15 戦って……え、私が?
薄暗い道を手を引かれながら進む。
私の意思は、それ以上行かない方がいいと警告を発しているのに、繋がれたら手を解くことも出来ず、私は足を進めざるを得ない。……いや、本当に解けない。ソフィアって意外と手の力が強くて、何度か抵抗したんだけど、結局無理だと悟って諦めました。
どちらにせよ、この先に進むつもりであった。
そうなれば、この先にいる得体も知れない化け物とも嫌でも顔合わせすることになる。
仕方がないといえば、それまでだけど、こう強引に引っ張っていかれるとなんだかその不幸との対面を早められているみたいで居心地が悪い。
でも、無常にも足は進むし、ソフィアは鼻歌を歌いながら歩くペースを上げて行く。というか本当にがっちり掴んでますね。
その華奢な細い手にどんな握力を秘めているのやら。
「ん、どした?」
私がソフィアの腕を凝視していたためなのか、そんなことを聞かれた。
「いえ、手首をがっちり掴まれているな、と思いまして」
「当たり前でしょ。クロナったら、最初物凄い抵抗してたじゃない。この手を離したら絶対逃げる」
わぁ、凄い。ソフィアはもしかしてエスパーなのかしら?
感心していると、ソフィアはそのまま顔を前に向けた。
「まあ、進みたくない気持ちも分かるけど」
「分かるんであれば、手を離して欲しい……」
「気持ちは分かってても、それを許容するほど私は優しくないの。こんなところで足を止めている訳にはいかないもの」
「凄い執念……」
「別に。それしかやることがないのよ」
確か光の女神様だっけ、そこまで恨むなんて、一体何があったのか。そこまで彼女を突き動かす動機があるに違いないが、そこまで詳しくは聞く気にならない。
私はシャウラ様がこの世界にいる女神様達を殺す理由を事細かに聞いたわけではない。ただ、ぼんやりとシャウラ様のやりたいことを理解した上で協力しているに過ぎない。
主人の気持ちについても聞けていないのに、会って間もないソフィアの詳しい事情なんて詮索しようがない。
「それより、へんな呻き声が奥からしたんですけど……」
会話が途切れたのを嫌に思ったので、そんな言葉を投げ掛ける。いや、それだけじゃない。本当にそんな呻き声が耳に通ったのだ。
「よし、その腰のやつを構えて」
気付けば私の腕をソフィアは離していた。
そして、私の方を見ないままに目の前に広がる空間に目を向けながら、指示出しをしてくる。
腰のやつとは、私がシャウラ様に頂いた黒煙なる剣のことだろう。
「分かった」
なんか真面目な空気なので、取り敢えず流れに乗ってみた。ここで逃げて、何もならないことは私も理解している。
「じゃあ、私は爪で戦うから、クロナはその剣で切って」
「爪って、自分の?」
「そんな訳ないでしょ。自分の爪で攻撃したら、あのキモいのが直に付着するじゃない!」
ごもっともです。
「じゃあ、そういう武器が?」
「ええ、手に装着するタイプのが……ほら」
その爪とやらを私の方に見せつけてくる。
金属でできた鉤爪のようなもので、手にはめれるようになっている。もっともソフィア専用なのだろう、大きさ的に私には少し合わなかった。
「へー、こういうのがあるんだ」
「武器屋でオーダーメイドにすれば、いい感じにしてくれるのよね。装飾とかは自前なんだけど」
と、言いつつも、装飾なんてそこまで派手ではなく、軽く綺麗な筋が所々に描かれているくらいだ。私が鉤爪をソフィアに返すと、ソフィアは慣れた手つきでそれを腕にはめ込んだ。
獣人に爪……似合っている!
「なんか、私いなくても大丈夫じゃない?」
「この後に及んでまだそんなことを……いい? 私はユグを殺さなきゃなの。こんなところで万が一にも大怪我を負ったとなれば、その望みは潰えちゃうの! だから、少しでも負担を軽くするためにクロナは必要。オーケー?」
「お、オーケーです」
つまり、私は弾除けになればいいってこと?
いやいや、そんな囮作戦の餌にされるなんて嫌なんだけど!
どうしてこんなにぞんざいに扱われなきゃいけないのか。
「じゃ、張り切って行くわよ!」
抗議も抵抗も全て無駄。
ソフィアが走り出してしまったので、私も行かざるを得ない。なんたって、このまま一人で行かせるなんて、そんな酷いことを容認するほど、情けがない訳じゃないのだ。
「さ、作戦は?」
「剣で切って!」
「……え、それだけ?」
「他に何があるのよ。細かいこと言ったって、所詮さっき会ったばかりの二人よ。まともな連携が取れる訳ないじゃない。だったら、何も考えずにただ戦えばいいのよ」
確かに命令は適当極まりないけど、言っていることの筋は概ね間違いではない。
「分かったわ」
同意したと意思表示をするとソフィアは目の前の影めがけて腕を振り下ろした。
こんな会話をしている間にもう、目的の相手は目の前にいたのだ。
「おりゃ!」
ヒット!
ソフィアの攻撃は見事に命中して、そのよろよろとしていたものは倒れ、動かなくなった。
詳しく確認すると、なんだか物凄い腐敗臭と緑色の謎の液状のものが地面に流れていた。
ソフィアの爪にも、その液が付着している。
「うわっ、キモキモキモ! なんなのよ……へんな体液が付かないように服のところ狙ったのに、意味ないじゃない。ていうか、私が最前線だしさ。クロナに先に戦った貰おうと思ったのに……」
服の上というところから、ソフィアは事前に姿を確認していたのだろう。人型、服、腐敗……これは所謂ゾンビというやつですね。
それから、ソフィアの言葉に私をこき使おうという魂胆が見え隠れしているのは私の気のせいかしら?
「もういい。爪は洗えばいいし、さっさと片付けるよ」
「りょ、了解……」
その後、鉤爪を汚されたソフィアは怒涛の勢いでゾンビのような存在を次々に切り刻んでいった。
私は、まだ使い慣れていない剣なので、ソフィアの死角に入ったのを退けたりするので一杯一杯。やっぱり私要らなかったよね。囮役どころか補助役クラスに降格しているんですけど。
戦闘面で活躍できなかった不服も相まって、私の不満は溜まる一方、シャウラ様に再開したら慰めてもらおう。
「よし、粗方片付いたよね」
「思ったより数が多かったんですけど」
「ちゃんと無傷で、完封しきったんだからいいのよ」
終わりよければ全て良し。
こんなことを言い出した人間は誰なのだろうか。
結果的に怪我もなく、この場を乗り切ったというのは喜ぶべきことであろう。しかし、代償として、多大な体力と精神力……それから自尊心を削られたのは言うまでない。
ああ、私は本当にシャウラ様の役に立てるのか?
初陣で上手くやれなかった自分は本番でもヘマしそう。
そういえば、今回私は剣でゾンビを切る時に躊躇しなかった。もっと色々考えて、手が動かなくなるという未来も見えていたはずなのに……私は最後まで剣を止めなかった。その辺は評価すべきだろう。
生存本能が働いたからなのか、ただ単に私が冷酷だからなのか……いずれにせよ、ちゃんと戦うことができると確認できた。そんな時間であった。