21 合流できました!
扉の前で止まった私はソフィアと共に休憩していた。
真っ暗なこの場所に留まっていると、今がどのような時間帯なのかという感覚が分からなくて、落ち着かない気分になる。
ソフィアと顔を合わせても、互いにただ無言で一瞬、溜息を吐いては視線を逸らす。しかし、その溜息というのは疲れたとかじゃなくって、待ち人が中々来ないことに呆れているような溜息。呆れているようなものだった。
シャウラ様はきっと私を探してくれている。
あの人はなんだかんだで優しいから、私のことを心配しているだろう。あっちにはルーミヤも居るし、道中で困ることもなさそうだ。
一方、ただの無能な従者と道に迷った獣人コンビの私たちは、シャウラ様たちに対して、かなり大変な道筋を辿ってきた気がする。互いに疲れているのも仕方なし。
むしろ、このよく分からない扉の前まで辿り着けたというのは、かなり凄いことだと思う。
「生き残れたのは奇跡的……か」
不意にそう口にしたけど、自分で言ってもしっくりくる響きだ。
「いきなりどうしたの?」
「いえ、なんだかここまで無事に来れたのが信じられなくて、シャウラ様と逸れたのに生きていられたのが不思議に感じていました」
床が崩れて下に落下するのが分かった時、まず最初に終わったと思った。たった一人、私だけが二人と離れ離れになってしまって、きっともう駄目だと思った。
そう考えると、ソフィアと出会えたのは幸運かもしれない。足下に落ちている小石を眺めながらいると、ソフィアはこちらに顔を近づけてくる。
「奇跡だと思ったなら、それは間違いよ」
「えっ?」
「だから奇跡なんかじゃないって。私とクロナが出会ったのも偶然じゃない。そこからここまで無事に生き残れたのも、私たちが努力した結果。そこに奇跡なんて曖昧な要素はないでしょ」
バッサリとそう言い切ったソフィアの顔は少し赤くて、視線は二人が通ってきた道筋の暗闇の深くを覗いていた。
「だいたい、私という有能な獣人がいながら、易々と死ぬなんて考えられないでしょう」
ああ、この人らしい。
謎の自信はどこから出てくるのやら……今はそれが私の心を救ってくれている気がするけど。
「そうかもね」
「当たり前でしょ。それにクロナが私を見つけたのも、そのシャウラ様と合流するために進んでいたからなんでしょ? だったらそれはクロナの行動がここまで来れた一つの成果を叩き出したってことだよ」
私が行動して招いた成果。
奇跡という言葉もきっと全てが間違いじゃないけど、ソフィアの言っていることも正しいよね。私はシャウラ様と早く会いたくて、側に居たい一心で進んでいたんだから。そこには確かに私の意思が存在していた。一つの目的を持って、私はちゃんと従者として動けていたんだ。
「ソフィアも頑張ってくれたしね」
そして、ソフィアの頑張りなくして、ここまで来ることは出来なかっただろう。
戦闘面では殆どをソフィアにこなしてもらっていた。
私はそのケアと支援をして、場を繋いでいたに過ぎない。裏方的な動きをしていた。
「稼ぎ時だったからね。あのチャンスをモノにできた自分を褒めたいくらいだよ」
そんなことを言ってくれているソフィアの声は暖かさを感じるものだった。
彼女なりの強がりとも思えるその言葉は、私にも勇気をくれるようである。
だから、私も。
「そんなこと言っても、その金品を持ち帰らないと意味ないですけどね」
「そ、それは……帰るんだから大丈夫よ! こんな意味分かんない所で野垂れ死ぬとかゴメンだから!」
「本当ですか? ここ、出るの大変そうですけど」
「茶化すな!」
シャウラ様がいつ来てくれるかは分からない。けど、絶対にシャウラ様が来るまでは生き抜いてみせる。ソフィアといれば孤独も感じないし、大丈夫かな。
必ず私の目的は達成してみせる。そう、やる気に満ち溢れていた時。
なんだか違和感を感じた。
……あれ?
「……何? 足音?」
地面の揺れ、ゾンビが大量にいた時とは違う。
そんな大多数の足音ではなく、微かに聞こえてくるのは僅かな人数の足音だ。
静かなこの空間に慣れた私は、些細な音にも敏感に反応するようになっていた。第六感が磨かれた気分ね。
「クロナどうしたの?」
私が顔色を変えたのを察したソフィアも周囲に目を配り始めた。ソフィアにはこの振動が感じられないのかしら?
