4 頭の狂った人の日記
『拝啓私。
お元気ですか? いや、生きてますか?
私は今から旅に出ることとなります。
同行者は闇の女神であらせられるシャウラ様。目的は各地にいる他の女神様を討つこと。抵抗は物凄い大きいですけど、シャウラ様の命令です。仕方ないです。
女神と戦うということで、私にも剣が渡されました。真っ黒ないかにも悪役が持ってそうなやつです。
はぁ……女神と一戦交える。神と人が戦う……あれ、詰んでない?
これはもう、想像を絶する大冒険の予感がしますね! あっ、そうだ。お土産は何がいいですか? 私の骨とかどうですか? いらない? そうですか。なら、私の遺言とかですかね。あははっ。
まっ、骨も帰ってくるのか怪しいから、消去法で遺言書を残すんですけどね!』
「はあ……頭が可笑しい人の日記じゃない」
自室の日記帳に意味もないことを書き綴る。ついでに宣言通りに遺言書もそっと机の引き出しにしまう。多分帰ってこれないだろう。……というか、運が悪かったら数日後には天国に召されますよ!?
シャウラ様と会ってから三日経った。
これまでのうだうだした日常から一転。私はシャウラ様のご指名で、女神討伐のお供にさせられた。
女神を討つ。簡単に言えば、彼女たちを殺すということだ。
同じ女神をシャウラ様が殺しに行く。
なんとも理解しがたいことであるが、なってしまったものは仕方がない。怖くてたまらないが甘んじて受け入れよう。
女神を討つなんて、口で言うものの、そう簡単ではない。女神は魔法を使えて、女神が従える従者も魔法を使う。
魔法を使ってくる者というのははっきり言って恐ろしい以外の何者でもない。
しかし、残念ながら、私にはその才能がないのか、シャウラ様の従者でありながら魔法が使えないのだが……まあ、珍しい例外だ。
そんな魔法が使えないポンコツ従者である私、クロナは他の女神が従える従者と一戦交えることとなるだろう。
つまり、何が言いたいかというと。今から無謀な旅に出る。
「これでこの家とも最後か……世話になったなぁ」
思えば長い付き合いであった。
私を実に10年近くをこの家で過ごした。シャウラ様の従者になったのは6歳の時、当時は人間の王国の貧困層……つまり、スラムの住人であった。栄養が足りず、今にも死にそうな私を救ったのはお忍びで来ていたシャウラ様であった。
息も絶え絶えであった私を抱き抱えて、そのままお持ち帰りである。まあ、両親ともに既にこの世にいなかったので良かったものの、一歩間違えは誘拐犯だそ?
やはり、女神というだけあって、度胸も凄いのか。
まあ、何はともあれ、私が生き長らえたのはシャウラ様のお陰と言える。そういう意味では、シャウラ様の命令に背かない私は……やっぱり、恩を感じているのだろうな。
「さて、もう行こっか」
シャウラ様の待つところまで……。
*
時計台の下、そこでシャウラ様は私のことを待っていた。もう動かない時計、かつて動いていたこの死んだ都市の時間が止まったことを匂わせてくるようだ。
私はシャウラ様の元へと駆け寄る。
「お待たせしました。シャウラ様」
「ああ、随分待った」
「そこは、今来たとこだって……」
「うるさい、さっさと行くぞ」
酷い……これはムードもクソもありませんね。
私の到着を待っていたシャウラ様は昨日の黒い剣を一本帯刀しているだけ、でもそれで彼女は十分であるようだ。
「食料とかは持たないんですね」
「必要ない、私は女神だ。数年食べなくても死ぬことはない」
「さらりととんでもないことをカミングアウトしますね……大丈夫なら、いいです。行きましょう」
こうして私たちの……女神を滅ぼす旅はカウントダウンを開始する。
そして、初めに言っておく。私はこれ、望んでませんからね!
「徒歩だとキツイだろ。お前はその荷物もあるし」
「はい」
私はシャウラ様と違ってバックを背負っている。食料、水の他に野宿するための道具や暇を紛らわす本などが入っている。
まあ、確かにこの荷物で長期移動となると疲れるよね。
「なら、荷物をこちらに……」
私は言われがままにシャウラ様に荷物を手渡す。まさか、シャウラ様が持ってくれるとか、そういうんではないだろうか? もしそうなら、早々に返して貰おう。主人に荷物を持たせる従者なんてありえないもの。
「あの、その荷物はどうするのですか?」
「安心しろ、収納するだけだ」
軽く詠唱をし、荷物を放り投げるとたちまちそれは元々無かったもののように跡形もなく姿を消した。
完全に消えたのを確認すると、シャウラは私に視線を移す。
「邪魔な荷物は収納した。これで身軽だろ」
「ありがとうございます」
本当に頭が上がりません。
「なら、準備も整ったから行くぞ」
「はい。シャウラ様」
そのまま私とシャウラ様の旅は、時計台の下から遂に始まった。