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生死門の武〈上〉

穣の手を見た瞬間、有子は速やかに耳を塞いだ。


「どうした?」


火燐は一応耳も塞いだが、状況に全く理解不能。


「単純に手で塞いでも意味ありませんよ。」


紫苑が火燐の頭に少し手を添えて言った。


「これは(セカンド)身の力(フィフスセンス)を使う二感(ダブルセンス)変化異能(トランススキル)『無音キャノン』、強力な低周波音を作り出す異能(スキル)なんだ。貫通力が強いから、異能(スキル)でしか防げない、今貴女に低周波音のフィルター掛けたので、手下ろしてもいいですよ。」


「ありがとう。」


「しお姉、あたしにもお願い。」


「いやよ、一感(シングル)マスターでしょう?自分で対応しなさい。」


話している間、演武場はもう犇めき始めて、向こうの真伝弟子二人も少し眉をひそめたが、ダメージを受けているようには見えない。


異能(スキル)攻撃の中心にいる洪明峰に至っては、全く影響受けていないように見える。


「これはこれは驚きました、二種の感覚を合わすだけで威力がこうも違うんですか?」


「何言っている?ヒグマも象も内臓出血するような出力だぞ?何故無事でいられる?」


「これは我が生死門の極意の賜物でしょう?もっと攻めてみなさい、こちらも一から説明しますので。」


穣は無音キャノンを止め、そのまま貫手で洪明峰の胸を狙った。


その手は何か紫に光っているように見える。


「あなた方の言う感の力(センス)は、実は私達としては理解できないです。」


軽く右手で弧を描くように軽々しく穣の貫手を往なした洪明峰は語り始めた。


火燐は全く何が起きたかも分からないが、紫苑も有子も目を急に大きく開いたことから、多分穣の右手に触るだけで重傷を負うやばい異能(スキル)を発動しているに違いない。


「生死門の武術は、基礎拳法から体を鍛える、この最初の段階を定礎(ていそ)と言います。基礎拳法の鍛錬の末に体の最深部に内気(ないき)という力が湧いてきます、それが定礎が完成された標しだが、この段階での筋力はまだあなた方が言う身の力(フィフスセンス)マスターには遠く及びません。」


話しながらでも、洪明峰の防御は固く、穣の異能(スキル)攻撃を一歩も動かない状態で捌いた。


ビーム、超音波、レーザー、斬撃など、素手ではどうにもならないような攻撃は全部彼が叩いたら軌道がズレ、明後日方向に往なされる。


「定礎が完成したら、次はその内気で体を養い、体の品質を底上げします。これは築基(ちくき)と言います。内気を丹田から引き出し、特定のルートを辿らせ、体の経脈を活性化させます。この段階で筋力も徐々に上がっていき、やがて身の力(フィフスセンス)マスターと同等の筋力になります。」


「経脈を活性化させたら、人体にある五つの秘蔵も一緒に開かれ、最大の力を発揮できるようになります、その五つの秘蔵は脾臓の元気、腎臓の精力、肝臓の気力、肺臓の原動、心臓の生命。五つの秘蔵を全部開いてから、やっと身の力(フィフスセンス)マスターを越える筋力を持ちます。」


「五つの秘蔵を開く過程は『開天地(かいてんち)』と言います。この段階に達した者だけが門人として承認されます。そして次は内気で残りの経脈を全部貫通し、二陰を開け、これを『穿幽冥(せんゆうめい)』と言います。この域に達する者のみ、真伝弟子になれるの資格を手に入れます。」


「五大秘蔵と二陰を全部開けたら、内気は体の中で一つの循環になり、そして経脈の末端から漏れ出し、常時に体を守る罡気(こうき)となる、これを成せばもう並大抵の攻撃に当てられてもダメージにならない。以上は生死門の内弟子なら誰でも学んだこと。」


「これだけなら、アンタがレーザーを素手で弾く理屈が見えんが?」


「勿論、これからは普通なら真伝弟子にしか教えないことです、威力が少しばかり高いので、ちゃんと構えて受けて下さい。」


そして洪明峰は初めて構え出した瞬間、その場にいる全員がまるで世界が洪明峰を中心に回しているような奇妙な感じを湧き出した。


穣は一瞬で防御態勢に入り、防御用の異能(スキル)を何重も重ねて、周りの空気が歪んで見える。


「『開天地』と『穿幽冥』が完成したら、築基の段階はもう大成になるが、次の段階まではまだ一歩あります。それは築基で築き上げた体の内の天地を外界と繋いで共鳴させる、これを『通陰陽(つうおんみょう)』と言います。」


「体の中の『内天地(ないてんち)』と外の世界『外天地(がいてんち)』の共鳴が限界に達したら、次の段階である『通玄(つうげん)』に入り、一挙手一投足に世界の力が引き出されるように莫大なエネルギーが帯び、恐ろしいパワーを発揮する。このようにね。」


構えたものの、巧妙な足さばきも複雑な拳法もなく、洪明峰はただ右手をゆっくり押し出しただけ。


その手が穣の周りの歪んだ空気に触れると、不快な音が犇めき、まるで大質量の鈍器がぶつかり合ったような感じ、そして穣の異能が一重二重と次々に破られ、3秒もなく肩を軽く叩かれた。


