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美しい、男。  作者: えにし
10/11

美しい、男。⑩

いわゆる、「中2病」やねんて、俺。


なんやねんそれ、って言ったら、謙一は笑って「由樹は中2病。中2がかかる病気」と言った。

中学2年生やからって、なんやねん、それ。


鬱々としていた。

別に理由なんてない。平穏な生活と、反対に言えば刺激のない生活。勉強はそこそこ。両親もそんなにうるさくない。

でも、見えない形でのしかかってくる期待感、みたいなもの。

長男やからとか、年の離れた弟の面倒見とか。別に反抗する気もおきひんねん。

だって、無気力やもん、俺。


14歳の冬だった。


「おまえの歌、好きやで」


その謙一の一言で、なんとなく歌い始めた俺。謙一はただ、笑ってた。

その笑顔が、鬱々としていた俺を救ってくれた気がした。

そこから俺は、歌にすがるようになった。

これで食っていくこれで生きてく、なんてかっこいいことはまだ言えない。


だって、ゲーノージンとかアーティストなんて、才能ある一握りの人がなるもんやろ?

そこまでは求めてない。


でもおまえが、「由樹の声、いいな」って笑うから。

なんか、歌ってるのも楽しいかも、という気持ちになれた。




* * *




「はい、歌詞できた」


ノートを差し出すと、それを受け取った黒川(くろかわ)は「できたんや」と顔を輝かせた。


謙一の部屋は高校生になった俺達の「溜まり場」と化していた。謙一の両親はこういうことにうるさくないし、帰ってくるのも夜遅い。謙一の家が俺たちリブラメンバーの溜まり場になるのは必然的だった。


ノートをぱらぱらとめくって歌詞を確認する黒川は、表情と感情がゆたかだ。俺が見てもよくわからない俺の書いた歌詞を、すげえすげえと言いながら目で追っている。本当にすげえと思ってるんだろうか。ちょっと疑問。


俺達のバンド「リブラ」のドラムを担当するのがこの黒川だった。「リズムわいてきたわ~」なんて適当なことを言っている。

基本的に口先だけが達者で、その場のノリで都合のいいことを言う陽気の塊、という感じの男だけど、最終的に完璧な形のリズムを差し出してくるから、天才だと思ってる。


「お、できたん? 由樹」


4人分の飲み物をトレイに乗せてもってきた謙一は、足で扉を開けて、すぐに俺のノートに気がついた。


「詞から曲つくるなん、できるん? 松永」


ベースを適当に弾いていた(はら)が謙一を見上げた。


「そんなん、やってみなわからんやん。大丈夫、俺天才やから」


謙一はにたりと笑って、飲み物をみんなに出した。俺はホットカルピスやねん、とかなんとか、子どもみたいにニコニコとして。

こんな顔は、学校ではしないのに。


謙一は手負いの野良猫と同じだ。

気に入った人にしか、撫でさせない。気に入らない人間には、背中を丸めてふーふーいって威嚇して、下手すれば猫パンチ。

…そんな可愛いものでもないか。


俺は謙一の回転式の椅子に三角座りして、くるくる回っていた。なんとなく、これが落ち着く。


「目ぇ回るで、よしくん」


時々「よしくん」って呼ぶのやめてほしい。

だいたい、甘えてる時か、俺のことをからかってる時か、それか、子ども扱いする時。

小さい頃からの呼び名だ。


謙一がこのメンバーには完全に心を許してるのは知ってる。なんせ中学からの付き合いだから、もう腹を見せた猫状態。

原穣(はらゆたか)はベース。本当は「ゆたか」という名前だけど難読だからと「ジョー」と呼ばれてる。

シズカちゃんって呼ばれてるのはドラムの黒川(せい)。それから、俺と謙一。

これが「リブラ」のメンバー。

まだよちよち歩きのバンドの、メンバー。


俺はこのメンバーは居心地がいい。どんなバカをやっても許される、そんな気がしている。


しかし、男4人が集まって音楽の話も閑話休題とくれば、話はやっぱり「女」の話になるわけで。

16歳やもん。やりたい盛りやん。しゃーないな。


「まだ松永つきあっとん? 長ない?」

「長いって言ってもシズカちゃん、まだ5ヶ月くらいやで?」

「長い長い。松永が5ヶ月は長いやろ」


黒川は笑って、「で、ヤったん?」とそればっかり。


…しょーもな。とは、別に思わん。俺はそれに興味ないだけ。考えたら辛くなる。それに、謙一がモテたり、女と付き合うのは今に始まったことじゃない。いつものことだ、もう慣れた。


