図書館にある日常
火燐が帰られたら、白染がまた宇多子に話をかけた。
「宇多子、追々の接触は時間あればこまめに。」
「ええ、任せて。」
階段から降りている宇多子は聞いた。
「でも白染は何故火燐さんが話のすり替えに食いついてしまうと分かるの?」
「これは心の力の表しからの分析だ、彼女の能力は粉状の物を自在に操り、可燃性ある粉を燃やせるだろう?」
相変わらず白染は何かを計算しながら資料を探している、会話する時は相手を見ないのは火燐だけに対するではない。
「何かを操る能力、つまり自我タイプの能力、能力者は過激な思想がなく、内に多少排他的な部分があっても他人からの建言を聞き入れる可能性が高い;操る対象は限定されていなく、粉状であれば何でも操れる、つまり能力者の心底にオープンな部分がある;現場で見た能力の現状、粉を操っても精密なコントロールができん、一つ一つの塊の状態にしか操れない、しかも風などに影響を受ける、つまり能力者の内心に大雑把な所があって、どこかが流されやすい;操られた粉に火を付けても引火しなかった、つまり能力者は普段自分の感情をコントロールすることができる、どこかにある一線を刺激しなければ簡単に爆発しない。」
「え?それって最初からのあのどこかイラっとさせた言動は火野の一線を探っていたの?」
何時からかヨガをし始めた有子が急に話を割り込んできた。
「そうだ、心の一線が分かったら、後は爆発させない範囲で話を少しずつずらしていけば、彼女は無自覚の内に目的を『格闘イベントに出る』から『一回日置金勝紀と話し合う』に変わる。」
「んで、本当に会わせる?」
「当然だ、先出掛けたついでにもうアポイントを申し出た、後は返事を待つだけだ。」
「ハーヤッ!火野が断ったらどうする?」
「日置金アントレプレナークラブの今日の受付はもう終わった、断られたら取消の時間は十分にある。」
「隙ねーな。」
「あっちゃん、邪魔。」
白染と有子が会話している間、マジックキューブをいじっていた少女の一人がいつの間に白染のテーブルに来ている、そして何故か有子に背を向けて、白染の方に向いている。
よく見れば、彼女の足はテーブルの中を立っている、絵面的には現像がずれたホログラフィーみたい。
「うおっ!千影、家にいる時ぐらい能力を解除しろよ。」
テーブルの前、入口階段からトイレに行く動線にヨガしている有子はあっさりと道を開けた。
「練習中。」
千影と呼ばれた少女は瞬間移動のようにテーブルから消えて、そして有子の前に出現した。
本体の千影は先と比べてかなり小柄になった。真っ黒で艶もない髪はすごく複雑な編み方でクルクルと何週も回って、頭の後ろにまとめられている、下ろすとかなり長い事は明白だ。ヘーゼルの瞳は髪色より大分薄いと感じさせる、目の奥底に行き場のない明らかな不信感が淀んでいる。猫背とかなり古びたジャージと柄のない白いTシャツも隠せない豊満な胸囲は小柄な身体とギャップになっている。
「千影の能力が随時発動になるのは、心の奥にまだ不安が残っているからだ、責めないでやれ。」
いつもは全く動じない白染も一言言わざるを得なかった。
「いや、責めるつもりはないんだが?」
有子が心外そうに言った。
「まぁまぁ、そういえば皆夕食はなにがいい?」
着替え終わって、部屋から出た宇多子が聞いた。
「キャベツロール!」
真っ先に答えたのは二階にいる雛。
「肉があれば何でも。」
姿勢だけ変わった有子が二番をとった。
「辛くないもの。」
ちょうどトイレから出た千影が言った。
「葵ちゃんは?」
白染の膝を枕にしている少女はまだ寝ているので、宇多子は個室前でマジックキューブをいじっている少女に聞いた。
「オムライス。」
少し考えた様子を見せた葵はボソッと答えた。
