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達人

作業員の指示に従って、火燐は空いているカプセルの中に入った。


カプセルは完全遮音のデザインで、ドアが閉めた途端、絶対的な静音が火燐を包んだ。


火燐は目を瞑って、全身全霊を耳に収集し、カプセルのスピーカーが発している超音波を聞き出せようとする。


これが耳の力(セカンドセンス)のトレーニング、カプセルは間歇的に超音波を発する、トレーニング対象はカプセル内でそれらに集中する。


音は聞き取れなくても、こんな環境の中では耳の力(セカンドセンス)は刺激され続け、少しずつながらも成長していく。


トレーニングレベルが上がれば、音波の周波数と音圧の変化も早く激しくなっていき、最終的に攻撃能力のある音波でトレーニングするようになる。


火燐はカプセルの中で30分いるだけで、精神の疲れを感じ始める。


音が聞き取れなくても、耳の力(セカンドセンス)は確実に刺激されているから、それに加えて超音波も生理的な影響をもたらすので、最初のトレーニングは長く続くことはできない。


火燐が限界だと感じる前に、カプセルは作業員に開けられた。


火燐は指示に従って、カプセルの中で10分程の緩和休憩と娯楽室で30分のリラックスをして、次のトレーニングに入る。


繰り返して3セット目が終わった所、葵が娯楽室に待っていた。


「3セット終わった?」


「うん。」


「有子はまたやらかしたので、もう少し掛かるよ。」


「どゆこと?」


「また異能(スキル)を使う時に変なアレンジ入れたから、異能解析(スキルアナライズ)に新しいパターンが出てきたので、今は絶賛リテイク中よ。」


「最初に注意されてなかったっけ?」


「アイツは自分の異能(スキル)が欲しくて今は色々トライしているのよ、異能(スキル)の開発は方向性がないと試行錯誤重ねても意味ないのにね。」


「普通ならどうやって開発する?」


「それ、開発経験ない人に聞いてどうする?白染に聞けば?そもそも異能(スキル)開発は(センス)を多くマスターしている人に向いてるから、単感(シングル)マスターに聞いてもあまり意味ないよ。」