後ろの火燐達もまるで山が崩れてきたような感じに当てられて、全員は震えと冷汗が止まらない。


「生死門の真伝は『大悲混元手』72式、『極楽天殤掌』36式、『生死二分手』108式。その中でもこうやって外天地のエネルギーを引き出せる技はたったの12式、これらを『外景(がいけい)技』といいます。」


「外景技は開天地が完成したら一応使えるけれども、外部のエネルギーが体に多大の負担をもたらしますので、普通の内弟子に教えていません。そして外景技を使わなくても、通玄の域にいる者は外天地のエネルギーをある程度動かせるので、外景技じゃないからって油断すると怪我してしまいますよ。」


「あるほど、その外天地のエネルギーで、レーザーや音波の威力を相殺した訳か?」


後ろにいる3人より一歩早く我に返った穣は冷静そうに言っているが、体はまだ震えている。


「そうです、そして先程も言った通り、罡気は物理的な防御力もしっかりあります。このように。」


洪明峰が床の破片を掌に載せると、その破片が手の少し上に浮くようになった。


「先程は詳しく言いませんでしたけど、手足に各々6つの経脈があり、その末端である掌から漏れ出し、こうして全身を覆う罡気になります。」


次に、破片を少し高い所から腕の方に落とすと、破片が見えない力に弾き飛ばされた。


「実際の風圧はありませんけれど、罡気の力は確実ここにありますので、不用心に触ると突き指になってしてしまいます、お気を付けてくださいね。」


それ先に言いなさいよ!とツッコミたいが、何も言えない火燐は(>_<)になった。


「では次は私ね。」


まだ震えは止まっていないが、紫苑は立ち上がった。


「え!?しお姉?本気?」


「もちろん、じゃないとここに来る意味ないじゃない?」


紫苑の答えに、有子はその明らかに高強度運動を想定していない長いスカートを見つめた。


「大丈夫よ、下はちゃんと運動用のズボン入ってるから。」


「そんなに急がなくても大丈夫です、すぐ隣に更衣室あるので。慎也、礼音に女性用の道着を持ってくるようと伝えてください。」


速やかにもうスカート脱がそうとする紫苑を止め、後ろの弟子に指示を出す所から洪明峰は普段もしっかりしているのが伝わる。


5分後、着替えた紫苑があまり整備されてない道場に戻った。


「すみませんね、ちゃんと整備する時間がありませんでしたので、何か履物をした方がよろしいのでは?」


「いいよ、こう見えて身の力(フィフスセンス)はマスターしてるんで、木の破片位でかすり傷の心配もないから。」


「それは頼もしいね。では始めましょうか?」


「とっくに始めてもらったよ!」


先手貰った紫苑は構えから繰り出すまでまるで流れるような綺麗なフォームで正拳突きを打った。


穣が最初にも使った、遠くから打撃を与えられるような異能(スキル)も発して、正拳突きと二段攻撃になった。


洪明峰はまた軽く手の甲で払おうとすると、何故か動きが鈍くなって、攻撃に間に合わなくなった。


「ほう?」


一歩引いて、やっと間に合った所、次の攻撃はもう続いてきた。


穣と違って、紫苑は最初から馬力全開で二感異能も使っている。


マスターした感が違うのか?レーザーやビームを使わない分、紫苑は炎を出す。


洪明峰の方は相変わらず表情一つ変わらず、淡々と攻撃を捌いているが、体の動きは目にも見えるようにどんどん遅くなっている、巧妙な足さばきも駆使してやっと攻撃を凌いでいる感じがする。


「どういうこと?紫苑さんはこんなに強いの?」


「あぁ、素手の格闘では、ライブラリーハウスで第三位か?丈と宇多子の次に強い、それに(サード)(フォース)(フィフス)三感(トリプルセンス)マスターなんで、攻撃用の異能(スキル)は僕より豊富だ。」


「そしてしお姉の心の力(アイデンティティ)は『亀甲縛り』っていう、範囲内の相手を縛り上げる能力だから、一対一だとすぐ優位取れる。」


「何そのヤバい命名?もっとマシな能力名にできないの?」


「しお姉自身が付けた名前よ?しお姉は昔誘拐監禁の被害者だったから、自分の心の傷に向き合った意味も含めてとても有意義な名前って、しお姉が言ったよ。」


またなんか重い情報が出たな!みたいな複雑な顔になった火燐であった。


「教えてくれるのはいいんですが、その音量だと向こうにも聞こえるんじゃない?」


「仕方ねぇだろ?ここ耳の力(セカンドセンス)をマスターしているのは僕だけ、メッセンジャーで会話できねぇし。」


「何それ?」


耳の力(セカンドセンス)異能(スキル)、特定対象のみに声を届ける変化異能(トランススキル)、それだけだ。」


「ま、聞かれた所で対処できる能力じゃねぇから、気にしなくていい。」


「確かに、それに動きが鈍っただけで、影響はそんなに大きくないみたいね。」


「その影響はもう十分大きいんだよ、紫苑の心の力(アイデンティティ)は鯨をも動けなくなるまで縛れるぞ、普通の身の力(フィフスセンス)マスターが異能サポートなしだと5秒で動けなくなる。これを基準で見れば、洪さんの筋力は本当桁違いだな、倍率低めの筋力強化だけじゃ敵いそうにないな。」


