美しい、男。⑦
「ケンカしたん?」
学校の帰り道、由樹がふと、俺を見上げてきた。
「なん?」
「藤倉と、ケンカしたん? って、聞いてんけど、…また俺の話聞いてへんかったんやろ」
由樹は、またいつものことか、みたいな顔でわざとらしくため息をついて見せた。
「ごめん」
「…けんいっちゃんのくせに素直やん、どしたん」
「いや、新曲のこと、考えてて」
「…そう」
黙々と歩く由樹に歩幅を合わせながら歩みを揃えて、男の横顔をそっと見る。
真っ直ぐに前を見据えた男の、左目の下にあるホクロ。あそこに、キスしたい。それで抱きしめて、首筋にキスマーク残したい。
ごめん、由樹。新曲のことなんて嘘やねん。
おまえのことばっかり考えてんねん。
…一応、バンドのことも、考えてはいるけれど。
「まぁ…なんでもええけど、はよ仲直りしぃや」
見てるこっちが痛いわ、と呟いている由樹に「なぁ」と声をかける。由樹が俺の方を見た、まっすぐに。射抜かれそうな、その透き通った眼。
「由樹って、好きな奴、おるん?」
「…はあ、おまえ、また人の話聞いてへかったやろ?」
うんざりと見上げてくるその美しい顔が、好きだ。
「聞いてたって。藤倉とは仲直りするから。なぁ、由樹」
「なんやねん、もう、突然」
「おらんの?」
「……。…いるよ」
答えが出るまでに間があった。
言うか言わまいか悩んだのかもしれない。よく考えたら、俺たちは誰が好きとかそういう話を今までしたことがなかった。
俺がその話題をただ避けてきたというのもあるし、由樹はそもそも自分からそういうことをべらべらとしゃべるタイプじゃないから、そんな話したりするわけがなかったのだけれど。
そっか、好きな子、おるんや。
中学2年ときにつきあってた子と別れてもう2年やもんな。おらんほうが、おかしいよな。
自分で聞いておいて、傷ついているのが馬鹿馬鹿しい。
心の中ですら饒舌になって、好きな子がいても当たり前って自分を説得しにかかっている。何をしてるんだろうね、俺は。一人で一喜一憂して。
「それ、どんな子、なん」
「えー…、ふつうに、いい奴やで?」
「いい奴って…、そんなんいろいろあるやん。顔がいいとか、可愛いとか、スタイルが好きとか、乳がデカイとか、優しくされたとか」
「あー…、顔は、いいな」
「メンクイか、由樹」
「おまえに言われたくないわ」
「俺、別にメンクイちゃうし!」
「あ、そ」
綺麗系かな。
年上のお姉さまとかにモテそうやもんな、由樹。
「どんな顔しとるん。その子」
なんでそんなこと、という目で由樹は見てくる。
ええやん教えてや、と促したら、長めの溜息混じりにぼそりと言葉が出た。
「綺麗、やねん。笑顔がな…可愛いん」
ぼそぼそと呟くように由樹は言った。
その呟きはいつもは淡々と話す由樹の喋り口調とは少し異なり、どこか照れ臭そうでどこか愛しさが含まれているような気がした。
そのことにもちろん、嫉妬した。
「指とかも、綺麗やねん」
なんでこんなこと、聞いたんやろ、俺。
相槌を打つふりをして、落ち込みをごまかした。
ちょっと照れくさそうに、それでいて嬉しそうに笑う由樹なんて、今までそんなに見たことない。
由樹に、こんな顔させる女がおるんや。
女。…女、な。
顔が綺麗で笑顔が可愛くて指まで綺麗とかパーフェクトやん。乳は…なさそうやけど、それは趣味の違いやし。
「藤倉、ちゃうやんな?」
「…あいつ、小動物みたいやし美人やけど、笑顔が可愛いキャラちゃうやん」
「…せやな」
あの笑いは、大胆不敵の何者でもない。
可愛げとか一切ない。
せっかく美人の類に入るのに、いっつもむすっとした顔をして歩いてる。
「あいつ、大物になりそうちゃう?」
珍しく、由樹が他人を大絶賛した。
「まー、いろんな意味で大物になりそうやな…」
「そんころには、俺らのバンドもそこそこ有名になってたらいいのになぁ」
由樹は、笑った。
いつまでも、俺とのバンドを続けたいと思ってくれてるのも、いい。嬉しい。
「藤倉と仲直りするわ、俺」
「うん、そうしなさい」
「はい」
「どうせ、ついでにチケット売る気なんやろ?」
「あれ、バレた?」
「わかりやすすぎるわ、けんいっちゃん」
なんてことないように笑った、その顔が。
夕日を浴びて、とても綺麗だった。
おまえより綺麗な女なんているんだろうか。
おまえが好きだと思う女はおまえより綺麗なんだろうか。
恋は盲目とはよく言ったもんだ。
だって、おまえしか見えへん、由樹。
美しい、男しか。