初戦
日置金グループが運営するデパートに食べ放題がある訳がないと知っていながら、メニューに載っている値段にびっくりする。
そして値段を全く気にせずに大量注文している宇多子を見て、火燐は今日第何度目かの『流石はお嬢様』と思った。
「火燐さんは何が食べたいの?注文はご自由にどうぞ、白染の奢りでいいですよ。」
「えっ、こんなの悪いよ。」
「気にすんな、好きなだけ食え。」
もう三杯目のサラダを食べている白染が頷いた。
「馬肉はお勧めだぞ、あとこれ豚の肝臓らしいよ、この海豚っていうステーキも追加注文しよう!」
「あっちゃんまた変なもの勧めようとしている!」
「本当に美味しいよ、光も試して。」
「あたしの鍋に変なもん入れんな!」
「葵、ナイスガード!」
貸し切りの宴会室の中で、いつもと違う雰囲気のせいか、ライブラリーハウスの皆もテンションが高め。
一方、宇多子は注文終えたら、白染とこれから出る試合について話し始めた。
もうここに来る前に、試合に出ることを予想したから、予め情報を集めたらしい。
主に選手情報をどう書くかについて、どう書けば騒動にならないかと話している。
宇多子の読みによると、最後は試合に出ることになっても、今日じゃないから、この件の話を来週にしたかったが、白染が急に今晩試合に出ることになったから、宇多子も珍しく急いでいる。
一時間半の夕食で、最後の精算額を覗いたら、自分の実家の工場三ヶ月分の営業額になっている。
白染は精算後直接出場登録に行った、ライブラリーハウスメンバー達もそれぞれ自由活動に出た。
火燐だけやることがなく、本屋で時間を潰すだけだった。
そして10時頃に、やっと宇多子からの連絡が入って、適当な所で集合することになった。
「お待たせ、白染はもう控室にいるので、私たちも行きますよ。」
待ち合わせ場所に着いたら、そこにいるのは宇多子だけ。
宇多子と手を繋いだら、一瞬何かに引っ張られた感じがして、次の瞬間もう選手控え室にいた。
周りに他の選手が怪訝そうな顔で火燐達を見ている。
「ここ出て右、突き当りにまた右、選手エリアから出てからはスタッフに聞けば分かる。」
白染は自分の選手パスを宇多子に渡したら、また本を読み始めた。
「では皆、行きましょう、白染の試合は30分後、第三アリーナです、いい場所を取りますよ。」
宇多子がリーダーとして、ライブラリーハウスメンバーと火燐を効率よく第三アリーナのVIP観戦室まで案内した。
「おー、デッカいソファ!」
有子は早速窓張り前のソファにダイブイン。
「有子、真ん中をすぐ占領すんな!」
そして有子は葵のジャーマンブリッジを食らって、そしてソファの右端に投げられた。
毎回見ると思うが、こいつらの仲も穏やかではないなと思いながら、火燐は静かにソファの左端についた。
デカいソファの前には、一面の防弾ガラス。
ガラスから見るアリーナは小さく見えるが、目の力がレベル3位あればはっきり見える。
レベルが足りなくても、ガラスの内側にスマートスクリーン機能も備えていて、アリーナの周りに設置してある高性能カメラでリアルタイムに観戦できる。
流石VIP観戦室というところだ。
ガラスから見て、同じ水平にある部屋は他に3つしかない、そして真正面の室に何故か日置金勝紀が入っている。
暫く待つと、前の試合の清掃が終わって、レフェリーがアリーナの真ん中に立った。
同時に、四方のVIPルームの真下にあるデカいディスプレイに、参戦選手のシルエットが大きく出ている。
『皆様!急な催しに来場していただいて誠にありがとうございます!本日勝紀様直々の指示で、ある男のデビュー戦を行います。』
解説の声がスピーカーから流されながら、片方のシルエットが白染になって、選手の情報も羅列されている。
