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ライブラリーハウス

「雛ちゃん、良かったら火燐さんに自分の事を紹介しますか?」


宇多子の要求に、雛は明らかに『言う必要ある?』みたいな顔である。


「うーんとね、雛は元々パパとママと一緒に…」


特に声のトーンも落としてない、相変わらず風鈴みないに聞くだけで癒される声だった。


物語を講じるには、言葉のバリエーションが少なすぎた、聞いている人を全く顧みることなく一直線の述べ方、それでも火燐の背筋に悪寒が上った。


それは人間性を疑える程の惨劇でした。


雛の家族は元々その時代の海原ではごく普通な特別養子縁組の三人家族。


大災害の後遺症一つに、沢山の孤児が出た。


その時の臨時政府は孤児たちの福祉を保証する為、旧時代の特別養子縁組制度を流用し、子供を亡くした両親に孤児と特別養子縁組で家族を組ませた。


この制度は元々、子供を亡くした両親に心の支えを、孤児に生活の保障を与える為の物でしたが、結局として数多の悲劇を生みだした。


雛が小学校に入るまで、家族は幸せだったが、ある日彼女の母は意外に遭って死んだ。


それからは、雛の父がアルコールで自分を麻酔して、雛に度々暴力を振舞う様になった。


ここまではまだありふれた話、今だけではなく、旧時代にもよくある状況だろう。


運が悪かったのは、雛の父は人形師だった。


雛が小学校を卒業してすぐ、雛の父は急に雛を家の地下室に監禁して、手と足を切り落として、人形の部品に替えた。


雛の学籍が登録された中学の役員が雛の入学手続きの件で雛の家を尋ねなかったら、その地獄は三ヶ月で終わらなかっただろう。


事件は雛の父が警察が攻め込む直前に焼身自殺したことで幕を下ろした。


以上は火燐が新聞等から知った情報。


雛が語った内容は公の認識と然程変わらなかったが、雛が当時の状況や自分の感情を述べた分、話がより生々しくなった。


おかげで、火燐の食欲が完全になくなった。


「ええ、なので見た通り、雛ちゃんはもう大丈夫ですので、一緒にいる時は特に気を掛けなくてもいいですよ。」


大丈夫要素はどこにあるかはさて置き、この事について雛自身も大して気にしていない事は十分伝わった。


「そういえば、皆の自己紹介はまだですね?」


雛の物語をきっかけに、宇多子はやっと大事なことを思い出した。


「すみませんね、白染と共感が行き過ぎると、時々一番基本なところを忘れてしまいます。」


宇多子が言った傍らに、有子と千影がひそひそと話した。


「二日で気付いた、負けたー。」


っと言いながら千影に何かチケットみたいなものを渡した有子。


「うーちゃんはそんなに鈍くない。」


っと言いながら、珍しくニヤリとチケットを懐に納めた千影であった。


「改めて自己紹介します、私は泡渕宇多子、よろしくお願いします。」


「お願いします。」


またペースに付いていけなくなった火燐はポカーンっと宇多子と握手した。


「酒井有子、同学年なんで、よろしく。」


宇多子の視線を感じて、有子は仕方なく火燐に手を差し出した。


「不知火千影。」


無表情で淡々と手を差し出した千影。


「絢辻雛子、中等部三年、よろしくお願いします。」


距離的に手の長さが足りなかった雛は右腕を外して伸ばした。


「山吹光、中等部二年、よろしくお願いします。」


よろしくと言っても、光は有子の後ろに引込めていて、握手しようとする素振りがなかった。


「もう一人は佐伯葵と言います、今は休学中ですのでここにいません。」


自己紹介はこれで済んだが、火燐は大して変化を感じなかった。


そもそも図書館の子達の中で、自ら構ってくるのは宇多子だけだったので、火燐は特に他のメンバーの名前など気にしてなかった。


「では本題に入りましょう。」


火燐の『ここまでは全部前振りかよ!?』と言わんばかりの表情を余所に、宇多子は改めて言った。


「火燐さん、私達のハウスグループ『ライブラリーハウス』に加入しませんか?」


「ライブラリーハウス?」


ハウスグループとは、セミナーや部活とまた違う学生の団体活動。


活動と言っても、朝の一限目の前に、同じハウスグループのメンバーを集めて気軽にお喋りするだけ。


固定のクラスやホームルームのない海原学園では、この様なリラックスできる時間を設けることで生徒の横の繋がりを強化している。


この人格が心の力(アイデンティティ)を大きく影響する世界で、安定な成長環境は重要視されている。


長くに渡るいじめやストレスが溜まる環境だと、歪んだ人格は危険な能力を生み出す。


幾つかの惨劇を経験して、海原学園はハウスグループという制度に辿り着いた。


ハウスグループは一般的に寮ごとになることが多いが、寮に限らず形は色々ある。


趣味が合う仲間達で結成することもできるし、違う学部や寮だけど仲がいい友達と結成することもできる。


ハウスグループの成立は監督役の教職員一名とメンバー八人以上の二つの条件を満足すれば、他の制限はない。


この点おいて、ライブラリーハウスの人数は明らかに足りない、その為の勧誘なのだろうか?


火燐の考えはともかく、有子の『ええ!?聞いてないんだけど?』的な表情を背景に、宇多子は話を進めた。


「ええ、ハウスグループページに掲載されていませんが、学校には承認されています。」


もう承認されているなら多分人数合わせの勧誘ではない。


「ウチは分類上、寮のハウスグループなんで、加入の場合は図書館に引っ越しが必要だぞ。」


有子がまた急に割り込んできた。


「ま、お急ぎではないので、気が向いたらいつでも図書館にいらっしゃいね。」


宇多子の言葉とほぼ同時に、午後の授業の予鈴が鳴った。


宇多子はもうテーブルの片付けを開始している為、会話はここで終わった。


火燐の午後の授業も宇多子と被っているが、宇多子は話しかけて来なかった為、火燐も話を掛けるタイミングが分からぬまま、授業一日目を終わらせた。


一日の観察では、宇多子の小さな癖等が結構はっきり見える。


例えば優等生なのに授業中は全くメモを取らないとか、先生に呼ばれなければ自分から手をあげることはないとか、移動中はいつも何かおやつを食べているとか、頻繁ににへら顔で頭の右側のあの複雑な編みを撫でるとか。


こう見たら、宇多子は優等生とは思えない習慣は他に幾つもある。


右耳だけ高そうなルビーのイヤリングをしているとか、休憩時間に読むのは教科書ではなく料理の本とか、ライブラリーハウスのメンバーと同じ授業の時いつもお喋りしている様に何か呟いてそうとか。


元々はどうでもいい話だが、気にし始めたら頭から離れないのが火燐の性格なので、結局学校終わるまで宇多子を観察することになった。


寮への帰り道を歩く時、火燐は急に呼び止められた。


「よっ、火野、どこ行く?」

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