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美しい、男。  作者: えにし
5/11

美しい、男。⑤

15歳の俺は気づいてしまった。

親友のことが好きな自分に。




* * *




肌の色、白いなぁ。

なんであいつ、あんなに色白いんやろ?

そこらの女より、白いやんけ。

ちくしょ、可愛い。可愛いな。


中学のときだった。

由樹のことを目で追って、そして見ている自分に気づいた。

そこらへんの女より色白いなとか、腰元とか華奢やなとかいろいろ考えていることに。

気づいたら、教室の、俺の前に座ってる由樹ばっかり見ていた。

…俺、ホモやん。


正直言って悩んだ。

おかしない?

だって、俺、初恋は女の子やったのに。

女の子とも付き合ったことあるし、それなりに…やることもやったし。できたし。


それなのに。

15歳の俺は、気づいてしまった。

目の前にいる親友が、好きだった。

ふだん無表情な由樹が、俺と話してるとき、「なんやそれ、めっちゃおもろいな」とか言って、ちょっと笑う。声を上げたり手を叩いたりして大袈裟には笑わない男が、俺の方を見てにこにこと笑う。

目尻にしわができて、伏目になる。

下瞼に睫毛の影が落ちる。

マツゲ長いな可愛いな、とか思う。

女なんてみんな、マスカラやーなんやーて無理やり伸ばしてるのに、なんでおまえそんなにマツゲ長いねん。

それでその、左目下のホクロ!

エロいねん!


ーーちくしょ、可愛い。


これの堂々巡り。

一挙一動を目で捉えては、自分の中でもやもやが増えていく。もやもやは胸を締め付けて、増殖していく。いずれ息苦しくなると思う。息もできなくなると思う。それを知っているけれどやめられない。


どこの高校にいくか(というより、いけるか)が15歳の夏につきつけられて、正直高校なんてどこ行っても同じやろ? とか思ってたけど、由樹が私立の高校に行くと言ったから俺も同じところを選んだ。

けっこう勉強した。自分史過去最高の努力だった。

由樹が「けんいっちゃんもその高校にするん? 大丈夫なん?」とか言うし、

「まかせとけ!」とか俺も大見得きるし。

結局、由樹にいろいろ教えてもらったりとか塾に駆け込んだりして、どうにかこうにか合格できた。


「由樹! 俺、受かってた!」

「あ、ほんま? また一緒やな」


担任から合格通知を受けて、一番に由樹に伝えた。


「由樹、受かってた?」

「よゆー」

「ハハハ、おまえほんまは頭いいもんなぁ」

「ほんまは、ってどういう意味やねん。あんま努力したくないねん。合格圏内のガッコしか受けへんって決めてたん」


ふだんはそんなにしゃべらない由樹が、俺の冗談にはそれなりに反応してくれる。

それすら嬉しくてどんどん、どんどん溺れてく。加速する気持ちを抑えれるわけもなく、想うだけならいいやん、と思っていた。

墓場まで持っていくだなんて言うつもりはないけれど、誰にも迷惑かけずにこうやって由樹と日常を過ごせている、それだけで俺にはその時は充分だったのかもしれない。

その先に踏み込んで二人の関係が親友から無になるのが怖かったのも勿論あった。


「高校には留年っていう恐ろしいモンがあんねんて」

「…恐ろしいな、それは」

「けんいっちゃんには恐ろしいやろ? 俺には関係ないけどな」

「おまえ…なんかむかつくな…」


無表情が、俺には冗談を言う。

俺は特別やって思ってええん?

親友の中での特別でもええよ、もうこの際。


好きや。

好きやで、由樹。


「まぁ、無事進路も決まったことやし、またバンドやろうや、由樹」

「ん、せやな」


好きやで。

気持ちが届かなくても、別にいいいねん。

むしろ、届かない方がいいねん。


「あ、ピアスあけて、由樹」

「…は? 俺が?」

「だって、自分では怖くてあけられへんねん」

「…ヘタレかよ」

「ヘタレ言うな」


おまえにあけてほしいねん。

俺、どんどんおかしくなっていく。

でも、いいねん。

この気持ちは、俺だけのものやから。




* * *




「で?」

「…その無表情が怖いわ、由樹」

「しゃーないやろ、こういうカオやねん。で? どうやってあけるん、ピアスって」


お互いの家の、お互いの部屋に入ることは幼なじみのようにして育った俺たちの、幼い頃からの当たり前の日常だった。

学校から帰宅したら何故か俺の部屋のベッドで由樹が寝てた事もある。


うちは新興住宅地の一軒屋。

両親はちょっと離れたところで料亭を営んでいる。だから、夜まで帰ってこないし、中学生の弟がリビングでスーファミしてるだけ。その弟も、由樹が家に上がり込むことを何も気にしてない。「また来たん?」くらいの挨拶のみ。