「鯨って何?」


「大型水生哺乳類だ、ドデカな魚だと思っていい。紫苑の限界測定に使った個体は確か22トンだったな、その時はまだ一感(シングルセンス)マスターだったから、今の出力はもっと高い筈。」


どちらもバケモノだな、みたいな顔になった火燐であった。


「ってか先の罡気についての説明なんだけど、あの洪明峰って、実はそのまま立っていてもダメージ通らないんじゃ?白染みたいに。」


「それだと組手と言えなくなるでしょ?」


「おう、バテた、心の力(アイデンティティ)異能(スキル)も全開だと7分が限界だな。白染さん以外で紫苑の全力を受け切る人がいるとは、やっぱ達人すげぇわ。」


いつの間にか使っていたストップウォッチを見ながら、穣は涼しい顔で言った。


「有子…次は…お前よ。」


「おう!任された!」


「いや、何も任せてないでしょ?」


心の力(アイデンティティ)異能(スキル)も好きに使っていいですよ、好きなように掛かって来なさい。」


「っしゃ!」


指ピストルは真っ直ぐ洪明峰を指し、親指を動かした瞬間、洪明峰の掌に小規模の爆発が起きた。


「え?目の力(ファーストセンス)もマスターしてないのに見えるの!?」


「『眼が視なければ魂は肝にあり』だからね、肝臓は気力の秘蔵として、筋力が増すだけではなく、視力と回復力増強などの機能も含めています。この秘蔵を開けるだけでライフル銃の弾丸が止まって見えますよ。」


「いやいや、可視域の部分は分かるけど、反射神経は意の力(シックスセンス)の範疇でしょ!?」


「そう言われましても、生死門に脳を鍛える術ありませんよ?」


こう言いながら、有子の攻撃を一発残らず掌で防いだ洪明峰である。


「有子の心の力(アイデンティティ)ってなんなの?そして紫苑さんの時も思ったけど、室内でこんな攻撃使って本当に大丈夫なの?」


「普通なら大丈夫な訳ないでしょう?ここの床も窓枠も木製だから尚更よ、私は異能(スキル)の威力をコントロールできるけど、有子はどうでしょ?」


酸素瓶を吸いながらも、紫苑は答えてくれた。


「ここは一応難燃コーティングの建材使ってるから大丈夫だろ?」


部屋のどこかの隅を指して、穣が言った。


「私の目の力(ファーストセンス)はまだレベル2だから見えないよ。」


「てか有子の心の力(アイデンティティ)ってなんなの?何故こんな爆発できるの?」


「それはアルコールを操る能力だ、登録名称は『ソムリエ』。ま、正確に言うと操るのはエタノールだがな、燃えやすいが燃焼熱はそう高くない、難燃建材を燃やしてしまうことはねぇだろ。」


「これは見くびられてんな?私は身の力(フィフスセンス)マスターよ!火の温度を上げるなんてちょちょいのちょいよ!」


洪明峰を回して走りながらエタノール炎弾を打ち続ける有子はまだ余談する余裕がある。


「やめなさい!他人の道場よ、燃やしちゃダメでしょ?」


「ほっとけ、有子が上がってくると、もうボコる以外じゃ止められん。」


「ボコるの?どうやって?」


「昔は私が有子を亀甲縛りで止めるんだけど、有子が身の力(フィフスセンス)をマスターしてからは卍固めも加えないと止められないね。ま、相手は達人だから、どうにかしてくれるだろ?」


「どこの猛獣よ?」


「うわっ、本当に温度を上げやがったな。洪さん、やちゃってください、頭に一発きついの。」


「は?ジョーお前!どっちの味方よ?」


「気にしないでください、多少火をつけられても問題になりません、組手は全力じゃないと意味ないでしょ?」


「流石The大人、じゃ私のとっておきを受けてみろ!」


洪明峰と更に距離を取り、有子は右手を高く掲げた。


すると、洪明峰を中心に、火が竜巻のように渦巻いて、天井にも穴を大きく開けた。


「わっはっは!白染の教え、攻撃が通用しなければ、窒息させればいい。」


「これ大丈夫なの?」


火燐は急に上げた温度と暴風に飛ばされながらも疑問を止めなかった。


「大丈夫じゃない?葵ちゃんは自分の母に首を吊るされて三日も経った所に、脳に目ぼしいダメージなかったし、達人にもなればもっと丈夫だろ?」


火燐:(゜д゜lll)


「『人生八苦(じんせいはっく)求不得(ぐふとく)』。」


火の竜巻の中で、洪明峰はまた構え出した。


また世界が彼を中心に回しているような感じになって、火の竜巻は脆く散らされた、そして洪明峰の姿がはっきり見えるようになった瞬間、その場にいる全員が精神の衝撃を受けた。

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