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13 恐怖体験なんてなかった

 シャウラ様たちと合流できると信じて、私は薄暗い道を歩く。先程歩いていたところよりも遥かにボロくて、天井から水が滴り落ちてくる。

 それから、たまに聞こえてくるすすり泣くような声はなんなのだろうか? 

 私、お化けとかそういうのはちょっと苦手なんですけどね。


 少し進むと分かれ道がある。


「さてさて、どっちに進もうかしら?」


 右と左、困ったら私はいつも左に進む。……だけど、今回は何を思ったのか、自然と右に体が動いていた。

 右の通路は風を吸い込むような感じで、私も吸い込まれてしまいそう。でも……なんだか、こっちに行かなきゃいけない気がして、こっちを選んだ。


 後ろを振り返らない。

 選択したことを後悔したくないから、私は前だけを見ているのかもしれない。

 

「……だ……れ、か」


「ひっ……!」


 選んだ道の先からは先程から微かに聞こえる声が確かに確認できた。

 あれ、なんか道間違えたかなぁ?

 条件反射で後ろを振り向いてみるが、既に分かれ道など存在していない。ひたすらに黒い得体の知れない通路が続いているだけ。


「……しまった。空間が歪んでいるんだから、戻れない場合もあるんだった」


 なんとなく察した。

 私はこの状況下で前に進まなくちゃいけないらしい。後ろに進んでも何の意味もない。というか後ろに行った方が不味い気がする。


「……こわ……い……なん、で」


 あのあのあの!

 でもさ、本当に進まなくちゃ駄目?

 なんか途切れ途切れなんだけど、嫌な声が聞こえてくるんだけど!?

 すっごい行きたくない。というか、怖い怖い言ってるみたいだけど、私の方が怖いから! 少し黙っててよ、謎の声!


「ハァァ……最悪。幽霊耐性は持ち合わせていないのに」


 こんな薄暗い場所に人がいるはずないのだ。というと、いるというのは、いわゆるアレしかない。

 そう、霊的なやつ。

 死した人間の魂が天に昇らずに永遠にその場を彷徨い続ける。挙げ句の果てに通りかかった人間に取り憑いたり、攻撃したり、呪ったりする。


 うわぁぁっ!!

 凄いやだ。どのくらい嫌かと言うと、女神と戦って死ぬより、霊的なやつに出くわして、呪い殺されたりする方がやだ。多分そうなったら、私もその悪霊的なものに成り下がるのよ!

 こんな薄暗いところで一生縛られるお化け生活なんて、死ぬより酷いじゃないの。


 こんな時、シャウラ様が居てくれたら「幽霊? そんなのいるはずないだろ。さっさと行くぞ」……みたいな格好いいセリフで私を勇気付けてくれるのに。

 ついでに何か危ないものが居ても倒してくれるのに!


「……誰かいるんですか?」


 一か八か会話を試みることにした。

 どうせ進むのだから出会うに決まっている。なら、それが早いか遅いかであることも理解できる。出来れば平和的に解決したいので、こちらの存在を相手方に知らせ、少しでも警戒されないように心掛ける。


 先に潜む不確定で曖昧な存在は、私の声が届いたことに、まるで安堵したかのような甘い声を出した。


「人? 私はここよ! 早くこっちに来て!」


 あれれぇ?

