貧乏暇なし-1
『勇者』とは、その国にとっての災厄を退け、悪しきを倒し、善を助ける英雄である。誰もが尊敬し、また誰もが憧れる名誉ある称号。
勇者は各国に一人選ばれる。選ぶのは神であり、御子がそれを聴き伝える。
ミテリア王国の勇者が「西の果ての貧村の少年」と天啓が下りた時、西の果ての貧村の少年であるヒュナは薪を割っていた。
カコンと割れた薪が転がった。ヒュナは足で薪を蹴り上げると、積み上がった薪にそれを加えた。
これでようやく30本目。薪の蓄えも食料の蓄えも冬を控えたこの時期にしては少ない。幼い妹や弟には薪割りも森に入っての食料調達もできない。ヒュナは休む間も無く、かごと薪割りの斧を持って森に向かった。
実りの少ない森では木の実や山菜は動物たちと争奪戦になる。当然鉢合わせれば狩る。ヒュナによっては一石二鳥だった。しかしその日は様子が違った。
いつものように木から木へと飛び回ったが、リスもサルも見かけない。鳥の羽音もしない。張り合いなく木の実を集め終わると、山菜を探しに木を降りる。ウサギもシカもいなかった。クマかイノシシの大物がいるかもしれない。ヒュナは斧の柄に腰に巻いていたロープ片端を巻き付けると、ひらけた草むらに踏み込んだ。食い荒らされた様子もなく、山菜は青々と育っていた。
カサリと不自然に揺れた草にヒュナは勢いよく斧を投げつけた。
回転のかかった斧は金属のような硬いものに当たって弾かれた。すぐさま縄を引いて斧を回収すると、少し刃が欠けている。動物ではないことを確信したヒュナはそれが1つでないことも察していた。
甲冑を纏った兵士たちは等間隔に並んでヒュナを囲んでいた。
「カリオロ(ミテリア王国西側の隣国)のもんか」
国境近いこの村に隣国軍のはぐれものが流れ着くのは珍しくはない。ヒュナはいつでも投げつけられるように斧をゆっくりと回し始めた。
「我々はミテリアの王国軍だ」
「王国軍がこんな西の果てになんの用だ」
「勇者を探している」
突拍子な言葉に数秒の間のち、間抜けな声がでた。
「ゆうしゃ?」
「あらあら、王国軍の方が我が家に来てくださるなんて。ごめんなさいね、なんのお構いもできませんが」
物腰柔らかに軍人たちを歓迎したのはヒュナの母だった。
10人ほどいた軍人のうち、一番偉そうな男と、そのお付きのような2人の3人がヒュナの母と卓を囲んでいた。
ヒュナは来客に興味津々な弟たちを押さえつつ、大人たちの会話に聞き耳を立てていた。
そうしてわかったのは、西の果ての貧村、つまりこの村に勇者になる人物がいるということ、それは成年を間近に控えた少年であるということ、該当するのはこの村ではヒュナしかいないということ。
そこからはとても早かった。家族、村の人々との別れを早々とすまされ、馬車に詰め込まれ、3日。王宮に着くと問答なく身支度をされ、王と王太子の前に放り出された。
「そなたが勇者であるか」
威厳ある王が威厳ある態度でヒュナに問いかける。
「そうなんですか」
「おお!勇者よ!我が国のため、ひいては世界のため、尽力してくれることを期待するぞ」
どうやら王とは話が通じないらしい。ヒュナは冷静にこちらを注視していた王太子に助けを認めて挙手をした。
王太子が王に口添えをすると、ようやく周囲の耳がヒュナに傾いた。
「盛り上がってるとこ悪いんですけど、俺勇者とかやらないので」