「では今日の夕食はトマト味のロールキャベツとオムライスにしましょう。」
宇多子は冷蔵庫の中を確認しながら言った。
「有子ちゃん、買い出し頼んでいい?」
「うぃー。」
宇多子に返事して、有子は素早く外出の準備を整った。
準備と言っても、ただジャージを着て、そして右目に眼帯を付けただけ。
「リスト。」
白染が突然有子に手品のように紙切りを一枚飛ばした。
手品と違うのは、その紙切りの勢いは間違いなくコンクリートをも打ち抜ける。
「サンキュー。」
そんな勢いの紙切りを、有子は難なく受け止めた。
「有子ちゃん、買い物袋を忘れないでね。」
キッチンにいる宇多子からの注意。
「おぅ。」
返事はしたものの、有子は何も持たなくて出掛けた。
そしておよそ40分後、白染がテーブルの隅っこに置いたデバイスから有子の声が出た。
「任務完了!迎え頼まぁ!」
そしたら、スーパーのレジ袋を沢山手に持っている有子が白染の傍に現れた。
「ただいま!」
七人分と思えない食材を持っている有子がキッチンにダッシュした。
「もう、またレジ袋をこんなに。」
「どうせマイバッグを持って行っても入りきれないし、いいじゃん?」
こうしてわいわいとした時間を過ごし、夕食は出来上がった。
宇多子が料理を仕上がっている間、他のメンバーも食卓の準備をした。
葵が白染のテーブルの前の床に手を付けたら、手のひらに吸盤がついたかのように一枚の床板を持ち上げた。
その床板の裏に折り畳み脚がついていて、伸ばせておいたら堀こたつ仕様になり、白染のテーブルと合わせて十人が座れる食卓になる。
簡単な拭き掃除、食器並び、座布団並び、食事の準備を白染含めの六人が一糸乱れぬ連携で素早く完成した。
「皆、セットアップありがとう。」
宇多子が作った量は7人分じゃなく、70人分をも超えている。
そしてその凄まじい量のロールキャベツとトマト飯の七割が白染の分になっている。
「光ちゃんは寝ていたから、メニューの決めに参加できなかったね、デザートは何がいい?」
盛り付けしながら、宇多子は白染にぺったりの少女に聞いた。
「チョコがいい。」
少し考えたら、光と呼ばれた少女が小声で答えた。
光の身体は千影と同じぐらい小柄。スーパーロングの髪は艶があって、輝いている印象を与えるキレイな淡い金色;程良く付いたウェーブ感は柔らかい印象も与える。彼女の瞳は翡翠の様な透明感があるグリーン;薄めの眉毛と長い睫毛はキレイに整っていて、雛と違う『人形の様な』感じを出している。
「あ、そういえば冷蔵庫に何故かケーキ生地が沢山あった、私チョコムース作るから、それを一つチョコケーキにしようぜ。」
有子が急に言った。
「だめ、それはうーちゃんが今週末の孤児院ボランティアに準備したもの。」
千影は有子の提案を否決した。
「予備の分もあるから、いいですよ。」
「じゃ決定!」
「チョコムースにチョコケーキ、胸焼けしそう。」
葵がボソッとつぶやいた。
「ではケーキ生地にキヌアを少し混ぜましょう、ちょうど前日の料理教室で先生から沢山もらいましたし。」
こんなたわいないおしゃべりの中で、図書館部屋の中は和気藹々と一晩が過ぎた。
一方、火燐は図書館を離れてからやっと安心して思考ができた。
そして頭が再起動したら真っ先に気付いたのが自分が乗せられたということ。
だが気付いた所で図書館に戻る勇気も出せない為、結局寮に戻って、宇多子がくれたタブレットの内容を研究するしかやることがなかった。
海原学園は、生徒に受けたい授業を選んでもらう形になっている。
生徒は規定の単位が取れるよう必修教科の授業を選んで出れば、他の制限は特にない。
こんな自由な制度は新時代で学生の自主性を培う為である。