 なんかまともな声だなぁ。ちゃんと自我があって幽霊とは思えない。それに私も一人だと不安でたまらない。


「今行きますから、その場でじっとしていてください」


「分かりましたー」


 行くと言ってしまったので、行くしかないの。

 どうかこの先にいるのがまともな人間、もしくはそれに準ずるものでありますように。

 手を胸に当て、落ち着けと自己暗示をかけながら私は一歩一歩踏みしめるように足を進める。


 そして、声の主との対面は非常に静かなものであった。


「あっ……」


「えっと、どうも」


 私の声は拍子抜けしたようなもので、会釈を軽くしたその人は意外そうな顔である。


「私はクロナと言います。道に迷ってしまって」


「そうですか。私はソフィア、貴女人間なのね。てっきり死んだ化け物か現地のダークエルフが来ると思ってた」


 随分失礼なことを言う。

 私が死んだ化け物かもと思われるなんて世も末だ。……いや、私も幽霊かもって思ってたけど。

 人間である私がダークエルフの土地にある神殿に来るというのは珍しい。でも、ソフィア自身、よくよく見ればダークエルフではない。


「そっちこそ、ダークエルフどころか、エルフですらないのですね」


 エルフ特有の長い耳を有していない。

 というか、柔らかそうなモフモフの毛に覆われた獣耳を持ち合わせていることから、獣人というのは簡単に推測できた。猫のような耳、実際に見てみるとすっごく可愛い印象を受ける。見た目も清楚で、一見したらおっとりとしたどこぞの国にいる貴族のお嬢さんのようである。


「ええ、私は殺しの依ら……観光でこの地に来ましたから!」


 んっ? 何か不吉なことを聞いた気がしますけど……濁したようで、濁し切れてませんよ。私、ちゃんと聞いたからね!

 『殺しの依頼』って言おうとしてたの、察しちゃったから。

 猫耳が可愛いとか、そう思っていたのは間違いだったわ。清楚という言葉は当てにならない。今身をもって知りましたよ!


 この人絶対にヤバイ側の人だ。


 ……ん? でもそう考えると、シャウラ様も同族な気が……いやいや、シャウラ様は特別枠だからセーフよね?

 待って、特別枠だとしても目的は殺しに関係してて、私はその片棒を担いでいる……あれ、私もソフィアさんと同じなんじゃ。


「あの、どうかされました?」


 つい考え込んでしまったからか、ソフィアさんに心配された。その声色はとても取り繕った美しいもので、先程の発言をカバーしきったと考えている謎の自信が透け透けだ。

 あれって、かなり鈍感な人じゃないとスルーしてくれませんからね。


「ソフィアさん。一つ、よろしいですか?」


「はい? 別に構いませんけど」


 綺麗な声色がこの薄暗い空間に響く。

 そんなことを私は気にも留めず、スッと息を吸いこんだ。


「じゃあ遠慮なく……ソフィアさんは何を企んでこんな所に来たんです?」


 本当に遠慮ない言葉だ。

 何をしにこんな神殿に潜ったのか?

 そんなの私が知らなくてもいいことなのに。

 でも、気になるからつい、私は聞いていた。許しも得ましたし。


 私の質問は彼女の意図せずことであったのは明確だ。

 顔を見れば分かる。シャウラ様は確信を突かれても、動揺すら見せないのに、この人は随分と素直に顔に出す。


「……ひょっとして、さっきの」


「そうですね。あそこまで口にしたら、誰でも理解します。殺しの依頼、でしたっけ? あれはどういうことですか?」


 ぼんやりと思い浮かぶのはシャウラ様の目的。

 女神を殺す。たった一言、それに込められた意図は計り知れないほどに肥大化した、まるで海のように見通すことができない。そんな手に余る目的を私は頭の中に宿した。


「……話せないこと、ですか?」


 口から出たのは追求の言葉。

 目的が同じであれば、同行するというのも安心できる。共犯という言葉以上に安心できることはない。……いや、語弊があったわ。シャウラ様以外、共犯者でなければ、心が休まらないということ。

 ルーミヤであれ、ここのソフィアであれ、その感情の大きさは違えど、どこかにその安心感を求めている。


 もし、殺す相手がシャウラ様であれば……その時は。

 傍にある黒い剣、私はゆっくりと鞘にしまわれたそれに手を重ねる。


 長い間が私とソフィアの空気を硬直させて、緊張感を煽る。


「話せないのなら、私は一人でこの先に進みますが」


「……話す。私の目的はなんなのか、そんなに気になるなら教えてあげる」


 漸く口を開いたソフィアの顔はとっても残酷な色を宿し、憎しみに満ちた瞳をしていた。


「私はね、女神を殺したいのよ!」


「それは、スイラ様ですか?」


「違うわ! ここに来たのは協力を取り付けるため、私が本当に殺したい女神は……」


 この返答で、私のソフィアに対する立場が明確になる。

 次の言葉にシャウラ様という単語が入っていた時点で……私は彼女を切り落とす覚悟をした。


 そして、その時は訪れた。




「私が本当に殺したいのは……光の女神。ユグよ」


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