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1. 彼女が水着でそこにいた

「降ります!降りまーす!いや、降りるんでぇーあぁーっ……あ、ありがとう御座います」


 もう少しで乗り過ごすところだった。親切なマッチョな男の人が、電車になだれ込む左右の人を抑えてくれたので、何とか降りられたが、危なかった。


 その親切な人は親指を立ててウインクで見送ってくれた。親切な人がいるものだなぁ。いや、助かった。


 僕の名は海野三太。この春から水産食品会社で経理をしている、ごく普通のサラリーマンだ。


 今日も二時間の電車に揺られて会社までやって来た。この二時間が業務時間に含まれないのはどうかと思うが、郊外の賃貸が安くて住んでいるので自業自得なのか?


 もうね、会社着く前にクタクタだよもう。それにさっきから怪しかった曇り空が真っ黒になって来ている。まずい、急がないと。


 そう思って足を踏み出した瞬間、立ちくらみが起こった。


「うわぁ……」


 世界が七色に揺らめいた。


 回る回るよ世界は回る。まるで何かの歌詞のような文言を思いながら、僕は前のめりになって、ホームに手を着いた。危ない危ない。貧血だろうか。そう言えば最近ラーメンしか食べて無かったような。



「大丈夫ですか?手貸しましょうか?」


 そんな女の人の声がした。


「あ、ありがとう御座います。だ、大丈夫、……大丈夫です!」

 そう言って何とかその場を取り繕う。目の前のホームの地面が、まだぐるぐる回っている。

「大丈夫そうじゃ無いですよ、手、どうぞ」

 その声と共に優しげな白い手が目の前に差し出された。


「あ、ありがとう……」

 僕はその手を取った。

「立てます?うーん!」

 女の人は僕を引っ張り上げてくれた。何とか立てた。


「本当にあり……っ」

 言葉に詰まった。見たことのある顔。庶務課の相田さんじゃないか。

 相田さんはコロコロとした声が特徴の可愛い女の子で、趣味は映画鑑賞と水泳で、彼氏は今いなくて、チャンスは今だと同僚の時田は言っていて……。


 相田さんは僕にニッコリと微笑んだ。ああ、何て可愛い!女神!菩薩!


 しかし、しかしだ。僕はあることに気付いていた。相田さん、もしやそのお召し物は……水着……なのでは?


 ホームにすっくと立つそのお姿。紺のワンピースの競泳水着が体にぴっちりと張り付いていて……。


「あっ」


 ホームに僕の鼻血がポタリと落ちた。

「大丈夫ですか?頭打ちました?」


 まさか興奮して鼻血をだしたとは言えない。適当に誤魔化す。

「昨日……同僚とスッポン食べちゃってちょっと血の気が……いや、大丈夫、頭は打っていませんから!」

「そうですか?心配だわ」


 相田さんに心配される喜びを心の中でそっと噛みしめた。いや、ただの病人の心配だろうけど。


「あっいけない!始業時間が!」

 相田さんが手にしていたスマホを見て叫んだ。

「ああっ!」

 思わず僕も叫んだ。至福の時間終了。


「ごめんなさい、私行きますね!」

 相田さんは手を振って走って行った。自分も走ろうとしたが、まだフラフラする。ダメだ。

 しょうがないのでホームのベンチに仰向け気味に座った。ああ、遅刻は決定ナリ……。


 そして気付いたのだ。ホームを行き交う人々の姿に。どの人もどの人も……水着だった。水着で無いのは、ほぼ自分だけだった。


 しばらく固まってその光景を眺めていた。そのうち雨が大きな音を立て、ザアザアといっそう激しく降ってきた。


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― 新着の感想 ―
雨の日は不思議な事が起こるそうで。 でもその雨が降る前に何かが起こった!? というか猫ヶ谷にでも来たんですかね~。
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