そう言って、葵は立ち上がった。


「私は有子を待ちたくないんだけど、アンタはどう?」


「私も帰ろう。」


「じゃ早く着替えて、こういう施設は軍の協議でテレポ禁止だから、外に出ないとダメなんだ。」


もうすっかり転送待ち状態になっている火燐はΣ(0_0)になった。


また30分後、出口に出た瞬間ライブラリーハウスに戻った火燐はこう聞いた。


「あっ!終了の報告はしなくていいの?」


「私の方はとっくに済んでるわよ。アンタの方はおっさん関係ないから、報告するだけ時間の無駄よ。」


「よっ!初めてのトレーニングはどうだった?」


また物干し竿で腹筋トレーニングやってる丈は上から声をかけた。


「今はまだ特に何も感じないわよ、初めての3セットで成果が感じる程簡単じゃないんだよ。」


何故か答えたのは葵だった。


「それよりビッグニュースだ!有子は?」


丈と同じく、顔に幾つか絆創膏が増えた穣も話しかけた。


「またやらかしたわよ。」


「あー、じゃ後回しだな。」


「何よ?勿体ぶってないで早く言いなさいよ。」


「ほら。」


穣が渡したのは、何か高級そうな封筒、蝋で封をする時代違いそうな物。


葵は中身も見ないで火燐に渡した。


「あ?読まないの?」


異能(スキル)使えば、開かなくても内容読めるよ、封蝋まだ砕けてないでしょう?アンタ宛だから。」


どんな異能(スキル)かも気になるが、自分宛なのにライブラリーハウスに来るなら、きっと日置金勝紀からに違いないので、火燐は素早く封筒を開けた。


封筒の中に『ファイトマネー』のメモと一緒に2500円の現金が入って、そして次の対戦相手のお知らせだけ。


洪秀峰(ホンシュフォン)?誰?105戦105勝でまだBランク!?嘘でしょう?」


「ランクの件は知らんが、あの爺さんならこれぐらいの連勝は楽勝でしょう?」


「え?知り合い?」


「知るも何も、洪さんは軍の外部協力者よ、現在の軍用格闘術は彼と白染ともう一人の達人の爺さんが作った。」


「つまり強い?」


「当然でしょう?達人よ達人!聞かなかった?有子が1000人畳みかけても勝てないレベルよ!」


謎の例えで火燐は一瞬言葉を失った。


「その例えで分かるもんか?」


ツッコんだのは丈だった。


「火野は達人の標準知ってる?」


「いいえ、聞いた事なかった。私は元々こういうのに無関心な方で。」


「ほう?その割に弱くないな?」


心の力(アイデンティティ)の賜物です。」


「話戻そう、ジョー、解説頼む。」


溜息一つ吐いて、穣は達人の境について説明した。


旧時代の標準はさておき、新時代の達人の標準はただ一つ、強さ。


ある格闘技を完全マスター(免許皆伝)し、そして何らかの実績を残し、自他共に強さを認められた者にのみ、達人と認められる(証書あり)。


この洪秀峰は旧時代壊滅当時すでに60代にも関わらず、己の拳で道徳失ったアウトロー共から孫を守った。


あの混乱しかなかった時期、彼にしばかれたアウトローは千人以上だという。


かくして海原政府が結成できたのも、彼がいた船だけ治安が良かったからだ。


その実績あって、海原政府が結成した際、彼を軍隊の武術指南役として招き入れ、軍がやっと系統的な訓練ができるインフラは殆ど彼の意見あったこそだ。


今は海原の四大達人と呼ばれ、並みの達人よりワンランク強いのが、洪秀峰という男だ。


「げっ、そんな人は何故地下格闘に出る?」


「知らん、少なくとも金の為ではない筈だ、洪さんの月収はお前ん家の年収の5倍ぐらいあるぞ。」


「え?軍の給料ってそんなに高いの?」


火燐、本日二度目のΣ(0_0)。


「当然だろう?今は半ば引退扱いだが、軍の指南役は中将と同格だぞ?それに洪さんは南城区に道場開いていて、弟子はかなりの人数だと聞いた。」


「そういや最近そこ出の新人結構いたな?銃の扱いはさておき、格闘術だけクソ強い奴ら。」


「お前は二回くらい負けただけで事あるごとに突っつくな。」


「え?丈も負ける?初耳だ。」


なんでも首を突っ込んでくる有子がいなくても、こんな話題に興味津々の奴らはいる、今回深堀しようとするのは静かにファッション誌を読んでいた静緒だった。


「ええ、僅差だったが、異能(スキル)なしの格闘訓練でしっかりと二回負けている、因みにボクは何回やってもボロ負け、軍用格闘術は源流より多少変化が加われたが、実際やり合うと流石に分が悪い。」


「へぇ、そんなことあるんだ?」


「しかも洪さんのあの流派の鍛錬方法に何かある筈だ、同じく身の力(フィフスセンス)マスターなのに、俺が筋力で負けたぞ、変だろ?」


「確かにな、その点においてボクも気になる。体格の差で少し筋力が負けるならまだ分かるが、そこまで筋力に差があるのは不可解だな。」


「どういうこと?」


「火野は知らんのか?」


丈は葵の方を見た。


「えぇ、先月まで感のことすら知らなかったから。」


「ま、そう複雑の話じゃない。」


皆の視線はまた穣に集まったので、穣もため息しながら説明を開始した。


身の力(フィフスセンス)をマスターしたら、人の筋力が定着する、その最終値は身長やマスターした(センス)の数によって多少変わるが、膂力だけ言うと基本的に32.4±1.6トンだ。今の所、長時間のブランクを開けても衰えは観測していないから、軍では身の力(フィフスセンス)マスターの人の基礎鍛錬を免除している。」


