三話「孤独な旅から、新たな人生まで」
株縫志の孤独な旅が始まった。
帰る場所を失った彼の旅は、頼るものは何一つとしてない、非常に厳しい旅だった。
朝六時には公園のベンチで起床し、六時半から超短期バイト。
昼はコンビニの百円程度のおにぎりを一つだけ食べ、夕方の五時まで働く。
そうして貰った給料を手にコンビニへ向かい、夕食を購入。時には近所のファミリーレストランへ行って寂しい夕食をとることもあったが、それは本当に稀で。基本はコンビニで安い弁当とおでんの大根だけだった。
水は、公園の水道のところへ行って、こっそり飲む。
手洗いは、公共の手洗いを使う。が、あまりに毎日使用していて怪しまれては困るため、比較的近い三カ所ほどをローテーションして使用していた。
そんな暮らしの中、株縫志は二十歳を迎える。
二十歳の誕生日、彼は、仕事場の仲間たちが主催してくれた誕生日パーティーに参加。
とても久々の、誰かと過ごす夜だった。
仕事場のボス的存在である五十七歳のおじさん、岩田 友則は、古いアパートに住んでいる。彼はそのアパートの扉を快く開け、株縫志の誕生日パーティーの会場として使わせてくれた。
背の低いおじさん、威張田 則友は、昼間のうちに近所の八百屋から大根を三本買ってきてくれていた。ちなみに彼は、五十六歳で母親と暮らしているらしい。
背が高くすらりとしているが頬がこけている四十八歳の男性、岩野 友友は、則友が買ってきた大根と常備している醤油で、大根醤油掛けを作ってくれた。友友自身が語る話によれば、彼は、中学高校とクッキング部に入っていたそうだ。
いつもハイテンションな茶髪の男性、亥綿 友近は、友則の家から歩いて二十八分ほどの場所にある大安売りの店へ行って、パーティーグッズを買ってきてくれた。友近は四十七歳。そこそこの年齢ではあるが、走るのはとても得意。だから、あっという間に行って帰ってきて、皆を驚かせたのだった。
その他にも株縫志の誕生日パーティーに参加した者はいた。
仕事場の近くにある大の森極楽公園を毎朝散歩している、妻に先立たれたおじいさん——浅間 麻五郎。
麻五郎が昔不倫していた相手との噂のある女性の旦那——風間 裕次郎。
裕次郎の高校時代の三人目の彼女である既婚者・大野盛 裕子の兄——狭間 啓示。
啓示が中学三年の時に通っていた塾の講師であった鷹乃杜 優子、彼女の三つ年下の妹の旦那——赤間 棗。
そんな人たちも集まり、株縫志の誕生日を盛大に祝ってくれた。
株縫志はこれまで、いくつもの伝説を生み出してきた。幼い頃から「天才」「神の子」などと言われ、皆に尊敬されながら育ってきた。彼の人生は称賛に満ちていたのである。
そんな株縫志だが、晩年、こんなことを語っている。
「長い人生の中で一番幸福だと感じたのは、二十歳の誕生日。温かい皆に囲まれ夜を明かしたあの日の光景は、今でも鮮明に思い出せる。あの日は幸福だった。あの夜が、幸福というものがいかなるものかを教えてくれた」
聖暦二○二五年、四月。
株縫志は、弐本の最南端の島・田和和島にいた。
彼はあの後、結局、都会で暮らすことを諦めて。新しい場所で新たな人生を歩もうと、穏やかなこの島へとやって来たのだ。
田和和島は、人口百五十七人の静かな島。
けれど、株縫志はそんな田和和島が嫌いではなかった。
今、彼は、島内唯一のコンビニで働いている。
株縫志がこの島へやって来た時、そのコンビニは、人手不足に困っていた。そんな話を聞いた株縫志は、すぐにそこへ行き、雇ってほしと頼み込み。結果、すぐに採用になった。面接三十秒で、即採用である。
毎日正午にやって来てハンバーグ弁当ときゅうりだけを買っていく六十九歳の女性、田和 真知子。
毎日午前二時三十二分に来店し箱ティッシュを買っていく七十代前半の女性、田和和 万代子。
週三回正午にやって来てきゅうりだけを買っていく八十代の女性、和田和 タヨ。
毎夜無言で来店し栄養ドリンク三本を買っていく七十代後半の女性、民田和 真子。
毎日午後三時にやって来てお菓子やきゅうりを買っていく九十歳の女性、菊田和 真菊。
そんなお客さんたちに囲まれ、株縫志は、少しずつ少しずつ、穏やかな暮らしを取り戻していくのだった。