1 これが私の記憶であり、思い出の始まり
現在から凡そ三万年前。女神の手によってその世界は創造された。それは永遠に続くこの呪われた世界の始まりである。
不毛な大地は女神の力によって、多くの植物が誕生し、世界を緑に染め上げられた。
塩が多く溶け出している大海には、女神の魔力により、多数の微生物が誕生した。それが進化して、水中から地上へ、多くの生物が様々な環境で繁栄することとなった。
進化を遂げた一部の生物は、より優れた知性を持ち、独自の文明を作り上げた。それが現在の我々、人間である。他にも人間から分岐して、進化した長耳を持つエルフ。分岐して て、褐色の肌を持つダークエルフ。獣のような体毛に覆われ、特徴的な尻尾と耳を持つ獣人。その獣人も猫耳、犬耳、兎耳も三つに分岐。人間、エルフ系種族、獣人。主にこの三種類の人種がこの世界の頂点に君臨することとなった。
さて、話を戻そう。
この世界は女神によって作られし世界。
火を司る女神。ティルフ。
水を司る女神。スイラ。
風を司る女神。フェリス。
地を司る女神。ニーレン。
光を司る女神。ユグ。
そして、最後に公には知られていないが確かに存在している。闇を司る女神。シャウラ。
6人の女神が、己の魔力を使い世界を創った。
よくある話だ。神が世界を創って、その世界を上手くコントロールしているという。そんな話。
だが、一つ。一つだけ変な部分がある。
そう、闇の女神について、だ。
女神は6人、どれも世界を創った偉大な存在。なのに何故、闇の女神だけは周知のされていないのだろうか。無論、一部の人間は闇の女神という言葉を理解していることだろう。しかし、一般的な認知度はない。
何故だろう。
それは、作為的に隠されているからだ。
三種類の人種がこの世界の頂点に君臨している、と言ったが、その上でその存在を認めない方がそれぞれにとって都合がいい。というものだ。
国を治める者は、都合のいいことぼかりを公にし、不都合なことは大事に隠す。いつの時代だってそういうものだった。
闇の女神の存在が隠されて、凡そ500年。どの種族も他と同様に隠してきたこと。
何故、一人の女神の存在を抹消したかったのか?
何故、どの種族も同じような考えに至ったのか?
何故、その対象が闇の女神だったのか?
答えはのも凄く簡単なことだ。
闇の女神は、この世界を望んでいなかったから。
終わらない世界を……終わらせたかったから。
だから、消された。
だから、ただ一人。女神として認められない。
女神は世界を創りし、創造神。それが世界の存在意義を否定するなんてことがあっていいはずない。
一度世界を壊しかけた闇の女神は忌み嫌われた。
よって、人間は火、水、風、地、光の五種類の女神を崇拝。エルフ、ダークエルフ、猫耳獣人、犬耳獣人、兎耳獣人もそれぞれ闇以外の女神を一体ずつ崇拝する結果となった。
このことを聞く限り、闇の女神は完全に悪役ポジションになっている。しかし、果たしてそうだろうか?
本当に間違っているのは……果たして、闇の女神か、それとも……。
何はともあれ、私にはこれ以上の言葉を口にしたくない。というか、もうそろそろ仕事の時間だし……。
時計を確認すると、そろそろ城に出向かなければいけない時間である。早々に朝ご飯を食べて、歯磨いて、着替えて……あの人のところに行かなければ。……残念ながら寝癖を直す時間はない。
「行ってきます」
一人暮らし。誰もいない家に一礼して、私は靴のかかとを気にしながら、走り出した。
周囲に見えるのは荒廃した世界。窓ガラスが割れ、倒れかけた家。石造りの古い大きな教会。割れた道路の石畳。これ以上ないくらいに人気の無い街並みで、私は家から一直線に城は向かっていた。
大通りが一本道で城まで続いているというのは迷子にならなくていい。
何段もの階段を登り、更に走り、ようやくお城の大きな門の前に辿り着く。城壁は薄汚れ、所々に壊れかかっているのか、城の内部が若干見える。
「クロナです。お城の前に来ましたよ」
そう一言、大きすぎない声量で告げるとゆっくりと正面にある大きな門が軋みながらゆっくり開いた。
どのような原理なのか知らないが、私がこうして言葉を発することで、中にいる人に伝わるらしい。普通ならもっと大声でやらないと聞こえない気もするが……そもそもこれから会う人は魔法を使える数少ない人で、つまり、そういうこともできるのだろう。
お城に入ると長々とした赤い絨毯が一直線に最奥にある王座まで続いている。……直線多いな。
勿論、王座には私が会おうとしていた人が座っており、リラックスしたような面持ちでこちらをジッと見つめていた。そして、王座から数メートル程離れた位置に私は立ち止まる。
「クロナ、ただ今参りました」
「遅い。というか、なんだ、その寝癖。アホっぽいぞ」
長くしなやかな黒い髪。真っ白で雪のような肌。こちらの心まで見通してきそうなアメジストのような瞳。この人こそ、私が仕えるお方。シャウラ様だ。
因みに私も黒髪であるが、シャウラ様のように長いわけでもなく、瞳に関しても髪色と同じで真っ黒。ただならぬ風格を持つ彼女と私とでは天と地に差があるほどに、存在が違っている。
「無茶言わないでください。そもそも、急に来いとか言い出したのはシャウラ様じゃありませんか」
私がそう言うと、鼻で笑ったような声を出していた。
私の言いたいこと分かっているのかなぁ?
「私が来いと言ったらお前が来るのは当然のことだろう」
駄目です。話が通じませんでした。
こういうところが、真正の我儘というか……はぁ、もういいや。
「それで、今日はどのようなご用件で?」
「ああ、言ってなかったか」
「言ってないです」
「……そうか。今日はな、女神を討つ準備をする」
ああ、女神を討つ準備かぁ。なるほど、なるほど。
……はっ? なんだって?
「シャウラ様。今、なんと?」
「だから、女神を討つ準備だ。早く支度しろ」
「ちょっ、ちょっと待ってください! 何故急にそのとんでもない結論に至ったのか、頭の中で整理させてください」
なんてこと言うんですか!? この人は。
女神を討つって……さも当然のように澄まし顔で言うから、一瞬受け入れちゃったじゃないですか!
「おい、もう整理はついたか?」
痺れを切らしたかのように声を掛けてくるが、まだ10秒も経っていない。
「いえ、多分永遠に整理がつかない気が……」
「そうか。なら取り敢えず、山に登る」
「私の言葉を聞いてましたか?」
はぁ、もう。これだから、シャウラ様は……。
堂々と『女神を討つ』発言をしたシャウラ様。実は彼女こそが、忘却の彼方に忘れ去られた。闇の女神である。
この世界を望まない、ただ一人の女神。他の女神は各々の母国を護っているが、唯一自由にしているのが彼女。知られていないというのも自由行動に拍車を掛けている気する……最近ではストッパーが欲しいと私は感じております。