12 絶望してみた……
『辺りは暗い空間。
先程はなんの変哲も無い何処までも続く無限通路を永遠に歩いていたけれど、今度の場所はそれとは全く異なる。
水が湧き、先へと流れる綺麗な音と凸凹の床。
周囲の壁はヒビ割れ、まるで数千年もの間放置されていた廃墟のよう……つまり死んだ都市と同じようである。
時折暗闇の向こうから聞こえてくる奇怪な音が肌に鳥肌を立たせ、この異様な空間はより一層謎を纏う。
私は、シャウラの言う通りに黙々と歩いていた。
適度にルーミヤと世間話でもしながら、シャウラ様の後ろをピッタリと付けた。
そして、それは起こった。
突如として、地面が崩落。
私はなす術のないままに下へと落ちていった。
そのまま気絶……そこから気付いたら、この変な場所に転がっていたということだ。
何はともあれ、これは厄介なことになった。
一先ず私はシャウラ様、ルーミヤと合流することを目的に動こうと思う。この日記が最後にならないことを祈ります。
クロナ』
私はそこまで書くと、日記帳をパタリと閉じた。
日記に書いた通り、私は二人とはぐれてしまった。
上に登るというのはまず不可能。
上の覗いてみるに、かなりの高度から落ちたと分かる。
「はぁ……なんで私だけ」
歩く順番はシャウラ様、私、ルーミヤであった。
私は二人に挟まれた立ち位置でいたのに、ピンポイントで私だけ下に落とされたのだ。お陰で、服は埃まみれ、足には軽い擦り傷を負う結果となった。
これは悪意しか感じないわ!
でも、そんなことでイライラしてても意味がないわね。
「とにかく、上に行く手段を探さないと。何処かに階段か何かがあればいいんだけど」
取り敢えず、私の背後は土砂崩れみたいになっていて行けそうもないので、前に進むことに決めた。
シャウラ様たちと合流しないことにはどうにもならない。ついでに数日以内に合流できなかった場合、私は恐らく飢える。
シャウラ様に食料とかも収納してもらっていたのがここに来て裏目に出たわね。
「持ち物は……日記帳と非常食が少し、水が水筒一本分。それから、シャウラ様からいただいた黒い剣。これ大丈夫なの?」
どう見ても危機的過ぎる状況に貧弱な持ち物。
なんかシャウラ様と再会するビジョンが浮かばない。
そして、戦って命を落とすというのなら、まだ頑張った感があるのだけど、こんな薄暗い空間でお腹が空いて倒れて、そのままポックリ……なんて、人生の最期が残念過ぎる。
それだけは避けねば!
「合流できるかどうかの問題じゃない。するのよ、私!」
意気込みだけは一丁前に決めた。
待っていても状況は好転しない。行動あるのみだ。早速前に進もう。
足の擦り傷をさすりながら、私は目の前の闇に向かって足を動かした。
*
突如、後ろで聞こえた地盤が崩れる音。
直後、クロナの叫びが聞こえて、その声は遠く遠く、深くに消え去った。
地面が崩れていた。
落ちたのはクロナだけで、ルーミヤはその穴から間一髪のところで逃れたようだ。顔が青々としているのは、自分が巻き込まれたらと考えたからだろう。
「シャ、シャウラ様! クロナさんが!」
ルーミヤは大いに取り乱した様子だ。私も自分が慌てると考えていたが、咄嗟の出来事であったので、状況を飲み込み切れておらず、声はとても冷静なものを出せた。
「落ち着け、一旦穴を避けてこっち側に来い」
「は、はい!」
穴の横は僅かに足場がある。慎重に行けば大丈夫な幅であるので、ルーミヤはゆっくりとそこを進む。
狭い足場を抜け、焦る形相のルーミヤは私のところに駆け寄った。
「シャウラ様、クロナさんを助けましょう!」
一刻を争う事態。
でも、スイラが空間を歪めていると考えれば、穴に飛び込んでいくという考えは愚策。そもそも意味がない。
助ける手立てはまだ思いつかないのだ。
「ルーミヤ、深呼吸」
「ふぇ!?」
「少し冷静になれということだ。穴に飛び込んだところでクロナに会えるか分からない。今のここは凄く不安定な領域だ。助けるとしても簡単じゃない」
「……はい」
ルーミヤの肩に手を置いて、ゆっくりとしゃがませる。
まったく、このまま歩いていればスイラの元へと辿り着けたのに……いや、辿り着かれたら困るから、床が崩れたのか?
