泡渕宇多子
「集合的無意識の景色は如何でしょう?」
もう質問されたから、火燐も思わず疑問を吐き出した。
「ビッチってどういうこと?」
「それは他人が私に抱いているの印象、ビッチ等のネガティブ印象は主にあまり私と話した事のない人が抱いている攻撃的な印象です、気にすることありませんよ。」
「こういう『悪意を抱いている』印象によるジャミングが重なると、現実における影響は焦り、落ち込み、軽めの鬱等、更に進めば徐々に動悸、疑心暗鬼、深刻な鬱になりますので、何か兆しでもあったらすぐ相談に来て下さいね。」
「私がどうなる前に、貴女の方が深刻な状態なのでは?」
「私は大丈夫ですよ、火燐さんも見たと思いますが、私には強固で正確なアンカーを持っていますので。」
「そういえばあれは何なんですか?あの視界でまさか直接宇多子を見れるとは思わなかったから、思わず目を開けてしまったわ。」
「それは白染からの印象です、言ったでしょう?強固で正確なアンカーを持っていますって。」
「それも人格アンカー!?」
「そうですよ、これは白染からの承諾、彼は私達の最も正確な印象を抱いてくれる、これによって、多少の悪意や誹謗中傷は私達に影響を及ぼす事はありません。」
現実世界で誰かに認められると自信が付く的な感じでしょう?っと、火燐はこうやって理解した。
「皆の中でも、私は白染と直接意識が繋がっていますから、印象の鮮明さはまた一層強いです。」
「それはどういうこと!?」
「そういえば、まだ火燐さんに言ってませんでしたね、白染と長く繋がると、何でも分かってしまうから、基本的な所は逆に忘れてしまいますね。」
宇多子は言いながら、頭の右側にあるあの複雑な編みを解き始めた。
「火燐さんは私のお父さんが誰か知りますか?」
「ええ、現防衛相の泡渕祁三郎さんですね?」
宇多子は海原学園で一番の人気者、彼女の基本情報を知らない者の方が少ない程、火燐も当然宇多子の情報を少なからず抑えている。
彼女の父は現海原の防衛大臣、七万軍人のトップ、海原で最も権利を握っている者の一人。
こんな正真正銘のお嬢様は何故この寮にいるか?何故使用人はおろか、自身が他人の面倒を見る様になっているか?そして何故白染という男の意識と繋がっているのか?
「そうです、外から見れば、私は殆どの人と違って、勝利者です。ですから、比較的にいい生活お送られなかった人にとって、私のような人は目の敵でした。」
宇多子はやっとあの複雑な編みを解けた、髪の下に隠されたのは、見ただけでも当初の怪我はどんなに酷かったのを想像できる傷跡。
傷跡に髪は生えないから、傷跡の両側から髪を結んで傷跡を隠しているだろう。
「それは私が8歳の頃でした、その日はいつも通りだった、放課後真兄ぃが迎えに来てくれて、寄り道してクレープを食べてから公園に行こうとしました。」
ここまでの話と宇多子の穏やかな顔と合わせて、火燐は一瞬今は楽しい思い出を話している錯覚した。
「公園に入る手前、急に7人の男が現れて、何も言わずに鉄棒で私達を襲った、私が覚えられるのは頭に激痛が走った事、そして起きたらもう3ヶ月後との事。」
ここまで話して、宇多子の表情もどこまでも穏やかで、怖い思いでを話しているように見えない。
「犯行用の得物は工事現場でよくある太めの鉄筋でした、私の頭に直撃し、頭蓋骨の繋ぎ目を粉砕骨折させました。骨の破片が脳に嵌めてしまいまして、一命を取りとめたものの、深刻な記憶障害を残した。」
「意識が戻ってきたばかりの頃、私の記憶は3時間も持たない。覚えられないではなく、脳の記憶の連続性を処理する部分が抉られたため、記憶を自分の物だと認識できなくなります。」
「あの頃の私は何時間かおきに急に襲われた直前の自分に戻られて、自分のだと実感湧かない記憶に溺れられて、自分の中に自分ではない何かがいるような恐怖に怯えながら、何百回何千回襲われた瞬間の恐怖を味わっていました。」
