8 告げ人のルーミヤ
私はルーミヤから一通りの質問を聞いた後、考えをまとめるために少しだけ無言タイムに突入した。
相変わらずシャウラ様は眠っているが、それは置いといて……まず、ルーミヤは水の女神スイラ様に仕えていることが確認できた。呼び方は従者ではなく、『告げ人』ということであったが、私と相違ない役回りだろう。
次にこの神殿の状態について質問をした。どうしてこのようなことになっているのかということについてだ。
ルーミヤ曰く、『数ヶ月前からスイラ様は異常をきたしていた』との情報が得られた。どのような異常なのかは様々で、突然発狂をしたり、頭を抑えて苦しんだり、何かブツブツと訳の分からない言語を呟いたり……とにかく色々だったようだ。
私はルーミヤが何故神殿の外で倒れていたのか? ということも聞いた。スイラ様という女神様に仕えているのであれば、優遇されるのは明確で、ボロボロの状態で倒れるというのは意味が分からなかった。しかし、それも異常をきたした数ヶ月前からの待遇であったらしい。
やっぱり、何かがある。
そして、シャウラ様はいち早くこの異変に気付いて行動を起こしていたのだ。流石、死んだ都市に暮らしていても、女神だけはある! ……いや、これ褒めてるからね。
「……ふぅ、おっけー。ごめんなさいねルーミヤ。一人で考え込んでしまったわ」
一旦、考えるのをやめ、色々と語ってくれたルーミヤに顔を向ける。ルーミヤは首を振って私に『大丈夫です』と言ってくれる。やだ、可愛い……。
「こちらこそ……聞いて頂いて、少しスッキリしました」
「それは良かった。あっ、何か食べる? 多分お腹空いているでしょ?」
「はい、実は三日くらい何も食べてなくて、恥ずかしながら腹ペコです」
やっぱりね。お話が長くなって後回しになってしまったけど、私は持ってきた荷物から長いパンを取り出す。
このパンはとんでもなく硬いけど、長期保存に向いているのでいつも持ち歩いている。足りなくなったら、どこにでも売っているこのパンは、私のお気に入りである。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
長いのを少しちぎって、ルーミヤに渡す。
ルーミヤはパンを受け取ると余程お腹が空いていたのか、思いっきりかぶりついた。
結局、そのパンは全てルーミヤに与えて、なんと完食。
いい食べっぷりでした。
「ご馳走様です」
「はい、お粗末様」
私も多少は食事をとり、十分な休憩を取れた。
なので、そろそろ出発すべきでは? と思い至り、よく眠っているシャウラ様の肩を揺すった。
「シャウラ様、そろそろ行きません?」
シャウラ様は眠いだろう、中々目を開けない。しかし、意識はあるようで……。
「うぅ……ああ、分かった。あと一日寝たら出発できるぞ」
「いや、それは遅すぎますから。日、跨いじゃってますから!」
これは寝言なのか、寝起きで意識が錯乱しているのか……もしこれで正気の発言なら、とちょっと戸惑う私。
しかし、そんな憂いもすぐに晴れる。
私のなんとも言えないような顔を薄目で確認したシャウラ様はクスクスと微笑んだ。
「もちろん冗談だ。さて、そろそろ行くか」
「やめてください。ちょっと本気にしたじゃないですか」
「まあ、そう怒るな。人には娯楽が必要なんだ」
「私をその対象にしないでって意味です!」
全く、シャウラ様はちっとも分かっていない。
振り回されるこっちの身にもなって欲しいわ。
いつでも私はこの人に振り回されて、今回の旅であっても、シャウラ様の発言によって私は付いて行かざるを得ない状況になったのだ。
誰かと戦うのであれば、お城にいた狼のシェアルを連れて行けばと思うし、そもそも私を連れて行くメリットがない。いや、強いて言うなら、毎回私のことを振り回しているシャウラ様は少なからずその状況を楽しんでいるから、つまりそういうことだろう。
私は都合のいい芸人じゃありませんからね!