そして宇多子が貸したこのタブレットに、彼女が出た授業のノート以外に、授業選びに必要な情報も入れてある。
選択教科では未来の進学や就業に役を立つ科目はハイライトされていて、必修教科に至っては授業教員の授業スタイル分析までやってくれている。
おかげで火燐の授業選択はオンラインで早く済ませた。
こうして、二週遅れたとは言え、彼女はやっと無事に授業に出ることができた。
だが午前の授業を全部受けたら、火燐は言葉にし難い疎外感を強く感じた。
「火燐さん、お昼はいかがなさいますか?」
落ち込んだ所に、同じ教室にいた宇多子が話しかけてきた。
火燐の授業情報は宇多子が提供した為、二人の授業は多く被っている。
実は二人の午前中の授業は全部被っていたが、宇多子は何故か話しかけて来なかった。
予定もなかった火燐はそのまま宇多子と一緒に学食に行った。
「あんた達は昼も一緒に食べるんだ?」
学食で席を取っている有子と雛を見たら、火燐は思わず言った。
「ええ、家族なんで、悪い?」
弁当もあるのにポテトを沢山買った有子がまた突き付けた。
「有子ちゃん、毎回突っつくような言い方しない。」
「ごめん。」
宇多子が有子を見たら、有子は意外と素直に詫びた。
「火燐さん、有子ちゃんは悪気はありませんので、許していただけますか?」
「あ、いえ、私は特に気にしてないから。」
「ありがとうございます。」
こうして、火燐も席に着いた。
「光ちゃんは?」
「ちーちゃんが向かいに行きました、もうすぐ来ると思います。」
宇多子の質問に返事したのが雛。
「近くに来てる、あと2分位。」
スマホでマップアプリを開いた有子が情報補充した。
適当にテーブルに置かれた有子のスマホのスクリーンに、『宇多子』『雛』『自分』『千影』『光』の五つの点があって、千影と光の点は学食隣のビルを通過している所にある。
「食べないの?弁当持ってないだろう?」
手ぶらで来た火燐に、有子がポテトに指さした。
「ポテトが嫌いだったら、他のを頼むが、何がいい?」
「紫苑ねぇの野菜炒めとチーズ焼きはお薦め!」
フォークで野菜炒めを食べている雛が急に割り込んできた。
「じゃ、野菜炒めでお願いします。」
雛が注文に行ったら、宇多子が紙一枚を火燐に渡した。
「火燐さん、白染からの伝言です。日置金さんはアポイントに同意しました、赤線を引いた時間でしたらどれでもいいとのことです。」
渡した紙に、詰めに詰まった予定表があって、比較的に空いている時間が三つだけ赤線を引いてある。
「金曜日の午後で。」
少し考えたら、火燐が決めた。
「はい、では金曜日の時間を取ります。」
「ありがとう。」
「気にしないでください、力になれれば何よりです。」
何らかの異能を使って、白染に火燐の返事を伝えたら、宇多子も食事し始めた。
この間に、千影と光も席に着いた、雛も火燐の昼食を持ってきた。
そして続くのは和やかな昼時間。
海原学園の昼休みは1時間半もある為、この時間を部活や勉強に使うのが殆ど。
今もここにいる図書館メンバーズは特に火燐を構うことなく、自分の事をやっている。
有子は光に理系の宿題を教えて、千影は近代史の論文を読んで、雛は右足を外して、ふとももをマッサージしている。
「どうされましたか?火燐さん。」
何か不安そうに見える火燐の状況に気付いたのは宇多子でした。
「いえ、まだここの雰囲気に馴染めないだけ。」
「あ、雛ちゃんのことですね?気にしなくていいですよ、もう乗り越えたことですから。」
宇多子は気づいた、火燐の目が不自然に雛と有子を避けていることに。
「火燐さんは昨日聞きましたね?新暦20年5月17日の事。」
宇多子の言葉に、火燐は明らかにビクッとした。
「ええ、雛ちゃんは当事者です。」