありがとう」


 小倉は顔をくしゃっとして、袖で目元を押さえた。


「もしかして泣いてんのかよ」


「いや、・・・こんなことって本当にあるんだなって」


 俺の瞼もじんわりと熱くなった。どうしてもっと早く、本当の気持ちを伝えられなかったんだろう。


「俺って後悔してばっかだな」


 思わず言葉が漏れた。声に出すと、涙が堰を切って溢れ出した。もう元には戻らない時間が、愛おしくてたまらない。


「じゃあ行くわ」


「待って」


 小倉を引き留めたのは初めてだったかもしれない。何か言う事があったわけじゃない。ただ、もう少し一緒にいたかった。


「・・・そうだ!こ、ここらへんに美味い定食屋があるんだけどさ、一緒に食べない?」


 小倉はニッコリとして頷くと、


「うん!いいよ、行こう!」


 二人は夕暮れ時の街へと繰り出した。道行く人が泣いている高校生の男二人を振り返る。恥ずかったけれど、俺たちはそんなことも笑い飛ばした。


 失った時間に比べると、これから二人の過ごす時間は短いものだろう。きっと、すぐに別れの時はやってくる。だが,これまでのすべての時間を合わせたより濃く,充実した時間かもしれない。


 LINEの連絡先を消すことは多分ない。今日で最後にはならない。ここからが俺たちの友人関係の始まりだ。

 これは、母と共同で作った作品です。僕が最初に作ったものを見た母が「ここの文章、もっと短くした方がいいよ」と、どんどん介入していって、挙げ句の果てに自分で書き出す始末になりました。だから、最後の半分くらいは母が書いています。

 感想を言ってくれるのは有り難いんですが、介入するのはどうなんでしょう。たしかに、自分の文の悪いところとかは少し改善できた気はしますが・・・。

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