宇多子の表情は全く変わっていない、声のトーンも落ちていない、それでも火燐ははっきりとあの頃の宇多子の恐怖を感じたように抑えられない位震え出した。
「そんな状態から解放されたのは入院して4ヶ月経った頃でした、お父さんが急に白染を私の療養室に連れてきて、私に白染から離れないように言いました。」
「そして私はすぐ退院しましたけれども、帰った所は家ではなくここでした。記憶障害も嘘のように発作しなくなりました。」
「私が来たばかりの頃、有子ちゃんはまだ来てなくて、一緒に住んでいたのは紫苑さんと瑠香さんだけでしたね。」
「あの…だから何故貴女が白染と繋がることになってんの?」
直感で話がズレてしまうことを察知、火燐は一言挟んだ。
「あ、そうですね、これは後から分かった事でしたが、私の事をお父さんから聞いて、白染は私の為に異能を作ってくれました。最初は変化異能で、私に異能を掛け続ける事で、白染の脳の機能を私に分ける事ができました。それで私の脳の記憶処理機能が補われて、記憶障害が発作なくなりました。」
「あの頃はまだ定制の概念がなく、白染は人力で私に異能を掛け続けるしかできませんでしたから、2年あまりの間、私は本当に白染から200メートルを離れた事もできませんでした。」
「そして異能の副作用で、私と白染の意識はいつも繋がったままでした。私の思考は白染がそのまま読み取れるし、逆も成立できます。」
「え!?それだと不便じゃないの?」
「いいえ、そんな事ないよ、こうやって連絡の時はとても便利じゃないですか?」
と、宇多子が言ったら、白染は急に宇多子の後ろに現れて、解けた編みを目にも止まらぬスピードで編み上げて、そしてまたどっか消えた。
「でしょう?」
ドヤ顔の宇多子に、火燐は絶句した。
「まぁ、冗談はさて置き、当初は不便を感じるより、怖かったんですね。」
「どういうこと?」
「だって、8歳の子供にプライベート意識なんてないじゃないですか?だから不便を感じる事は一度もなかったよ。」
これに個人差はあると思うが、火燐はノーコメントにした。
「それに比べて、白染の意識は普段いつも凪の海面の様な平穏な感じなのに、何か問題に遭ったら真っ先に湧いてくるのが殺意ですから、昔私はかなり白染を怖がっていました。」
「さ…殺意?」
「ええ、白染と繋がっているから言えます、白染の殺意は本物です、それは波がない海に急に津波が襲ってくるようで怖いですよ。」
楽しげに話し出したのはこんな物騒な話。
「あ、でも安心して、私が白染を見ているこの8年間、白染は一度も衝動で人を殺した事はありませんでしたから。」
「それって、つまり衝動以外の原因だったら殺すという意味?」
思わずツッコみを入れてしまった火燐。
「まぁまぁ、そんなことお気になさらず、白染は危ない人ではないだと知っておいてくれますと助かりますわ。」
含みのありそうな言い方に、火燐は逆に気になるようなった。
「物騒な話はさて置き、白染は私の為に、もっと長く続ける異能の形式を考えて、そして作り出したのが定制異能です。」
「定制異能?」
「ええ、規制を定めると書きます、予め識の力を既定の方法で定着させて、力が尽きるまで影響範囲内の法則を置き換える類の異能ですよ。」
宇多子は目の力で光を操って、直接定制異能の漢字を書いて見せた。
「簡単な定制は一識でもできますけれども、より複雑な効果を達成する為に、意の力での微調整が必要になります。私の頭にも脳の機能を補える定制異能を掛けてあります。一回掛ければ12時間持ちますので、朝夜一回ずつで白染の手も省けてとても便利なの。」
「つまり宇多子さんは今白染と繋がっていない?」
「いいえ、繋がっていますよ。」
「え?でも今は定制を使っているんじゃないの?」
「確かに定制の方は私と白染の意識を繋がらずに脳機能を維持できますけれども、白染と繋がりたいのは私の方からリクエストです。白染がいつも傍にいるような感じで、とても安心ではありませんか?」
こんな思考は同意できないので、火燐はまたノーコメント。