由樹は小学校の低学年の時に、親の仕事の都合でこの新興住宅地に引っ越してきた。

本当は北国育ち。

でも、今じゃすっかり関西弁。

肌が白いのは、雪国生まれやからかな。

いまでこそ、女に間違われることなんてなくなったけど、引っ越してきた由樹を見たとき、最初は女の子と間違った。

家はすぐ近所。

未だにうちの母親は「ユキちゃん」って呼んでる。由樹、って確かに「ヨシキ」とも読むけど「ユキ」ってよめるもんな。

ユキちゃんって呼ばれて「あ、どうも、おじゃましてます」って平然と返す由樹も由樹やけど。


「ピアッサーとか、ないん?」

「ない」

「安全ピンか…痛そうやな…」


俺が渡した太目の安全ピンを片手に、由樹は煙草をくわえた。

こいつはぱっと見、優等生。

実際に頭もいいし、基本的に余計なことはしないから俺みたいに教師から目をつけられたりもしない。サボり癖もないし、暑い日の体育以外は頑張る。スポーツもそこそこできるし、中学の頃は陸上部だった。

品行方正。だけど生徒会の活動とかクラスの行事に積極的に関わるタイプでもなく、リーダー気質でもない。当たり障りなく淡々と生きたいのだろう。面倒ごとも努力も苦手だと事あるごとに言う。


その一方で、本当は悪い子で、こうやって俺の部屋に来ては煙草を吸って帰る。

家ではいい子ちゃん演じるなんて変わってる。

普通は、家では暴君で学校では大人しくしてるものだと思うけれど。


「消毒液は?」

「ん」


オキシドールを差し出すと、面倒くさいのか意を決したのかどちらともつかない大きな溜息をついて、そして由樹はライターで煙草に火をつけ、そのついでのように安全ピンをあぶりだした。


「けんいっちゃん、膿んでもしらんしな…」

「そんときはそんときやん」

「意味わからん。俺のせいで、けんいっちゃんに傷が残るん、嫌やねん」


お。

なに、その可愛い台詞。もっかい言ってほしいな。


ぼんやりそんなことを考えていたら、いつしか由樹は灰皿に煙草を押し付けて消して、鈍色に変色した安全ピンをオキシドールで冷やしていた。


「ん」


己の左耳を差し出す。

無表情のまま、由樹は煙草の箱を俺の耳たぶの後ろにおしつけた。

こうしないと、肉がうしろまでくっついてって、最後まで貫通しないらしい。って聞いたから予め由樹には伝えてた。

もうちょっと、嫌がったり緊張したりするかな、と思ってたけど、意外に由樹は平然とピンを刺す位置を確認したりしている。


「…氷とか、ええの? 冷やしたりせんで」

「ええねん。適当に、ぶつっとやって」


本当に、ぶつっていう音がした。

肉を貫通して、痛みが後から貫いてくる。

煙草の箱に、ピンの先が当たって、それも貫通する音がした。痛いというより熱い。


「…けっこう…一瞬やったな」

「一息でやったもん」


そう言って安全ピンから手を離した由樹は、己の手がちょっとだけ震えていることに気づいたらしく、じっと自分の手を見つめた。


「怖かった? よしくん」


時々俺は、由樹のことを「よしくん」と呼んだ。それは幼い頃の呼び名で、今もわがままを言ったり、からかう時に使ったりする。


「…力入りすぎてん」


なんて、ごまかしてるけど、そんなところすら可愛いな。

煙草をはさむ指が、震えている。

ごめんな。

でも、おまえにされたかってん。

おまえに傷つけられるんなら、気にならへんねん。この傷が膿んでも、傷痕がひどくなってそれが一生涯残ってしまっても、それでいい。俺、由樹のことになると、頭のネジが2本か3本はどこかに行ってしまうみたい。


「かーわい、よしくん」

「…アホなこと言うてへんと、煙草の箱はずして消毒しろ」

「へいへい」


ピン先が刺さったままの箱をとって、安全ピンを閉じて、オキシドールをぶっかけた。


「あ、イタタタタ」

「…血は出てないから死なへんって、けんいっちゃん」

「こんなんで死んでたまるか」


死んでも、いい。

おまえに殺されるんなら、それでいい。それがいい。



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