一見自然に起こった床の崩落だが、作為的に行われていない証拠もない。だとすれば、空間の歪みも、スイラが取り乱したから作り出された。……そうでもないのか。
「一つ、話しておくことがある」
「なんですか?」
「私は今まで、スイラは自我を失っていると考えていた。それはお前も同じだな?」
「はい、スイラ様は変わってしまいました。……今のスイラ様は昔のスイラ様とは違います」
一呼吸置いて、私はその事実を肯定するように頷く。
でも、その考えだけが全てだとしたら、違ったんだ。それだけだと、空間が歪み続けるというのは不自然だ。
「お前の言っていることは正しい。スイラは変わりつつある。それも悪い方向にだ」
「はい」
「だが、あいつが無抵抗に変わっていくと思ったら大間違いだ!」
瞬間、ルーミヤの表情は一変。
悲しそうなものから、驚きを含んだ理解しがたいといったものへと移った。
「どういうことですか?」
「空間の歪みはスイラが作為的に行ったこと。あいつは昔から優しい性格だ。となれば、歪めている理由は一つ。人を自分の元へと寄せ付けないため」
自分が悪しき存在へと侵食されていると理解したのなら、必ず優しいあいつは自分を隔離しようと行動を起こすだろう。
「じゃあ、スイラ様は、クロナさんを故意に落としたってことですか?」
「いや、クロナが落ちたのはスイラの仕業であったにせよ、あいつにとっては予期せぬ出来事だったんだろうな」
「なんで、そんなことが分か……なるほど、そういうことですか」
理解したか。
空間を歪ませるというのはかなり魔力が必要だ。
スイラは頑張ってそれを維持しようとしているようだが、時折ノイズが混じる。
空間に綻びが生まれるのは、この空間という存在が不安定だから。つまり、綻びが多く生まれれば生まれるほど、私たちがスイラの元にたどり着ける確率は上昇する。空間が正常になってくれればいいからだ。
そして、魔法を維持するのに必要なのは魔力ともう一つ。
「スイラはクロナが下に落ちて、動揺して、集中力が維持できてないようだな」
魔法に集中できないと、不安定な出来になるというのは世の常。
クロナは下に落下して、怪我を負うかもしれない。そんなことをやつは考えているのだろう。
「だから、スイラ様には自我が残っていると……シャウラ様はそう考えたんですね」
「私たちが神殿に侵入しているのは既に筒抜けだ。危険な存在の自分に近づけたくないと思うのは、やつからしたら当たり前のことだ」
足止め程度に仕掛けたトラップが想像以上に大きな作用を引き起こした……といったところか。
クロナが心配ではあるが、クロナの無事は確認できる。だってクロナは……。いや、今はこのことは関係ないな。
「とにかく、あの穴は無視して、先に進むぞ」
「クロナさんを見捨てるんですか!?」
「クロナは無事だ。前に進めばクロナと鉢合わせる。それに……スイラの存在も今ので大きく近づいた」
あくまで私の目的は、スイラを殺すこと。
ここで止まってしまってはやつの思うツボだ。
「……そういうことなら」
チラリと後方の穴に視線を向ける。
クロナ……必ず、会えるから。
「……行くぞ」
「そうですね。行きましょう」
だから、お前も……歩みを止めないでくれよ。
クロナが先を進んでいることを信じて、私も私で前に進む。
大切な従者。
クロナはもう私の一番だ。
絶対にこの先でクロナと合流する。そして、そのままスイラの居場所へとたどり着くんだ!