“万代白染、男性、26歳、身長:192cm、体重:120kg、ランク:なし、登録レベルE3”と出ている。
『本日デビューするのはこの万代選手、勝紀様の許可があるとはいえ、初戦で直接ランカーに挑むのは自信なのか?ただの驕りなのか?彼の相手はCランクのトップ、アサン.バーサッハ!』
白染の相手のシルエットは肌が麦色の茶髪男性になった。
“アサン.バーサッハ、男性、32歳、身長:188cm、体重:97kg、ランク:C、28戦22勝、登録レベルE2”
「紛らわしい、ランクもレベルも英字にしたの誰?」
葵が珍しく一番意見を出した。
「そうそう、混乱させるよな?」
有子はすぐ賛同した。
「レベルは政府が決めたものでしょう?闘士ランクはここだけのものなら、ここのランク表示は変えるべきだ。」
「登録レベルは今年の2月新しく設立した標準、ここは去年の6月でもう営業開始だから、この為だけにもう直ぐ一年使い続けたものを変えるのが癪でしょう?あのひきなんとかって男の個性悪そうだし。」
「千影ちゃん、陰から人の悪口言わないの。」
「あの、先から言ったレベルって何ですか?六感のレベルと違うんですか?」
ライブラリーハウスと何日も付き合ったから、火燐もようやく話が逸れる前に自分の質問を入れるタイミングを掴めるようになった。
「それは六感教育をカリキュラムに組み込むついでのものだ、火野も心の力の脅威レベルを知ってんだろう?」
答えたのが有子、そして有子の質問に、火燐は頷いた。
心の力の脅威レベルとは、能力管理の一環として、心の力を登録している海原国民全員に付けているレベル、EからAの5つある。
レベルEとは、能力自体をどう利用しても人に害を成す可能性がない能力。
海原の総理大臣である藤原氏の能力は自分の半径5mの影を全部なくす、このようなどう悪用しようも人に害を成す可能性がない能力はレベルEというわけだ。
そしてレベルが上がっていくと、危険性が高くなっていく。
レベルAにもなると、使い方によって大規模の死傷を齎す可能性があると言われている。
因みに火燐の心の力はレベルBである。
「人格が形成されたら必ず心の力も覚醒すんじゃん?それが基本の1にして、マスターした感の数を足すとあのレベルになるんだ、因みに白染の本当のレベルはE7だぞ。」
「あの男の能力ってレベルEなの?もっとやばいものだと思った。」
「いんにゃ?白染の心の力は超無害だぞ、変な白いペースト状なもんを分泌するだけ。」
何その猥褻的な能力?と言わんばかりの顔をする火燐。
「白染の能力は耐震絶縁断熱防水完全遮光劈開性なし摩擦係数0の物質を作り出すのよ、普段身に着けているあの白い服も私がよく着るワンピースも全部それで作ったの。」
有子の雑な説明を耐えられず、宇多子が珍しく強めな口調で説明した。
「何それ?超合金?どんな個性の表し?」
「それは後にしない?試合はもう結構進んでるのよ?」
葵の言葉で、火燐がはっとアリーナの方に目を向いた。
アリーナでは、白染の相手はもうボコ雑巾にされて倒れているが、レフェリーのカウントダウンが始まったばらり。
「うわっ、白染が犯罪者じゃない相手にここまでするの珍しい。」
「最初の探り合いが終わったら急にサブミッション交じりの投げ技で骨折させながら殴りかけた、相手は前科者なのかな?」
「前科があっても、ちゃんと法的に裁かれていれば更生する機会を与えるといつも言うじゃん?」
「まさか指名手配犯?」
「そんなのここで出しちゃダメでしょう?」
先の渡り合いがディスプレイで再送しながら解説が説明している所、相手の怪我は視認できるほどの速さで治っていき、カウントダウンが9の所に立ち上がった。
「おお、強めにやっても大丈夫だからか?」