「クロナ、少し落ち着け」
「誰のせいですか? 私で遊んでるでしょう?」
「それは君の気のせいだ……と、言っておこう」
「回りくどい。そういう言い方してる時点で、確信犯なんですよね……」
でもまあ、いいや。これ以上こんな掛け合いしてても、なんか私が損してる気分だし。
私は受け入れた。
私はそういうキャラなのだと、シャウラ様にとっての弄りやすい存在であると、諦めました。
「まあこれは面白いからいいとして」
「遊ばないでください!」
「それより、そこの女から何か有力な情報は聞けたか?」
話を変えるのが上手い。
ふざけた展開から、急に真面目なトーンに口調を変えるのはズルい。
「聞けましたよ。あまり気分のいいものじゃありませんが」
「話してくれ」
渋々、私はシャウラ様にルーミヤから今までに聞いたことを話した。
スイラ様の異変を事細かく説明するたびに心が痛む。
つまり、私は認めたくないのだろう。シャウラ様が他の女神と命の取り合いをするということを。
でも、私も聞いてしまった以上、シャウラ様を止めることもできない。もっともらしい理由も私は理解してしまったから。その理由に私自身も『そうだ』とそれを認めてしまいそうだから。
一通りのことを話し、私はゆっくりと息を吐く。
私の顔はさぞ歪んでいることだろう。悲劇の引き金を引いてしまった後ろめたさ……あるいは、別の何か。
なんだっていい。恐らく、話そうが話すまいが、シャウラ様のお考えは変わらないのだから。
「大丈夫か?」
でも、そんな弱い心だから、シャウラ様に心配を掛けてしまうのだ。それだけは……したくない。
「大丈夫です。それより、ルーミヤに説明しないといけませんね。今から私たちは……」
咄嗟に話題をずらす。
でも、話題の対象をずらせたにしても、根本的な内容をずらすことは出来なかった。
「そうだな。ありがとうクロナ」
「いえ……」
シャウラ様は私の言葉を聞き、ルーミヤに向き直る。
私もそれに続いてルーミヤに見入る。置いてきぼりで、話を進めてしまったものの、ルーミヤも当事者の一人だ。このことを聞かなければいけない一人なんだ。
「ルーミヤと言ったか?」
「はい、ルーミヤと申します。水の女神、スイラ様に仕える『告げ人』をやっております」
「そうか」
重苦しい沈黙。
シャウラ様が次の言葉を発するまでに暫くの静かな時が流れた。私もルーミヤも息を殺して次の言葉を待つ。
「お前に伝えなくてはならないことがある」
シャウラ様はそう言った。間違いなく、いきなり本題を切り出すつもりだ。私には分かる……そもそも、シャウラ様は話を濁したりするのが苦手なので、前置きに世間話とかも挟まない。ビシビシと言いたいことを言うところは尊敬していますけどね。
「はい、なんでしょう」
ルーミヤも覚悟の眼差しを向ける。
私はこの会話で出てきちゃいけない人なので、背景と化すように不動です。
「私はシャウラ。俗に言う闇の女神だ」
「はい、なんとなく分かってました」
「そうか。私が何を言いたいかも分かるな」
「はい……スイラ様のこと、ですよね」
「ああ、私はスイラを殺すためにここに来た」
シャウラ様に神殿に来た理由を打ち明けられたルーミヤの表情は想像とは違い、とても落ち着いており、穏やかであった。何故、そこまで冷静でいられるのか、私には分からない。
ルーミヤは曇りなき瞳で、シャウラ様と目を合わせる。
「やっぱりそうですか」
「分かっていたのか?」
「スイラ様からそれとなく、シャウラ様のことは聞いていたので……でも、まさか私が生きている間に来るとは思っていませんでしたが……驚きといったらそれくらいです」
事前に聞かされていた。それなら、今この場所にシャウラ様が現れたとしても、心の準備くらいはしているだろうし、驚かないというのもなんとなく頷ける。でも、どうしてルーミヤはこんなに警戒心がないのだろう。
本当なら、憎悪の感情を剥き出しにしてもいいと思うけど。
そんなことを思ったのは私だけでなく、シャウラ様もであった。
「お前の主人を殺す存在がここにいるのに、随分と落ち着いているな」
「そうですね。私も不思議です。シャウラ様のことをもっと警戒して、憎悪して、最悪泣き叫んじゃうかと思いました」
ルーミヤは一呼吸置き、静かな声をまた口から吐く。
「でも、それはただの先入観でした。実際シャウラ様に会ってみて、そんな感情は湧きませんでした……」
私には分からない。普通は話を聞いただけで悪感情が湧くはずなのに、私は知らないことだらけだ。
人の感情は私が一番分からないもの。それこそ、シャウラ様がどんな気持ちで今の会話をしているのかも分からないし、ルーミヤの気持ちはもっと分からない。きっと私は
、シャウラ様を殺そうとする存在が目の前に現れたとしたら正気を保てない気がする。
「分からないな。何故そこまで、私を信用する。君はスイラの従者なのだろう」
シャウラ様が投げ掛けるのは、疑問。
自分を信じるルーミヤが理解できないということからくる疑問だ。
私もそれに関して、とても気になっていたので、固唾をのんで見守る。
そして、その疑問に答えを出すようにルーミヤは口を開いた。ゆっくりと胸に手を当てながら。
「その通り、私はスイラ様の従者です。だからです。だからこそ……私はシャウラ様を信じるのです」
分からない。その回答の答え自体、私とシャウラ様は理解し兼ねている。でも……その気持ちが本当であるというのは、ルーミヤの視線から十分に感じ取れるのだ。
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