「いえ、足音が……」
この足音……どこから来る?
私たちの通ってきた道筋から来るにしては、なんだかしっくりこない。音自体が籠っていて、なんだか壁を通して音を聞いている気分に……壁?
「私には聞こえないけど……ん? クロナ、避けて!」
「えっ、ちょっ!?」
ソフィアの顔は懐疑的なものから確信的な焦りへと変貌する。いきなり私に飛びついてきたソフィアと共に私は通路の端へと飛ばされる。
私が下でソフィアが上に覆いかぶさるような体勢のまま倒れる。次の瞬間、大きな扉が砕ける音と共に弾け飛んだ。
「な、何!?」
「知らないけど、なんか扉が吹き飛ぶ予感がした。誰か来るよ」
私の感じた足音と扉の破壊。
この二つは同じ人物によって引き起こされた作為的な現象……。
煙が舞い立つその向こう側には人影が見える。
誰なの? こんな神殿にいるような人は物好き以外に考えられない、もしくは……スイラ様?
あり得る話だ。扉の向こう、つまりは神殿の最深部と私は予想していた。その仮定が本当のことであれば、目の前にいる人物は今一番警戒すべき人物の可能性が大。もしその予想が違っていても安心はできない。
「……誰?」
こんな問いかけに意味なんてないけど、でも口から溢れるように出てきた言葉を止めることなんて無理だ。
好奇心と恐怖心、二つの感情がせめぎ合って、手の震えが止まらない。
しかし、そんな中でもソフィアはその人影を前にして、一歩も引く素ぶりを見せない。むしろ、私を後ろにして対峙しようとしているようにも見える。なんとも頼もしい後ろ姿だろう。
「クロナ……もしもの時は、任せて」
強気な言葉を掛けてくるソフィア。……あれ、こんなに格好良かったっけ?
ソフィアの評価を格上げした私はそれどころではないと再度思考を目の前の存在に戻して、目を凝らす。
徐々に砂煙が晴れ、不確定な人物の姿が露わになった。
緊張が走る。
さて……どんな人が立っているのやら。運試しってところかしら?
その一瞬、時間が止まったように感じる。
誰がいる?
なんでここにいる?
何が目的?
敵対関係? それとも友好的?
逃げる準備は?
対話は?
どうしよう?
この場合の対応はどれが最適解?
私は何に迷っている?
短時間に様々なことが頭を過る。可能性、危険度、行動の分岐、それらを煮詰めて考えてみた時……私は、私は!
「おい、大丈夫か? って、クロナ。誰と抱きついているんだ?」
と、頭をショートさせるくらいに多大な考察を浮かべ、身構えた私の最悪の予想は大きく裏切られた。
美しい声色、凛々しい雰囲気。
目の前には綺麗な黒髪を揺らしながら歩いてくる一番会いたかった人物がいる。なんで?
「シャウラ様?」
「悪い、遅くなったな。道中少し手間取った」
忠誠を誓った主人、シャウラ様がそこに立っていた。
「クロナさん!」
後を追うようにして、ルーミヤも駆け寄ってくるのが分かる。よかった、シャウラ様もルーミヤも無事。しかも合流できたわ!
「シャウラ様……ご無事でよかったです」
相手がシャウラ様と分かった瞬間、私は体の力がスッと抜ける感覚に襲われた。きっと無意識のうちに気を張り続けていたのが、解かれたようだ。
未だに臨戦態勢のソフィアの肩を優しく包んで、私はニコリと微笑んだ。
「ソフィア、大丈夫。……シャウラ様よ」
「……そう」
私の言葉に素っ気ない言葉を返すと、ソフィアはその場に膝を落とした。
「あー、すっごい緊張した。いきなり扉が吹っ飛ぶから、何かヤバイものが来たのかと思ったわ」
それは私も考えました。
よく考えれば、あの巨大な扉を吹き飛ばせるような人って、そうそう居ないから、シャウラ様ならやりそう……とか思えたような、そうじゃないような。
「まあ、とにかく。二人とも無事で良かった。ソフィアも怪我は無いよね?」
「私は大丈夫」
「怪我が無いなら、なによりです」
シャウラ様と逸れた私でしたが、なんとか合流することに成功しました……予想だにしない演出付きでしたけど。