『ハハ、俺がこうも一方的にやられたのは久しぶりだな、』
VIPルームのスピーカーから急に流されたのが男性の声。
ランクC以上の試合に出る選手は皆特製の咽喉マイクを装着し、試合中の会話を観客に聞こえるようにする仕様である。
『何回やっても結果は変わらん、そのまま伏せていればどうだ?』
『おおっ!万代選手は煽った!』
「煩い!」
葵はリモコンでVIPルームのスピーカーをミュートにした。
「宇多子、白染の声だけにして。」
「いいですよ。」
葵のリクエスト応じ、宇多子はガラスに指を差した。
『…くぞ。』
ガラスから白染の声が出てきたが。
アリーナ上、白染はまた相手に殴り掛かった。
白染の言う通り、今回も同じく相手がボロ雑巾になって投げ出された。
「なんか、今日の相手は弱いね、ランクCの王者とか言ってて焦ったのに。」
「当然です、白染と比べればどんな相手でも弱いんです。」
「そうそう、白染とやり合える生物っていないよ、軍の4強っていうあのA5の四人は毎回一緒にボコられるね。」
「この間のあの音駒覚えてる?あの人も人間としては最強クラスだが、白染を相手にして手も足も出なかったじゃん?」
白染の事になると、ライブラリーハウス全員がやたら食いついてくる。
話している間、相手はもう一度同じやり方でやられた。
「これ、いつまで続くの?」
「えっと、こういう自己回復系の心の力に限度は必ずある、それは体を回復させる為のエネルギーだ、使い果たせば回復できんっと、白染は言いました。」
「そのエネルギーをどんだけ蓄えてんだろう?今は夕食後ですから、エネルギーの備蓄が多い方だな?」
有子が言いながら、タッチパネルで食べ物を注文して、隣に座っている葵にパスした。
「こりゃ長期戦だ、雛は大丈夫?」
「少し寝るの。」
「光も。」
言いながら、実は光はもう半ば寝言で、雛もとっくに千影の肩を枕にしている。
「確かに、時間かけますね、雛ちゃんと光ちゃんは先に帰りますか?」
白染の状況を感じながら、宇多子は雛と光に聞いてみた。彼女も白染の力を借りれば咫尺天涯を使える。
「白染まつん。」
むにゃむにゃしながら、雛と光は口を揃って答えた。
普段は色々煩い奴らで、いつも何か言い合って、話もすぐ逸れるが、こういう時に彼女達は家族だと感じさせる。
『もう子供達の寝る時間だ、すまんが場外して頂こう。』
何回目かのダウンで、白染は急に言い出して、何か手で印を結ぶ。
「何が起こる?」
「印を使うのは変化か定制かで、白染でも印が必要となるのは大定制だけ、場外と言ったら相手をどっかにやるから、カオステレポートじゃん?」
ライブラリーハウスと共に過ごしたこの数日で、火燐も色々異能に関する常識を覚えた。
定制とは意の力で予め効果を固定して、指定された範囲に指定された機能を自動的に力が尽きるまで働かせるタイプの異能。
複雑な定制ほど、強い意の力で制御する必要あるが、簡単な定制でしたら意の力がレベル3でもあれば十分。
そして複数の定制を組み合わせてより複雑で強力な能力を生み出すのが大定制。
今の海原で、一人で複雑な定制を使える意の力をマスターした者はたったの6人、その中で一人で大定制を組めるのが白染だけだ。
そして今結んでいる印は、六感の力をもっと効率的に動かせる為のもの。
その仕掛けを割って見ればただの条件反射、一つ一つ特定な仕草に力の流れに結び付き、都合よく組み合わせるだけ。
強いて言えば、印である必要すらない、特定の足捌き、ダンスのステップ、決まった構えなど、条件反射で結び付け得る仕草ならなんでもいい。
そして今回の大定制は印を結ぶだけで構造した。
相手が立ち上がって、レフェリーが再開の合図をした瞬間、相手の姿が消えた。




