19 ズレた計算
ソフィアの言う通り、通路の先にはちゃんと立派な扉があった。
石造りの重そうな扉。
大きい……通路は今までと違ってかなり天井が高くなっていて、扉は人一人が通るには些か大袈裟なくらいに壮大。
これは間違いない。
この扉が、スイラ様のいる神殿の祭壇へと続いているのだろう。内部はきっと広い部屋。
荘厳な作りをしたその空間は、奥へ奥へと続き、やがてスイラ様の元へと続く。……っというのを、ルーミヤから聞いて来たから、なんとなく想像できた。
「ここが目的地で間違いなさそうですね」
「ってことは、この先にいるってこと?」
「恐らくは……」
そう、恐らくなのだ。
確証はない。全て聞いたことを繋ぎ合わせて、勝手に推察しているだけだから。
逆にそれだけ推測できたとするなら、この扉の先は十中八九、私の想像と一致する。つまり、到着したんだと思う。
「ここで、待つの? それとも入る?」
私の意図を汲んだソフィアは、どうするのかと尋ねてくる。
このまま扉の向こうへと侵入してもいいけれど、シャウラ様の居ない今、戦力的に不安がある。スイラ様を討つという明確な目的があっても、火力不足では意味がない。
お金に目がない猫耳の獣人と付け焼き刃で剣を振るって来た……ポンコツ……あ、いや、平凡な従者だけだと不安だ。
何より、扉が大きすぎて、開けられるかも微妙なところ。これ人が開けられるように出来ているの? そもそも開くのかも怪しい。装飾じゃないでしょうね?
「今いきなり入っても、何もできないわ。ここはシャウラ様が来るのを待って……「それだけどさ」
私が言い終わる前にソフィアは深刻そうに口を挟む。
「そもそも、そのシャウラ様……は、ここに来るの? 変な場所だし、ひょっとしたら、このままずっと来ないかもしれない。そんな人を待っていて、意味はあるの?」
「それは……あるよ」
そうだ、ソフィアはまだシャウラ様に会ってすらいない。私が合流したいだけで、彼女にとっては至極どうでもいいことなのだろう。
早い所要件を済ませて、外に出たい。きっとそんなことを考えているはずだ。彼女は既に欲しいものをたらふく持っている……金品を質に出したくてうずうずしていそうだ。
故に、彼女は問う。その時間は本当に必要なものなのかと。私の心にまで語りかけてくるのだ……そんな時間は無意味なんじゃないか、無駄なんじゃないかと。
「なんでも、いいけどさ。私、待つの嫌いなの。あんまり長いようだったら、勝手に行くからね」
今まで共に動いていたのは、この場所で生きていくため。なので、ここで私のことを切って、一人で行くという選択肢があっても変じゃない。
私とて、無闇に待ち続けるという訳でもない。彼女の考えも大いに理解できる。
「分かりました。私も、あんまり長いようなら諦めます……」
「そっ」
恐らく、合流していなくても、私よりシャウラ様の生存する確率の方がはるかに高い。無理に合流しなくても、外でまた会えればいいではないか。そんなことも頭を過る。
私の返事を聞き、ソフィアは興味を無くしたように扉の前で火を起こし始めた。……明るくするのはいいけど、酸欠になるからほどほどにしてよね。
「クロナ、何食べる?」
「へっ?」
「だから食事。なんか元気ないし、その主人のことを心配するのはいいけど、そんなんじゃ長く持たないわよ」
私のために、火を起こしてたんだ。
意外と気が利く。
お金好きの猫耳腹黒獣人という肩書きから、そういう一面に気付けていなかった。ごめんね……ソフィア。貴女はいい人だわ。
「まあ、パサパサな保存食しかないけど」
「選択肢……ないじゃない」
……けど、惜しい。
気がきくところまでは良かったけど、肝心な食料は無かったってやつね。これはこれで彼女らしい返答ではある。少し、口角が緩み、私に纏わりついていたモヤモヤした気持ちは和らいだ。
計算してなのか、それとも無意識なのか、いずれにしても感謝しなきゃね。
「気を使ってくれてありがと」
「どういたしまして。……四割くらいは、単にお腹が空いていただけだけど」
最後のそれが無かったら、いい雰囲気のまま保存食に口をつけられたのに……。
彼女に対する私の評価は一時上昇したものの、再び右肩下がりとなり、あるべきところに落ち着いた。