「それがな…」


苦笑する謙一。


「え!? ヤってへんのん!?」


驚く原。


驚くとこそこか? と思いつつも俺は静観していた。

どちらかといえば、俺は謙一の彼女に驚いた。なんであの子を選んだんやろ、って。

だって、あの子は「謙一の趣味」じゃない。

巨乳でもないし、派手な子でもない。

いつも化粧臭い女に囲まれているくせに、あんな地味な子をカノジョにするなん。

俺はそこに驚いたけど。


「えー、マジかー」


おもんない、とばかりに黒川が口を尖らせてる。


「だってな、そういう子とちゃうねん」

「…松永が大事にしとるってことやろ?」

「そういうことでもないねんけどな…、真面目そうな子やし…わかるやろ? シズカちゃんも男やねんから!」

「わからん! 男やからこそ、わからん!」


俺は黒川と謙一のやりとりを、椅子の上でくるくる回ったまま、聞いていた。


「大事」なんやな。そうやな。

女の子って、そういうモンやんな。

大事にして守ってやらなきゃならん。

そういうモンやんな。


ぼんやり考えてたら、矛先がこっちにきて。


「広田、どーなんよ?」


ノリ重視な黒川はにたにた笑って聞いてくる。

原はベースをかかえたまま、弦を弾いてるだけ。

俺より淡白やと思う、原の方が。原は大人びてて、なんで俺らーーもっと言えばチャラチャラしてる謙一や、ヘラヘラしてる黒川とつるんでるのかよくわからない。原は多分、人生二周目やと思う。


「あー…うん、別に」

「なんやねーん、別にってー」


派手に膝を叩いて面白くなさそうな声をあげる黒川。


「好きな子、おるって言ってたやん、由樹」


ふと、言ったのは謙一だった。いらないアシストに、謙一をわざとらしく睨んでみたけれど、なぜか驚いてる。

え? なに? 言ったらアカンかったん?

みたいな目でこっちを見てる。


アホか。

おまえやから、言ったんに。

好きな子、どんな子なん、って聞かれて。

相手が藤倉なんちゃうかとか疑われたから。

目一杯、否定してみたのに。

基本的に俺は感情を出すのが下手な方だから、伝わらなかったのかもしれない。


「綺麗で、笑顔可愛くて、指の綺麗な子、なんやろ?」


アホか。

おまえ、おバカさんやとは思ってたけど、ほんまにおバカさんやったんな、謙一。

フォローするのも面倒になって、「そうそう」とか適当に流すことにした。


「美人系かぁー。前のカノジョも美人系やったもんなぁー、広田」


ええなぁ、とか言ってる黒川は、ひょうきんでおしゃべりも面白いし、ムードメーカーで誰からも好かれるけど「面白いいい人どまり」ってヤツらしい。


なぜ俺が少し苛立っているか、それにすら気づかない謙一を見上げて、なんだか虚しい気持ちになった。


だったら、なんで?

謙一、だったら、なんで?

あの時ーー保健室で、俺にキスなんかしたん。

俺が寝てると思った?


いつもの無表情が、さすがに機嫌悪げになってしまってたんだろう。謙一が俺の顔を気にするように見ている。


だって、ムカつくやろ。

なんでキスなんかしたん。

こんなに俺の心、乱しといて。

ぐちゃぐちゃにしといて。

あれから、あんまりまともに眠れへん。


おまえの。

由樹、って呼んだ、あの時の声と、触れた唇ばっか思い出して、全然眠れへん。


なんやったん、アレ。

冗談なんやろ? 出来心ってヤツやろ?