「そんなにあるの!?」


「あぁ、因みに有子の膂力はサポートなしで31トンだ、ワンパンでビル一棟丸ごとぶっ飛ばせるぞ。」


「ひぃっ!」


「話戻すぞ、ここ半年ぐらいの間、洪さんの道場からかなりの数の弟子が軍に入ってきて、その全員が身の力(フィフスセンス)マスターで、精確な測定を取ったことなかったが、組まれると丈が全く歯が立たない処から見立て、素の筋力はボク達の二倍かそれ以上。」


「なるほど、だから丈が急に筋トレなんてするんだ?意味ないのに。」


「今の所は確かに意味ないな、だが丈に筋力の限界を超える方法を見つけるまでじっとさせるのも無理だろう?」


まさかの全員納得。


「つまりその洪さんの筋力は白染より強い?」


「あぁ、白染は(センス)を多くマスターしてるから並みの単感(シングル)マスターより多少強いといえど、素の筋力はボクらと大して変わらない、サポートなしの膂力は36トン前後、異能(スキル)なしでの筋力は洪さんが上の筈だ。」


「じゃ不利じゃない?」


「素での筋力が負けても、異能(スキル)入れれば勝てるさ、白染の強化(エンハンス)異能(スキル)は筋力を最大300倍にできる、それに実戦は筋力より異能(スキル)の影響が大きい、洪さんは異能(スキル)使えないから、この点において白染が有利。」


「ここはE5って書いてるんだけど?」


(センス)をマスターしていても異能(スキル)が使えるに限らない、OK?今の異能(スキル)はまだ軍と一部政府の協力企業の内部流通品だから、殆どの体育選手は直感で使えるヤツ以外の異能(スキル)も使えないだろう?」


「洪さんも軍の人じゃん?」


「洪さんは異能(スキル)を習う気ないんだ、武術家なんで、己を磨き上げるに異能(スキル)は外道だとか、あの人も色々頑固な所あるな。」


言ってる所、有子が急に現れた。


「たっだいま!」


「おう、有子、ビッグニュースだ。」


まだ物干し竿に掛かっている丈はすぐ洪秀峰の件を話した。


「なにそれ?来週見に行かなきゃ損じゃん?丈達はどう?」


「見に行くとも、週末だから時間はいくらでもあるぜ。」


「ボクは水曜日に長めの中抜けあるんだが、今は洪さんの道場の見学を予定している、一緒に行きたいヤツいる?」


「何それ?行く!」


「じゃ水曜日の正午、港区基地の第二仮眠室だな。」


「有子が行くならやな予感がするから私はパス。」


「丈は?」


「俺当番あるから行けん。」


「惜しい、面白そうなのに。」


「丈行かないなら私が行ってみようかしら?」


「しお姉も興味あるの?珍しい。」


「じゃ見学参加者はボク、紫苑、有子でいいな?申請出すぞ?」


「雛行かない?たまに出掛けようよ。」


雛:0_0!


多分目の力(ファーストセンス)の応用だろうか?2階から顔文字が投影されてきた、明らかに嫌そうな感じだった。


「フられたね。」


「よくある事よ、白染か宇多子いないと、雛と光は外出たがらないんだ。」


「じゃその宇多子は?」


「宇多子も割とインドア派だよ。何もないと一日中家事ばかりやるんだ、うちのトイレ毎日ピカピカでしょ?」


「アンタはたまに手伝いなさいな、火野でもキッチンの清掃手伝ったことあるよ?」


「夕食作るのよく手伝うじゃん?」


「勝手に珍味を作ってるだけでしょう?アンタいつか学食のキッチンみたいに出禁喰らうわよ。」


「んなことはさておきよ!その見学は私も参加していい?」


「おうよ。」


「いいね、その輪に入ろうとする姿勢は評価するぞ。」


「なによその上から目線?すごく嫌なんだけど?」


「他行きたいヤツいる?いないなら申請出すぞ?」


「出せ出せ、どうせ他のヤツ行かんだろう?」


「午後一時限、授業ある。」


「パス。」


葵と千影も意思表明したら、穣は申請出した。


「水曜日正午な、遅れると待たんぞ。」


「何故それ行かないヤツが言う?」

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