20 主人としての務め
話す暇もなく、とめどない襲撃を受ける。
先に進めば進むほど、その勢いは倍々に増していき、余裕も無くなりつつある。
その先には何があるのだろう。恐らくそれを守護するための守護者達はそれを守るために私達を襲っている……いや、こいつらに知能というものはないか。目の前の餌に飛びつく感じだろう。
「はっ!!」
軽い。
剣で薙ぎ払えば、一瞬で遠くまで飛んでいくそれらは、一つ一つの打撃にも重さがなく、ただ定期的にその弱々しい脆弱な爪を振りかざすだけ。
まるで設定でもあるかのように、一定の動きを繰り返し、そして私の攻撃によって散っていく。
「ふっ!」
彼らには感情がない。
そもそも彼らは生きてすらいない。死にながらも動き続ける……彼らはゾンビだ。
肉体が腐り、骨が皮膚を突き抜けて、鼻を劈く異臭を放ちながら、来訪者に牙を剥く。死んでまで、そうやって動き続け、働き続ける彼らには、心底同情する。
生という束縛から解放されて、楽になれるはずだったものが、今なお苦しんでいるから。……そうやって、人を襲い続けているのも、苦しみから解放されたいという彼らの願い……あるいは呪いなのかもしれない。
いずれにしても、彼らを切るのに変わりはないがな。
「てやっ!」
最後の一体を後方に吹き飛ばして、私は剣を鞘に収めた。
「お疲れ様です、シャウラ様」
「ああ、ありがとう」
駆け寄ってくるのはダークエルフのルーミヤ。
クロナと逸れなければ、私に一番に駆け寄ってくれたのは彼女だったのだろう。
下に落ちていったクロナは、今どこにいるのか……私にも分からない。空間が歪んでいるということもあり、クロナの気配も掠れ掠れの散り散りになっているからだ。
従者であるクロナと私は深いところで繋がっている。
相手が今どのような状況にあるのかということも、普段ならそれとなく伝わってくる。互いの存在を認め合い、信じ合ってこそできることなのだ。しかし、今は不安定な空間にいる。
言うなれば、クロナと私が繋がっている世界とは別の世界にいるのと同じようなものだ。
クロナが今どんな環境で何を思い、何をしているのかが全く伝わってこない。辛うじて、クロナの存在は確認できているものの、その感覚もいつまで持つか……とにかく、早急な合流をしなければ。
「ルーミヤ、疲れているところ悪いのだが先を急ぐぞ。クロナが心配だ」
クロナの存在を確認する術を失ってしまえば、クロナの安否が確認できず、私の中に壮大な不安という感情が芽生える。そうなれば、この先を進むのに支障が出かねない。
「はい、分かっています。私も心配ですから」
ルーミヤは素直に私の言葉に頷いてくれた。
疲れているはずなのに、本当にありがたいことだ。
しかし、先に進むということはその先にいるゾンビを相手にしないといけないということ。ルーミヤの負担にもなるだろう。
「……すまないな。無理をさせるぞ」
「構いませんよ。それに先に進まなければ、私達の願いも果たせません。ですよね?」
「ああ、そうだな」
私の願いは……。
「行くぞ」
その先は言うまでもないか。
女神を消し、私は私に課された約束を守る。
五百年前から、その想いは変わらない。絶対に成し遂げてみせる!
だから、それを成し遂げるために……クロナと合流するのだ。彼女がいなければ始まらない。
「あっ、シャウラ様! どんどん沸いてきてます。腐ったお身体の亡骸さんが!」
「ふっ、どんな言い方だ。そんなに敬意を込めなくていいだろ。……ルーミヤ、魔法の準備を」
疲れを感じさせない場を明るくするルーミヤの発言に私の心も楽になった。身体の疲れは取れないが……。
面倒だが、この無限に出てくるゾンビを相手にしながら進むしかないな。数は目視で確認できるだけでザッと百ちょっと。なるほど、これは中々大変な量だな。
「覚悟を決めろ。行くぞ!」
「はい、行きましょう!」
足に力を込めて、私は勢いよく集団のど真ん中に突っ込んだ。一々個々を相手取っていたら時間が無駄。ここは範囲攻撃で一掃するのが得策だろう。
腕や足に必要以上に負荷を掛ける必要はない。
剣を振るうのは体力を使う。つまり、剣を振らなければ体力は使わない。……魔法で、周囲一帯を消し飛ばす。
私らしく雑に強引に倒して行く。高火力な力技。
ルーミヤは持ち前の水魔法と身軽な身体の機動力を生かして、私の攻撃の範囲から外れるように身を引いた。準備が整ったな。
「はぁぁぁぁっ!!」
イメージする。
闇に飲まれる彼らの姿を。
集中する。
全神経を……思考に全振りして。
解放する。
そうすれば……私の魔法の出来上がり。
自慢の闇魔法、マテリアルデストラクション。
狭い通路に吹き荒れる強風。
しかし、不思議とそれに飛ばされる物質は一つも存在していない。
ルーミヤを除き、全てを消し去った。跡形もなく。
風の勢いが収まってくると、砂埃が晴れ、辺りの景色が目に入ってくる。
「す、すごい……」
この異質な空間に私の魔法が亀裂を生む。
壊れた通路の脇には、無数に得体の知れない真っ黒な空間が覗く。
スイラが作り出した空間を一部破壊して、その真の姿を露わにするくらい私にとっては造作もないこと。
空間の外に出たら危ないが、これだけの威力を持ってしたら仕方のない破壊行動だ。
ルーミヤはあんぐりと口を開け、その光景に戸惑っている。しかし、そこまで驚くことでもないだろうと私は思う。私とて、女神の端くれなのだから、これくらいはできる。
スイラにも遅れはとらない。
もちろん、それは他の女神にも言えることだ。
これから想定するのは女神との度重なる連戦。私には一度の負けも認められない。勝って、勝って、勝って……最後の女神が私一人になるまで、そこまでは負けられないのだから。
「はぁ……ルーミヤ、クロナが近いみたいだ。進むぞ」
一言そうルーミヤに教える。
私はゆっくりと一歩、前に進む。
「えっ、クロナさんを見つけたんですか!?」
「まあな。……それより、空間に亀裂ができてるから、くれぐれも気をつけて。落ちたら帰ってこれないぞ」
「……そういうのは早く教えてほしいです」
なんという目だ。
少し呆れたような……まるでクロナが私を咎める時のような目つき。口調もなんだか寄ってきた。何か言われる前に先に進むか。
難なく目の前の障害を突破した私たちは、この通路の先にある大きな扉の前に辿り着いた。空間を一部壊したことによって、クロナの存在が認知しやすくなったのは良かったな。この扉の先に……クロナが居るのが分かる。
安心した。