ああいうことしたら、俺が怒って「なにすんねん」とか言うのが面白そうやったからやろ。そしたらおまえは絶対こう言ったはずやねん。


『冗談やん、よしくん。怒らんで』


なんか、ムカついた。


すっと椅子から立ち上がって、「ごめん、用事思い出したわ。弟、迎えに行かんなん」とか適当な嘘ついて、鞄つかんでマフラーを首に巻きつけた。


「え、…ちょ、由樹?」


謙一は慌てて俺に声をかける。

一生戸惑っとけ、このバカ。


おまえのせいで。おまえのせいで。

寝れへん夜に馬鹿なことばっかり考えてる。


謙一の隣をすり抜けて「ごめんな」ともう一度言った。黒川と、原に。

だっておまえらは悪くないもん。なのに空気を悪くして、ごめんな。

お天気やさんやな、って笑っててくれたら、それでいい。


けれど、謙一は俺の後を追って、玄関までやってきて。


「ごめ…、な、なぁ、由樹」


自分が悪いのはわかっているらしい。でもなぜ俺が苛立っているか、までは流石にわからないのだろう。


「俺な、藤倉が好きやねん」


口からでまかせで嘘をついた。

苛立ちと、憤怒。

もっと戸惑えばいい。残酷な気持ちが支配してた。


俺の言葉を聞いて、一瞬のあいだ謙一は動きを止めた。固まったように俺をただ見てる。玄関で突っ立ったまま。


おまえも藤倉好きやとか、言うんとちゃうやろな? 勘弁してや。


「本気で言うてん? 由樹」

「本気や、好きや、藤倉が」

「やめとけって。だって、あいつは…」


言いかけて、謙一はぐっと押し黙った。

一瞬でわかった。こいつが藤倉と共有している「秘密」が。

それが、更に俺の苛立ちを高めた。


謙一が何を言っても、こんなに胸が痛い俺はなんなん?

なんで俺はこんなに胸が痛いん?


「あいつは…? なんやねん?」

「いや、ごめん、何でも…ないねん」


嘘が下手だ。昔から、そうだ。

だから俺に隠し事はあまりしてこなかったのに。心を許した人間には嘘がつけないタイプの、美しい男。


「藤倉なんて、由樹の趣味ちゃうやん」

「趣味とか言うな。ムカつく。俺がどんな女好きになっても、けんいっちゃんには関係ないやろ」


言い捨てるように言った後に、謙一の目も見ずに玄関ドアを少し乱暴に閉めた。

閉じられたドアが開くことがないのを確認すると、溜息出て、そしてやっと歩き出せた。


こんな口論はしたことがなかった。

多少のケンカなら、あるけどそんなのも幼い頃だけ。

ずんずん歩いて、どんどん松永家から遠ざかって、比例して冷静になればなるほど俺がただ腹をたててるだけや、なんて思った。


けれど、悲しかった。

何が、とかじゃなくて無性に。

女の子のこと、大事そうに語るおまえの複雑そうな表情とか。ただ、俺の感情をひっかきまわすだけのおまえとか。藤倉と共有してる「秘密」めいたものとか。


どうしよう。

どうしよう。どうしよう。

毎日その想いだけがぐるぐると巡る。


ずんずん歩いて。

歩いて歩いて。

息が白くあがって凍てた空に溶けていく。


気づいたら、泣いてた。

歯を食いしばる音が、不細工だった。

頭から湯気出てるんちゃうかな。

ただ泣きながら歩いた。

胸の奥だか、脳ミソの内部だかが、とても痛い。これを心が痛いって言うんかな。


どうしよう。


「…好きやねんけどな…」




* * *



自覚したら、そこからは早かった。

なんや、俺は謙一のことが好きなんやん、って。

悩むこともあるし、報われないということも同時に理解できたけれど、それでも心の中にくすぶる「何か」の正体がはっきりしたから、もうそれで充分か、という気持ちになれた。


