心の力《アイデンティティ》
巨大海上都市『海淵』のど真ん中に、今の人類の学術と技術の最先端が集う、文明復興の最前線がある。
その名は海原学園、就学前教育から高等教育が全て揃って、文明復興の人材を培う為の施設である。
この学園の片隅に、非日常が広がっている。
ヤンキー集団、美少女、そして危機に立ち入る人影、正に学園ラブコメの要素、危機に遭ったのがヤンキー集団である事を除けば。
ここの状況は、地に転がっている酷い火傷の15人のヤンキーと火花がパチパチ鳴っている美少女の間に、怪しい真っ白な人影が立っている訳の分からない状況。
少女はグラビアアイドルにも負けない整った顔に、ゴミを見るような目がヤンキー集団に向けている。黒に近い深いブラウンの瞳はその軽蔑さを増しているように見える。風になびかせる長髪はキレイで明るい茶色。海原学園のブレザー制服の上からでもはっきり分かる程の胸囲は対峙の緊張感があってもピクリともしない。
四月半ばの海原の空気はまだ肌寒く感じる筈だが、少女の周りだけがなぜか空気が歪んでいるような熱気が渦巻いている。
一方、少女と対峙している真っ白な人影は人間に違いないが、全身が眩しい程の装備に包まれている。
白いパーカー式のトップスに足首まで覆う長ズボン、袖は手の甲をも隠すほどの長さのロングスリーブ。白い手袋に白いミリタリーブーツ、顔に装着された真白なマスクはバックルでフードと繋がっている。肌はおろか、髪一本も出していない、そして反射が眩しい程の白い人影だ。
そんな人影に、少女が嬉しそうな表情になった。
「やっと見つけたわ、ホワイトファントム!」
でもホワイトファントムは少女に返事一つもなく、背を向けた。
ポケットからガラスの小瓶を取り出して、ヤンキー達に中の液体を撒いて、そして少女に「付いて来い。」の一言を残して、ホワイトファントムは場を後にした。
ヤンキー達は瓶の中の液体に撒かれて、深達性II度ぐらいの火傷がみるみるうちに治っていく、三秒もないうちに軽度火傷まで回復した。
この状況を見て、少女は少し眉をひそめるが、すぐにホワイトファントムに付いて行く事にした。
ホワイトファントムも少女が動いたと感じたか、急に一躍して、近くにある五層程の校舎の屋上に跳んだ。
そんな状況を見て、少女も驚いたが、すぐポケットから小さな袋を取り出して、その中の白い粉を撒いた。
出された白い粉は風に連れ去られず、霧状になって少女を包んで、急速移動で残像になったホワイトファントムのあとを追って行った。
繰り返そう、ここは海原学園、文明復興の人材を育つ為の現海原臨時政府が全資源を注いだ学術の最先端である。
20年前、人類は絶滅してもおかしくない大災害に遭った。
災害の隕石は多くの人々の命を奪った同時に、旧時代になかった物を齎した。
それは未だに正体不明の宇宙エネルギー、今も大気に漂っていて、生物にしか影響しないし、人間が今持っている手段を尽くしても観測不能のエネルギー。
そのエネルギーによって、生物は大災害の前より桁違いの身体能力を得た上で、二種の超能力を使えるようになった。
その一つは人それぞれ違うが、必ず持っている超能力、心の力。
それは『心映りし力』と言われて、人の個性に強く左右される力。
人格が形成されてから、その心の力はすぐ発見され、そして個人の心理活動、精神状態によって変換される、人格が定着するまで定着することはない。
例えば、せっかちな性格の人は電気の能力を持つことが多い、怒りんぼな人は火を操る能力を持つことが多い。
以上はごく一般で簡単な例でしかない、実際の心の力は深層心理と所有している知識等にも影響される。
せっかちな性格の人は電気を操る能力が殆どの原因は、中学教育で教えた電子の特性に『放電時は必ず一番近い電気伝導体に移動する』や『電気回路の中では、必ず最短路線を走る』等の知識は『せっかち』という印象を与えやすいからだ。
実際、電気の知識を全く持っていない人に電気の能力を観測した事はまだ一度もない。逆に一般論を逸した述べ方で電気の知識を教えられた人は、せっかちな性格じゃないのに電気の能力を持つようになることもある。この中の因果関係はまだ全部解かされていない為、心の力もまだまだ不可解な所がある。
心の力は人格まだ定着されていない子供にとって、外来的刺激で災害を齎す可能性が高い為、この時代の教育は倫理と啓蒙をカリキュラムの最重要課題として組み込んでいる。
今この少女、火野火燐が使っている能力は正に彼女の心の力である。
粉状物を自在に操り、そして自在に燃えさせる能力、『火の粉』。
この能力で、小麦粉を操って、自分を空に引き上げてホワイトファントムを追っている。
そのスピードは大目で見ても速いとは言えないが、空からはその白い人影見失う事はない。
三分後、火燐はホワイトファントムの姿が消えた建物の前に立っている。