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16 淡い思い出

 あの日以来、私の感情というのはちょっぴり変になった。


 あの日、とはつまり……五百年前のシャウラが世界を壊そうとした日だ。


 シャウラは元々可愛らしい子だった。

 私も妹のように可愛がったし、他の面々も同様に優しくしていた。一人目のシャウラが居なくなったのは少し寂しかったけども、それでも二人目のシャウラは皆んなに歓迎されていた。

 黒い髪がとても艶々していて、先代の雰囲気も残しつつも、どこかあどけなさを残している。先代シャウラと特に仲の良かった私とフェリスは彼女の手助けをしてあげた。


 女神の仕事や作法とかも教えた。

 その上で、この世界での立場というものも、きっちり教えたつもりだ。

 女神は世界を守り、救い、維持すべき存在であると……。数万年の時を経て、今なお人々に愛されている女神というのは、その期待に報いなければいけない。


『シャウラ。私からプレゼントがあるの』


『なんですか?』


 故に私は、女神という肩書きを背負わなければならない彼女に一つの贈り物をした。

 それは、私からの純粋な信頼の印。

 それは、世界から愛される証。

 それは、その生を全うする責任。

 それは……終わりなき世界の継続を促すもの。


 シャウラは戸惑いながらも、それを受け取り、女神として正式に地上に降臨することになる。

 

『これはなんですか?』


 彼女に渡したのは一つの宝石のようなもの。

 彼女の髪に似合う暗い紫色の……女神の核。

 女神の核こそが、私たちを形作っている中枢的な代物であり、女神という概念を確立するもの。それを与えられたシャウラは、その核を体内に取り入れることによって、女神として認識される。


『これは女神の核よ。これを取り込めば貴方もーーーのように女神になれる』


『それは本当ですか?』


『ええ、でも一つ注意するべきことがあるの』


 女神の核というのは私達にとって神聖な宝物。命とも相違ないくらい。……そして、本当に私達の命になっている。


『女神の核は一度取り込むと、死ぬまで取り出せない……逆に言うと、女神の核を失った瞬間、貴女は死んでしまう。これだけは、核を取り込む上で念頭に置いておいて』


 私の言葉に素直に頷いたシャウラはゆっくりとそれを自身の胸元まで持っていき、目を瞑り、そのまま核を取り込んだ。これで彼女は本当の意味で神となった。


『これからよろしくね。共に世界の平和を守りましょう』


『そうですね。お願いします』


 そんなやりとりをして、私は彼女と別れた。

 ーーーに託された核はきちんと彼女に渡した。これで、やるべきことは大方終わったのだ。

 また水の神殿に戻って、怪我をしている人、病に伏した人の治療を再開しなければ。天界から私は急いで自身の領地へと帰還した。

 


===



 それから約一万年程経っただろうか。

 世界の異変、それに私はいち早く気が付いた。

 シャウラは何も語らず、私達女神に反旗を翻してきたのだ。過去の初々しい面影は消え去り、冷酷な視線と大人びた雰囲気の彼女が、物凄い速さで私達、女神に斬りかかってきた。

 理由を聞こうとしても、『死んでくれ』の一点張り。五人の女神のうち、三人が襲いくるシャウラと対峙して、長期的な戦闘の末に彼女を撃退した。


 私はその三人のうちの一人だった。

 交えた彼女の剣がとてつもなく大きな感情に震えて、私の心も大きく揺れた。

 心底理解できなかった。かつて、世界の平和を守ろうと誓ったのに……どうして彼女は。


 私は悩んだ。

 どうしたら、彼女は昔の優しい彼女に戻ってくれるのか、一晩中考える日だってあった。神殿は物凄い静かで、ものを考えるのに丁度良い。人が来なければ、私は一箇所で固まっていた。


『すまない……』


 戦いの最中に聞いた言葉。

 すまない。なんて、死んでくれとまで言ったのに、彼女の顔は悲しそうで、仕方のないことだからというような感じがしてならない。

 シャウラは間違いなく変わった。でも、それは悪い方になのか? どうしてあんなことをしたのか未だに分からないが、一概に彼女が間違いだと断言するには、心につっかえるものがある気がする。


 何か大切なことを忘れている気がする。きっとその忘れていることが、シャウラのあの行動と結びついている……そんな気がしてならない。


 私は何を失念していた?

 何を、何を見逃しているの?

 どうして、シャウラは変わってしまったの?

 何度も何度も問い直して、されど答えは頭の底、深く深くに沈んでいく。


 大切なお方。


 約束。


 戒め。


 ずっと昔……何かを聞いたような……ああ、頭が回ら……なく、なってきた。


 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。

 喉の底から湧き上がる黒い感情。

 私の意識を奪い、私の体を蝕んで……そもそも、どうしてこんな風になったんだろう。


 私は今まで、女神のすべきことを全うして来た。何一つ間違ったことはないはず……少なくとも、間違えた覚えはない。でも、こんなことになっている以上、どこかで足を踏み外したんだ。

 何を……私に自覚はなくて、でも大切なこと。約束、戒め、この二つのキーワードが導く大切なこと。




 ……あっ、思い出した。


 過去の記憶、それはとても薄れやすいもの。

 だからこそ、その記憶は時間の進みととも、掠れ磨り減り、でも完全にはなくならない。

 だから今更にも思い出したんだ。思い出すまでに大きな苦労があったけど。


 はぁ……なんだ、間違っていたのは、私達の方だったのかも。この苦しみも、その代償。


 ……こんな大切なことも時間の流れに身を任せて、軽々しく忘れていた。


 せっかくルーミヤを神殿から追い出して、誰も入れないように細工したのに。ルーミヤに最後に……伝えたかった。

 過ちを……繰り返してはいけない。



 だめ……記憶がだんだんと薄れて、消えて、私が私でいられるのもあと僅かかもしれない。


 最早手遅れ、か。


 せめて、誰一人として……この神殿に近づきませんように。でも、最後に誰か来て欲しい人がいるとするならば、彼女以外に考えられないわよね。

 シャウラが私を……ちゃんと殺してくれたら、最後は笑って迎えられそうかな。



 私が私で無くなった時、最後はちゃんとシャウラが仕留めてくれる。

 身勝手な独りよがりな考え……それでも、彼女に賭けたい。最後くらい、いいわよね。わがままになっても……いい、わ、よね。



 ……私のこの肉体は既に腐り切ってしまったのだから。



 


 

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