2 シャウラ様の腕に抱かれて
女神というのは世界を創りし神。それが、どんな人柄であれ、尊敬するのに変わりはない。
「おい、さっさと来い」
尊敬……するのに、変わりない、です。はい。
闇の女神であるシャウラ様のご意向で、私は現在、絶賛登山中。霧が周囲一帯を包んでいるから、今どこを歩いているのか分からない。何故こうなった。……いや、そもそもなんの準備ですか? 体力づくり? 私を巻き込まなくてもいいですよね、これ?
先程から、山道を歩いているが、生き物の気配すら感じない。
そもそも、シャウラ様の治める土地には人がいない。
荒廃したまるで廃墟のような建造物が立ち並ぶ、死んだ都市。私とシャウラ様と、それからあと四人。広大な土地にしては少なすぎる人口。よって、死んだ都市と呼ばれる。
今の登っている山は更に人気がない。当然だ。なんせ、人間などの種族が栄え、活気に満ち足りた土地はシャウラ様の都市を挟んで山の反対側。こんなところ、誰も来ないのです。だからって、生き物くらい生息しててもいいと思うんですけど。
はぁ……疲れた。ちょっと、休みたい。
「あの、シャウラ様……休憩を」
そうお願いするように催促すると、こちらに振り向くシャウラ様。その足取りは止まった。
「もう、疲れたのか?」
「はい、というか人間と神様じゃ……身体の構造が違うんですよ」
「屁理屈だな。気合いでなんとかなるだろ」
「なりません!」
冗談じゃない。誰が好きで八時間ぶっ通しで歩かなきゃならないのだ。そろそろ死ぬ、絶対に死ぬ。
私の訴えるような涙目にシャウラ様も折れたようで……。
「全く……仕方ない」
どうやら休ませてくれそうだ。
「シャウラ様、ありがと……う?」
「しっかり掴まってろよ」
休ませてくれるという訳ではないらしい。
私の腰に手をやり、膝を持ち上げてお姫様抱っこの型を作成。そのまま軽々と私を持ち上げる。シャウラ様の綺麗で細い腕のどこにそんな力があるのだろうか。ちょっと、知りたくなる……じゃない! そうじゃないだろ!
「あの! シャウラ様? どういう……」
「いいから黙ってろ。疲れて歩けないのなら、私が運んでやる。これくらい、私にとっては造作もないことだ」
「いえ、そういう訳じゃなくて。ほら、立場的にこういうのはどうかと……」
臣下が主人に担がれる。どういう、状態だと言いたくなる。見た目だけなら、高貴な王女様のようなシャウラ様。この絵面は本当によろしくない。
「遠慮するな。元々、お前を付き合わせたのは私だ。そもそも立場とかどうとか言う前に私の領民はお前を入れてたったの5人だぞ? それで、どうやって王女様気取りができる」
確かにその通りです。
シャウラ様、実は身の回りのことは1人でやっている。ちゃんと自立しているのである。こういう登山とかに私を巻き込む我儘な性格を持ち合わせているものの、とても聡明で、彼女の行動は常に最善であった。
そう、言われてしまうと私も反論することが出来ず、そのままシャウラ様に身体を預けた。
「お手を煩わせてしまい。申し訳ありません」
「構わん。それに飛んだ方が早いと今更ながら気付いた」
「確かにそうですね……飛んだ方が早……って、今なんと?」
「だから飛んだ方がいいだろ。わざわざ道なりに行くよりも、目的地まで一直線で着ける。その上多少の魔力消費をするだけという、なんとも軽い代償だ」
ああ、またこのパターン。また突拍子もないことを……。
しかし、どんな抵抗をしたところで、こうなってしまってはどうしようもない。シャウラ様を止めることは出来ない。これはもう、流されるがままに身を委ねよう。
「ちゃんと掴まったな。口を開けるなよ、舌噛むから」
「はい……分かりました」
そう一言だけ、単純な警告を口にしたシャウラ様の身体は最初フワフワと軽く浮かぶ。
そのまま周囲を少しだけ漂い。今度は絶大な魔力をシャウラ様が使おうとしているのが手に取るように理解できた。
「よし、いくぞ!」
宣言通り、シャウラ様は次の瞬間に勢いよく真上に飛び上がった。私の身体にはかつて感じたことないくらいの重力が……口など開けることもできない。なんなら、目も閉じているし、そろそろ意識も閉じてしまいそう。
薄れゆく意識の中、ただシャウラ様を掴む手の力はよりいっそう強くなっていくのを感じる。気を失いそうなのに手の力が強くなるというのは矛盾していると思うのだけど、私はただとにかく、必死であった。ついでに手あせも凄かった。