「ごめん、よしくん」


俺の目の前で、手を合わせて、ひたすら頭下げる謙一。帰ろうかなと思ったら教室を出るところで謙一に声をかけられた。


そんなに謝られたら、なんと返すのが正解なのかわからなくなってしまった。


身長ばっかり伸びて。俺はちっとも伸びないのに。心は子どもの頃のまんまみたいな男。

ーー髪、もふもふやなぁ。犬みたいや。

ふだんは見たくても見えないツムジが丸見えやん。そのナナメの前髪、見えにくくないんかな。


とか、どうでもいいことばかりを、ぼんやり考えてた。だって、もう怒ってない。

泣きながら帰ったら、怒りも悲しみも流れていって、ちょっとスッキリした。

好きなんやなぁ、しゃあないなぁって思ったらスッキリした。


「…別に、怒ってへんし」

「いや、よしくんは無理してる」

「よしくんって呼ぶのやめてや」

「…ゴメン!」


違うねん、怒ってないねん。

子どもあつかいされてる気がするだけやねん。

身長ばっかり伸びやがって。

小学生んころ、同じくらいやったのに。

いつのまに、こんなに成長したんやろ。

気づいたら、女の子が自然と集まるくらい、男前になったし。無邪気な笑顔も、一部の人間にしか見せへんけど、それすら美しい。

相変わらず俺には昔のままで接してくれる。

俺はそれが嬉しかった。


「無理、してんやろ?」

「…してへんし」

「無表情やん、由樹」

「いつもやん。怒ってるから無表情なんとちがうで」


とりあえず、帰ろうや。教室に、もう誰もおらんやん。


俺は言葉に出さずに、そんなこと考えてた。

いつも、そうだ。俺は思ったことを言葉にするほうじゃない。

だけど、謙一には伝わってる気がする。

俺の微妙な雰囲気とか、視線とか読み取って、「これしよか」「あれしよか」って言ってくれる。いい意味で空気みたいな存在。


俺が黙ってるんで、まだ怒ってるのかとでも思ったらしくて、謙一はもう一度深く頭をさげた。もうええよって、言ってるのに。

俺は、出来心で男のツムジを指で押した。


「んんん!? なになに!?」

「…ツムジ」

「ん。うん。ツムジ、やで?」

「おまえ背ぇ高いから、ツムジなん見たん初めてやな、と思って…」


俺の言葉に、フハ、と変な笑いを漏らした謙一は、次は火がついたようにハハハ、と大きな声で笑った。そして、


「…許してくれんの?」


と小首をかしげた。

なんやねん、そのかわいい仕草は。

こいつのこと、かわいいなんて思えるん、俺だけやろな。いつもは野良猫みたいやもん。


「許さんなんて言ってへんやん」

「…うん」

「ちゃうねん。俺が…、勝手に怒ってた、だけで」


なんでうまく、言葉が出てこんのやろ。

適当に、空気読み取ってくれ。


「うん。うん。やけど、俺も悪かったし。やから、これで仲直り、な?」


あ、本当に空気読んでくれた。

このまま押し問答するんも面倒やな、って思ってたところだった。


どっちが悪いとか、責任問題追求しても拉致があかないし。そういうスタンスでやってきた、俺たち。

息がしやすい、ってこういうことなんだ。


「うん。じゃあ帰りに謙一のおごりで肉まんな」

「…ハイ、お姫さん」

「姫、言うな」

「…ゴメン、由樹」


謙一の傍にいるとき、俺はちゃんと笑えるし、言いたいこともそれなりに言える。

本気で謝るおまえを見てるだけで、ちょっと笑えたりする。

だから本当は、このままずっといたい。


好きやなんて、伝えて。

おまえのキスに翻弄されて、好きやなんて伝えて。この空気感を壊したくない。


だから、これ以上かき乱さんといて。

これ以上、美しい顔で、笑いかけんとって。

俺は天邪鬼やから、もうこれ以上は好きになりたくないよ。



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